ジョニ・ミッチェル「ブルー」

ジョニ・ミッチェルの4作目のアルバム「ブルー」は、1971年6月11日にリリースされた。タイトルがあらわしているようにブルーな気分について主に歌われているこの作品は、シンガー・ソングライターアルバムの名盤として定着した評価を受けているが、「ローリング・ストーン」誌が2020年に発表したオールタイム・ベストアルバムのリストでは、マーヴィン・ゲイ「ホワッツ・ゴーイン・オン」、ビーチ・ボーイズ「ペット・サウンズ」に次ぐ3位に選ばれている。

個人的にこのアルバムのCDを渋谷の宇田川町にあったFRISCOというCDショップで買ったきっかけは、1993年に「NME」が発表した「1970年代のアルバム・ベスト50」的なリストで、マーヴィン・ゲイ「ホワッツ・ゴーイン・オン」、セックス・ピストルズ「勝手にしやがれ!!」、ザ・クラッシュ「白い暴動」、ジョイ・ディヴィジョン「アンノウン・プレジャーズ」、ローリング・ストーンズ「メイン・ストリートのならず者」、ザ・クラッシュ「ロンドン・コーリング」、デヴィッド・ボウイ「ジギー・スターダスト」、パティ・スミス「ホーセス」に次ぐ9位に選ばれていたことであった。パンク/ニュー・ウェイヴ的な音楽を高く評価しがちな当時の「NME」のこのリストにおいて、パンク以前のシンガー・ソングライターのアルバムとしてはもっとも高い順位だったことになる。つまり、当時からすでに高く評価されていたのだが、ジョニ・ミッチェルのアルバムとしては「ミュージック・マガジン」増刊の「ミュージック・ガイドブック」でピックアップされていた「コート・アンド・スパーク」の方を先に買っていた。また、ジョニ・ミッチェルのことは、プリンスがフェイヴァリット・アーティストとして挙げていたことによって、興味を持ったというところもある。

「ブルー」には当時のジョニ・ミッチェルの私生活を反映した曲もいろいろ収録されていて、私小説的なアルバムだといわれがちでもある。具体的には恋人であったシンガー・ソングライターのグラハム・ナッシュとの別れなどがあるのだが、それが作品に悲しみのトーンをあたえているといえる。また、ジェームス・テイラーとの関係性というのも、影響しているようである。

全体的にアコースティックなサウンドになっているのだが、フォークやロックだけではなく、ジャズ的なフィーリングも感じられ、ジョニ・ミッチェルのボーカルは聴きやすくもあるのだが、とても味わい深いものである。「ジングル・ベル」のメロディーも引用された「リヴァー」は一人ぼっちのクリスマスというか、その少し前辺りの時期のことを歌っているようだが、多くの人々から共感されやすい内容であるようにも思われ、オルタナティヴなクリスマスソングとしてスタンダード化しているような印象を受ける。

シンガー・ソングライターのアルバムというのは、どうも音楽的にそれほどおもしろくはないのではないか、というような認識の音楽リスナーも少なからずいるかもしれないのだが、このアルバムはまさにそのジャンルの最高峰ともいえるレベルのものであり、ボーカルも演奏も実に素晴らしい。ジャンルを超えた名盤といって良いレベルのクオリティーであり、こういったタイプの音楽を普段はそれほど積極的に好まない音楽リスナーにも楽しめるのではないかと思える。

ジョニ・ミッチェルの音楽的素養は間違いがないのだが、その上に個人的な心情をつつみ隠さず赤裸々に表現している、というかそうせざるをえないような切実さがリアリティーとして、このアルバムからは感じられるので、ある意味において奇跡的な偶然によって生まれたというような側面もあるのかもしれない。カフェ・ミュージック的なお洒落使いにも、全集中的なディープ・リスニングにも耐えうる作品でもあるように思える。