邦楽ポップ・ソングス・オール・タイム・ベスト500:60-51

60. COPY/プラスチックス (1979)

プラスチックスのデビューアルバム「ウェルカム・プラスチックス」収録曲だが、それ以前にイギリスでシングルとしてリリースされていた。

P-MODEL、ヒカシューと共にテクノ御三家とされていたが、当時、テクノポップを表現する際に用いられがちだった「ピコピコサウンド」という形容が最も似合うバンドだったような気がする。

歌詞カードは英語で表記されていたのだが、実際には日本語で歌われていたところもあり、この曲についても、あっちもこっちもコピーだらけでオリジナリティーはない、というような批評的なメッセージを含んでもいる。

個人的には中学生の頃にとにかくこのバンドがかなり好きで、美術室の机に彫刻刀でロゴマークを彫ったりもしていたことが思い出される。

59. UFO/ピンク・レディー (1977)

ピンク・レディーの6枚目のシングルで、オリコン週間シングルランキングでは10週連続1位、1978年の年間シングルランキングでも1位に輝いた。1978年1月から放送を開始したTBSテレビ系の「ザ・ベストテン」では、記念すべき1曲目の1位となっている。

社会現象的ともいえるピンク・レディー人気と当時のSFブームとが組み合わさったかのようなインパクトがあり、派手な振り付けもひじょうに印象的であった。「日清焼そばU.F.O.」のテレビCMでも使われていて、この曲にちなんだタイアップ的な新商品がロングセラー化したのかと思いきや、販売開始はこの前年であった。

58. 天国のキッス/松田聖子 (1983)

松田聖子の13枚目のシングルで、オリコン週間シングルランキングや「ザ・ベストテン」などで1位に輝いている。

主演映画「プルメリアの伝説」の主題歌であり、作曲・編曲に細野晴臣を起用したことが話題になった。作詞は松本隆なので、元はっぴいえんどのコンビによる楽曲ということになる。メジャーなヒット曲であり、ポップでキャッチーではあるのだが、テクノ歌謡的な実験性も感じられてとても良い。

イエロー・マジック・オーケストラ自らがテクノ歌謡化した「君に、胸キュン。」は、この曲に阻まれて、オリコン週間シングルランキング最高2位に終わっている。

57. ゴロワーズを吸ったことがあるかい/かまやつひろし (1975)

かまやつひろしのシングル「我が良き友よ」のB面に収録されていた曲である。

吉田拓郎が提供した「我が良き友よ」はオリコン週間シングルランキングで1位、1975年の年間シングルランキングでも9位を記録する大ヒットとなったが、かまやつひろし自身が志向する音楽性とは異なっていて、その代わりにB面では好きなことをやりまくった結果がこの曲だったという。

たまたま来日していたタワー・オブ・パワーにオファーしてみたところ快諾され、演奏に参加してもらえた。当初はそれほど目立って評価されてもいなかったということだが、1990年に新しい世代のリスナーによって再発見され、クラシックスとして知られるようになった。一言でいうと、男のこだわりについて歌われた曲であり、テーマと音楽性とが合いまくっている。

56. ルビーの指環/寺尾聰 (1981)

寺尾聰の6枚目のシングルで、オリコン週間シングルランキングで10週連続1位、「ザ・ベストテン」で番組最長記録の12週連続1位、共に1981年の年間ランキングでも1位に輝いたのみならず、日本レコード大賞、日本歌謡大賞、日本テレビ音楽祭、FNS歌謡祭、全日本有線放送大賞などでも軒並み最も大きな賞を受賞した、誰もが認める大ヒット曲である。

ヨコハマタイヤのCMには使われていたものの、何がきっかけでここまで売れたのかはよく分からず、とにかく大人の色気とでもいうようなものと、都会的なセンスが時代の感覚に見事にハマっていた印象である。この曲よりも以前に発売されていたシングル「SHADOW CITY」「出航 SASURAI」も同時期にヒットし、「ザ・ベストテン」に3曲が同時にランクインしたことも話題になった。

55. しらけちまうぜ/小坂忠 (1975)

小坂忠のアルバム「HORO」に収録され、シングルカットもされた曲である。

作詞は松本隆、作曲は細野晴臣で、フィリー・ソウルやモータウンを思わせるサウンドと、「小粋に別れようさよならベイビイ」「ひとりは慣れてるさ なぐさめなんかいるかよ しらけちまうぜ」と、男の強がりが全開になった歌詞が見事にマッチしている。

1990年代に東京スカパラダイスをバックに小沢健二が歌ったバージョンが発表され、「渋谷系」世代にも広く知られていった。

54. TOKIO/沢田研二 (1979)

沢田研二の29枚目のシングルで、オリコン週間シングルランキングで最高8位を記録した。

1980年1月1日発売ということで、80年代の幕開けを告げるにふさわしいヒット曲といえるのだが、収録アルバムの「TOKIO」はすでに前年の11月に発売されていた。

「東京」をスーパー・シティー「TOKIO」と表現した歌詞は当時、時代の最先端的な存在であったコピーライターの糸井重里によるものである。派手な衣装を着てパラシュートを背負いながら歌うパフォーマンスもテレビの歌番組ではひじょうにインパクトがあり、後に「オレたちひょうきん族」でビートたけしが演じたタケちゃんマンの衣装にも影響をあたえた。

1990年には「イカ天」こと「三宅裕司のいかすバンド天国」で話題になったカブキロックスが「お江戸-O・EDO」としてカバーし、オリコン週間シングルランキングで最高12位を記録している。

53. フリフリ/田辺昭知とザ・スパイダース (1965)

ザ・スパイダースが田辺昭知とザ・スパイダース名義でリリースしたシングルで、それまでインストゥルメンタルのバンドとして活動していたバンドにとって、初めてのボーカルが入った楽曲であった。作詞・作曲はかまやつひろしである。

グループサウンズのバンドとして知られ、後に芸能事務所、田辺エージェンシーを設立する田辺昭知や音楽アーティストとしてのみならず、芸能界で大活躍する堺正章、井上順、かまやつひろしらが在籍していたことで知られる。

当時、流行していたモンキーダンスを踊るにふさわしいとてもカッコいい楽曲であり、翌年には再録音されたバージョンが「フリ・フリ’66」としてデビューアルバム「ザ・スパイダース・アルバムNo.1」に収録された。サザンオールスターズが1989年にリリースしたシングル「フリフリ’65」はこの曲に対するオマージュである。

52. だいすき/岡村靖幸 (1988)

岡村靖幸の8枚目のシングルで、オリコン週間シングルランキングで最高42位を記録した。

約1ヶ月半前に発売されたばかりのシングル「聖書」からハイペースでのリリースとなったが、ダークなトーンが特徴的だった「聖書」に対して、この曲はとにかくポップでキャッチーである。今井美樹が出演していたHONDAの軽自動車、NEW todayのCMソングでもあり、「かなり可愛い車さ 海辺が見えるよ もうすぐ」などと歌われてもいる。

岡村靖幸の楽曲にしてはあまりにも屈託がなさすぎるのではないかと、熱心なファンほど物足りなく感じるかもしれないのだが、「ねえ 三週間 ハネムーンのふりをして旅に出よう」の後で、「もう 劣等感ぶっとんじゃうぐらいに熱いくちづけ」と、「劣等感」という単語を入れてしまうところにらしさを感じる。

「君が大好き」「こんなに大事なことはそうはないよ」というストレートなメッセージが超絶キャッチーなサウンドにのせて歌われていて、子供たちとのコール&レスポンスなども最高である。

51. 砂の女/鈴木茂 (1975)

鈴木茂のソロデビューアルバム「BAND WAGON」の1曲目に収録された曲である。

はっぴいえんど、ティン・パン・アレイのギタリストとして活躍した鈴木茂がアメリカに渡ってレコーディングしたアルバムからの1曲で、サンフランシスコのライブで見たジョージ・ハリスン「マイ・スウィート・ロード」からもインスパイアされているという。

「じょうだんはやめてくれ」のフレーズが印象的な歌詞は、鈴木茂から国際電話でオファーされた松本隆によって書かれたものである。シティ・ポップの名曲として知られるが、その枠を越えたロック的な快感にも満ち溢れた楽曲である。