邦楽ポップ・ソングス・オール・タイム・ベスト500:500-491
以前に「The 500 Greatest Songs of All Time」というのをやったのだが、タイトルが英語でカッコつけているだけあって、対象とした楽曲はいわゆる洋楽である。それで、あれを邦楽でやってみようではないかというのが、今回のこれである。
要は日本のアーティストによって発表されたポップ・ソングの中からこれは特に良いのではないかと思える500曲を厳選して、ランキング化したものである。こういうのはよく多数のアーティストや音楽評論家などによるアンケートや投票などによってやられがちなのだが、例によってこれはたった1人の軽くて薄いミーハーなポップスファンのみによって決められている。
主観と客観をトムとジェリーのようになかよくけんかさせて、できるだけどちらにも偏りすぎることがないように意識はしたりしなかったりしたのだが、おそらく趣味や嗜好や個人的な思い出補正が色濃く反映されている自覚は大いにある。つまり、ディフィニティヴなものとは程遠いし、途中までそういうのもやや意識したこともあったのだが、あまりにも気持ちが入らず完全に飽きてしまったので、結果的にこのようなものになった次第である。
ここに選ばれた500曲はいずれも素晴らしく、個人的にも心底好きなものからそこそこ良いと感じているものまで様々なのだが、ランキングの上下はその時の気分や体調、気圧や天候、プロ野球公式戦における北海道日本ハムファイターズの戦績などによって、いとも簡単に変わりうる、きわめてあやふやなものである。
という訳で、1回につき10曲ぐらいのペースでのんびりとやっていきたい。
500. 好きだな君が/道重さゆみ・譜久村聖(2011)
モーニング娘。のアルバム「12, スマート」に収録された道重さゆみ、譜久村聖のユニット曲である。EDMというかテクノポップ的なサウンドを取り入れた楽曲で、「好きだな君が なぜかわからん 好きだな君が 全部好きだ 見た目はかわいく無いのに 全部かわいすぎる」というフレーズなどを含む。
2014年11月26日に横浜アリーナで行われたモーニング娘。’14のコンサートにおいて、道重さゆみは自らの卒業公演にもかかわらず途中で足がつってしまうというアクシデントに見舞われ、予定されていた演出の通りにステージを移動することが困難になってしまったのだが、次にこの曲を一緒に歌うことになっていた譜久村聖が咄嗟の判断で花道を全力疾走し、デュエットを実現させた件はファンの感動を呼び、「フクムラダッシュ」として語り継がれることになった。
休養期間を経て活動を再開した後、道重さゆみは大森靖子がプレゼンターを務める音楽フェスティバル「VIVA LA ROCK EXTRA ビバラポップ!」に出演した際、1曲目にこの曲をソロでパフォーマンスした。
499. サマーチャンピオン/浅野ゆう子(1979)
浅野ゆう子は1980年代後半から1990年代前半にかけて流行したトレンディドラマに数多く出演し、浅野温子と共に「W浅野」などとも呼ばれ、ひじょうに人気があった。当時のトレンディでナイスな風潮を風刺したスチャダラパー「N.I.C.E. GUY」(1990年)でも「ALL LADY W浅野コピー NICEな奴とは 相性いーっ」などと取り上げられていたほどである。
とはいえ、元々は1974年にアイドル歌手としてデビューしていて、雑誌の水着グラビアなどでも大人気であった。この曲はやはり水着姿で出演していたカネボウ化粧品のCMでも使われていて、キャッチコピーは「一気にこの夏チャンピオン」であった。このCMはいま見ても実に良いものなのだが、曲の方もディスコ歌謡的でとても良い。
「オールナイトニッポン」のオープニングテーマ「ビタースウィート・サンバ」でも知られるセルジオ・メンデスによる楽曲で、ラテンでレッツ・ラブな気分も最高である。配信で聴くことはいまのところできないのだが、海外で編集された日本のディスコ歌謡コンピレーション「Lovin’ Mighty Fire ニッポン・ソウル・ディスコ 1973-1983」に収録されたりはしている。オリコン週間シングルランキングでは、最高48位を記録していた。
498. Midnight Pretenders/亜蘭知子(1983)
亜蘭知子は1970年代後半に作詞家としてデビューした後、1990年代に一世を風靡するレーベル、Beingの初期の所属アーティストとしても活動することになる。TUBE、織田哲郎と共に渚のオールスターズというバンドで活動したり、「ビートたけしのTVタックル」のアシスタントを務めたりもしていたのだが、2010年代以降のシティ・ポップ・リバイバルによって、かつての作品が再評価されたりもした。
そして、なんといっても2022年にカナダの大人気アーティスト、ザ・ウィークエンドがシングル「アウト・オブ・タイム」において、亜蘭知子が1983年にリリースしたアルバム「浮遊空間」に収録されていたこの曲をサンプリングしたことが大いに話題になった。
497. 泡になった/BONNIE PINK(1996)
BONNIE PINKがスウェディッシュ・ポップ的な音楽でブレイクする少し前に、井出靖のプロデュースでリリースしたシングル「Surprise!」に収録されていた曲である。夏の恋が終わったことを「泡になった」と表現しているわけだが、そのマイルドな引きずり加減がお洒落に表現されていてとても良い。チェリーコークという小道具の使い方が絶妙だったり、おそらくコパトーンなどの日焼け止めのそれであろうココナツの香りが楽しかった頃の彼の眩しい笑顔を思い出させるくだりなど、とにかく素晴らしい失恋ソングである。行く夏を惜しむ際にこの曲を聴いて、感傷的な気分にひたるのもまた乙なものである。
496. いまのキミはピカピカに光って/斉藤哲夫(1980)
1980年、熊本大学の学生であった宮崎美子が木陰でTシャツとジーンズを脱いで水着姿になるミノルタカメラのCMが大ヒットし、そのバックグラウンドで流れていたのがこの曲である。元々はレコードを発売する予定はなく、曲もテレビCMで流れる部分だけだったのだが、あまりの反響に急遽、歌詞を付け足すなどした。作詞はコピーライターの糸井重里、作曲はムーンライダースの鈴木慶一、歌っている斉藤哲夫は元々はボブ・ディランなどに影響を受けたタイプのフォークシンガーである。
YMOを中心とするテクノポップの社会現象化、松田聖子、田原俊彦のブレイクによるフレッシュアイドルの復権、B&B、ザ・ぼんち、ツービート、島田紳助・松本竜介などによる漫才ブームなど、世の中が一気にライトでポップな気分に包まれていったあの夏の空気感を真空パックしたかのようなキャッチーな楽曲である。オリコン週間シングルランキングでは、最高9位のヒットを記録した。
495. フリフリ天国/高岡早紀(1990)
高岡早紀のアルバム「楽園の雫」から先行シングルとしてリリースされ、オリコン週間シングルランキングで最高26位を記録した。作曲・編曲は加藤和彦でグラム・ロック的な味つけやマイルドにオリエンタルなムードなどに特徴があるのだが、最大の魅力は当時17歳であった高岡早紀の無意識過剰なエロス溢れるボーカル・パフォーマンスであろう。この年の高岡早紀といえば主演した映画「バタアシ金魚」も実に素晴らしく、個人的には間違いなくガール・オブ・ザ・イヤー候補の筆頭だったような気がする。
494. あなたに熱中/浜田朱里(1980)
浜田朱里は1980年にCBS・ソニーからデビューしたアイドル歌手であり、当初はポスト山口百恵的な売り出し方もされていたような気がする。確かに少し影がある雰囲気など、山口百恵に近いところもあったのだが、当時の一般大衆は松田聖子や河合奈保子のような、よりライトでポップなアイドルの方を支持する傾向にあったかもしれない。
2枚目のシングルとなるこの曲も当時、ラジオで聴いた記憶はあるのだが、それほどヒットしてはいなかったのではないかと思い、オリコン週間シングルランキングでの記録を参照してみたところ、最高100位ということであった。しかし、久しぶりにちゃんと聴いてみると、これがかなり良く、ボーカルが適度にウェットなところや、「好きよ あげたいの」というフレーズを含むいわゆる性典歌謡的な歌詞を書いているのが、沢田研二「TOKIO」などと同じ糸井重里であることなども味わい深い。
493. 懐かしき80’s/杉真理(1983)
杉真理のアルバム「スターゲイザー」に収録されていた曲である。大滝詠一、佐野元春との「ナイアガラ・トライアングルVol.2」で知名度を上げた翌年にリリースされたアルバムで、オリコン週間アルバムランキングでも最高6位のヒットを記録している。ビートルズやビーチ・ボーイズなどからの影響が感じられる卓越したポップセンスと甘いボーカルが魅力なわけだが、この曲はシングル曲でもなければ一般的に代表曲ともまったく見なされてはいない。同じアルバムに収録された「バカンスはいつも雨(レイン)」は堀ちえみが出演したテレビCMにも使われスマッシュヒットしたので、こちらの方が代表曲としては相応しいし、他にもいろいろある。
それではあえてなぜこの曲なのかというと、1980年代のことを「映画館から夢が生まれていたあの頃」「誰もが踊ったシーズン パラダイスさ」などと懐古するのに対し、いま現在については「もう世界はこわれたTV 直らないさ」と悲観的に歌われている。ポイントはこの曲が1980年代の真っ只中に、未来から現在を振り返るていで書かれていたというところである。そして、その予見はわりと正確だったのではないかと思えたりもする。
492. Good bye, Good girl/テンテンコ(2014)
アイドルグループ、BiSで殺し屋担当だったテンテンコがグループの解散後にソロ・アーティストとしてリリースしたシングルで、後にアルバム「工業製品」にも収録された。小田急線代々木八幡から歌詞がはじまるこの曲は80年代のシンセ・ポップからの影響が強く感じられるキャッチーさがとても良いのだが、ミュージックビデオもあえて80年代テイストのファッションやヘアスタイル、粗い映像などが効果的に用いられることによって、新感覚なレトロ趣味とでもいうべきものを実現している。
491. ダンスに間に合う/思い出野郎Aチーム(2017)
多摩美術大学のジャズ研究会のメンバーによって結成されたソウル・バンド、思い出野郎Aチームのとても良い曲で、どんなに酷い状況だったとしてもダンスには間に合うし、音楽は鳴り続けている、というようなことが、熱い魂を込めて歌われている。現代を生きる人々の心に響く応援歌的な評価も静かにされがちだが、確かにしんどかったり心が弱っている時などに特に効きそうな気はする。かつて主催していたライブイベントに参加していたお笑い芸人が人種差別的な発言を行なったことで非難されたりもしたのだが、このバンド自体は一貫して反レイシズムの姿勢を貫いている。