宇多田ヒカル「SCIENCE FICTION」【ALBUM REVIEW】

宇多田ヒカルが初のベストアルバム「SCIENCE FICTION」をリリースというニュースを聞いて、宇多田ヒカルは過去にベストアルバムを出していなかっただろうかと思い、それは「Utada Hikaru SINGLE COLLECTION」の「VOL.1」と「VOL.2」のことなのだが、どうやらあれらはシングルコレクションであってベストアルバムにあらずということのようである。

ベストアルバムとかシングルコレクションとかグレイテストヒッツとか明確な定義はわりと曖昧なような気もするのだが、ざっくりと既存の音源の中から代表的だったり人気がある楽曲をまとめてアルバムにしたもの、というような理解のされ方をしているのではないだろうか。

新曲や再録を何曲か収録するというひと手間かけているパターンというのもわりとあるのだが、新録についてはできればオリジナルで収録してほしかった、というような意見もあったりしていかんともしがたい感じになったりはする。

それで、この宇多田ヒカルの「SCIENCE FICTION」なのだが、収録されている楽曲そのものの素晴らしさはもちろんなのだが、ベストアルバムというフォーマットの新境地というか、かなりエポックメイキングなことをやっているのではないかというような印象を受ける。とはいえ、これも宇多田ヒカルクラスのキャリアと実績を持つアーティストだからこそ可能であることには間違いがない。

1998年12月9日にシングル「Automatic/time will tell」でデビューした宇多田ヒカルは当時、15歳にして作詞・作曲を自ら手がけていることや、バイリンガルだったり藤圭子の実娘という話題性もあって、一躍脚光を浴びることになる。翌年にリリースしたデビューアルバム「First Love」は累計売上枚数765万枚超えで、日本のアーティストによる歴代記録を塗り替えることになった。

その後も順調にヒットを連発し、J-POP界のトップに君臨し続けるのだが、2010年には「人間活動」としてアーティストとしての活動を休止することになる。母である藤圭子の死や結婚、出産を経て2016年にアーティストとしての活動を再開すると、アルバム「Fantôme」をはじめ作品は高セールスを記録すると共に批評家からも絶賛され、トップアーティストとしての存在感を再認識させた。

というような、極度にざっくりとした説明だけでも長きにわたるアーティスト活動、しかも進化をし続けているタイプのそれであるため、その全貌を1つのコンテンツとしてコンパイルするのはなかなか難しいような気もするのだが、今回の「SCIENCE FICTION」というベストアルバムにはその難題に対しての最適解なのではないかというレベルのすさまじさを感じたりもする。

たとえば宇多田ヒカルのデビューアルバム「First Love」のタイトルトラックにしてシングルカットもされてオリコン週間シングルランキングで最高2位を記録した「First Love」という曲はリリース当時にはまだ生まれてすらいなかった世代の若者たちからも名曲として支持されていて、今日のストリーミングチャートなどにもランクインしがちなのだが、そのようなタイプのリスナーにとっても宇多田ヒカルの音楽とはどのようなものなのかということをコンパクトに伝える役割を果たすし、リアルタイム世代のコアなファンにも改めてその軌跡を高度に振り返ると共に、現在地点の深い認識と未来への期待、出会えたことに対する感謝といったものを捗らせるに足るだけの工夫が凝らされているといえる。

1曲目に収録された「Addicted To You」は宇多田ヒカルの4作目のシングルとして1999年にリリースされた楽曲のニューレコーディングバージョンである。当時はジャネット・ジャクソンの作品などで知られるジミー・ジャム&テリー・ルイスををプロデューサーに迎えたことでも話題になり、和製R&Bの大衆化に大いに貢献したのだが、今回はアルバム「BADモード」でもコラボレートしていたイギリスの音楽プロデューサー、A・G・クックがこれをリメイクしている。

先述したようにベストアルバムに収録されがちなヒット曲の新録バージョンには、こんなことならばオリジナルバージョンの方を収録してほしかったというような意見が寄せられる場合も少なくはないほどに、おそらく良かれと思って急激な改変が行われがちだったりもするのだが、今回のこのトラックについては、オリジナルの路線を基本的にはキープしながらも現在的にアップデートしたようでとても良い。

宇多田ヒカルが16歳の頃に書いた曲をすっかり大人になった現在のボーカルで歌っているのだが、恋愛に対しての本能的な情動という本質が歌詞の表現としては若さが迸ってもいるものの、パフォーマンスは成熟しかけてもいて、その辺りの絶妙さ加減がたまらなく良い。

それで、次に来るのがデビュー直後と「人間活動」明けの名曲「First Love」「花束を君に」と続くのだが、リリース時期でいうとこれらの間に17年間のギャップがある。そうなるとやや不自然さも感じたりもするもので、それゆえにキャリアが長めのアーティストのベスト盤は楽曲を時系列で並べた年表的なものの方が無難にはなりがちなのだが、今回のこれはまったく不自然ではないというか、完全に筋が通っているのではないかと思えたりもするのだ。

この時点でもうこのベストアルバムのつかみはOKという感じであり、宇多田ヒカルの25年にも及ぶアーティストとしてのキャリアから厳選された名曲の数々がリリースされた年代はバラバラながら連続して収録され、あの合間に「光」「traveling」といったわりと重要な楽曲の新録音バージョンや、新曲の「何色でもない花」「Electricity」などが収録されていたりもする。

トータル的にいろいろな時代にリリースされた楽曲と楽曲との間を行ったり来たりしながら、宇多田ヒカルというアーティストの一貫した本質を浮き彫りにしつつ、昨今のトレンドでもあるような気もするタイムバース的な感覚も味わえたりする。

それであのデビューシングルにして超名曲「Automatic」も2枚組ベストアルバムの2枚目3曲目、しかも「Beautiful World」と「君に夢中」との間という絶妙なところに収録されているのだが、これが実にナチュラルに聴くことができ、それゆえに名曲ぶりが高度に再認識できるという素晴らしい構成になっている。

切なさや儚さや情動や喪失感といった、人々の日常的な感情に寄り添うポップミュージックを生み出し続けてきた宇多田ヒカルという優れた表現者のコアがエッセンシャルかつコンパクトに堪能できるのと同時に、「何色でもない花」「Electricity」といった新曲においては、この先のさらなる進化を予感することもできる。

このベストアルバムは宇多田ヒカルのデビュー25周年を記念したものでもあり、それで収録曲も25曲なのだが、アルバム「BADモード」に収録され、ピッチフォークなどの海外メディアでも高評価を得た「Somewhere Near Marseilles -マルセイユ辺り- 」のSci-Fi Editがボーナストラックとして収録されているところもとても良い。