ビリー・アイリッシュ「ヒット・ミー・ハード・アンド・ソフト」アルバムレビュー

ビリー・アイリッシュの3作目のスタジオアルバム「ヒット・ミー・ハード・アンド・ソフト」が、2024年5月17日にリリースされた。全10曲で約43分45秒とこれまでのアルバムでは最も曲数が少ないが、収録時間はデビューアルバム「ホエン・ウィ・オール・フォール・アスリープ、ホエア・ドゥ・ウィ・ゴー?」よりも少しだけ長い。しかし、満足度はひじょうに高い。

デビューアルバムがダークでエクスペリメンタル、その次の「ハピアー・ザン・エヴァー」がよりカジュアルでオーセンティックだったとするならば、今回の最新アルバムはその中間のようでもあり、進化形のようでもある。

直近では映画「バービー」のサウンドトラックに提供し、第66回グラミー賞で年間最優秀楽曲賞を受賞した「ホワット・ワズ・アイ・メイド・フォー」が記憶に新しい、というか現在もシングルチャートにランクインし続けているのだが、今回のアルバムの1曲目に収録された「スキニー」はその路線の延長線上にあるともいえる。

ティーンエイジセンセーションにしてジェネレーションのオピニオンリーダー的にあまりにも大きく取り上げられすぎたビリー・アイリッシュ自身の、現時点におけるリアルな告白とも取ることができるこの楽曲においては、私は年齢相応にふるまえているのだろうか、もう落ち目なのだろうか、というような自問があり、みんなは私が痩せたのでしあわせそうに見えるというけれど、私は昔のままの私であって、いまでもまだ泣いている、というようなことが歌われている。

とはいえ、サウンド的にはけしてヘビーではなく、むしろオーガニックで聴きやすく、華やかなオーケストラで締めくくられのもとても良い。

続く「ランチ」はアルバム収録曲の中でも特にキャッチーな楽曲で、シンセポップ的なビートにのせて、性愛的な渇望があからさまに歌われている。ここでテーマになっているのは、女性同士の関係であり、「ランチにあの子を食べてもいいい そう、彼女は私の舌の上で踊る 彼女が運命の人かもしれないって味がする」というような感覚である。

スタジオジブリのアニメーション映画「千と千尋の神隠し」に由来していると思われるタイトルの「チヒロ」に続いて、「バーズ・オブ・ア・フェザー」はその一部がNetflixの人気青春ドラマ「ハートストッパー」シーズン3のトレイラー映像ですでに公開されていた。少年たちの友情とロマンスをテーマにしたドラマである。

この美しいラブソングにおいては、キャッチーでありながらオーセンティックなメロディーを歌うビリー・アイリッシュのボーカルパフォーマンスが特に素晴らしく、ボーカリストとしての成長を明確に感じさせる。

「ラムール・ドゥ・マ・ヴィ」はクールで静かめにはじまるのだが、途中から80年代的なシンセポップサウンドに転じ、「ブルー」はラジオフレンドリーなポップソングかと思いきやマイルドにトリップホップ的なビートが現れたりもする。

このいくつかの楽曲のアイデアを組み合わせるパターンはビリー・アイリッシュのシグネチャー的なヒットソング「バッド・ガイ」の時点ですでに実践されていて、その最新型としてとらえることもできるのだが、最近ではラナ・デル・レイの2023年のアルバム「ディド・ユー・ノウ・ザット・ゼアズ・ア・トンネル・アンダー・オーシャン・ブルバード」に収録され、様々なメディアにおいて年間ベストソングに選ばれた「A&W」を思い起こさせもする。

ビリー・アイリッシュが現在のポップミュージック界における最重要アーティストにしてポップアイコンの1人であることに疑いはなく、「ヒット・ミー・ハード・アンド・ソフト」はその最新型としての現在をヴィヴィッドにパッケージしたアルバムだということができる。