スチャダラパー「サマージャム’95」について

スチャダラパー「サマージャム’95」は1995年4月26日にリリースされたアルバム「5th WHEEL 2 the COACH」の6曲目に収録され、同じ年の7月19日にシングル・カットされた。オリコン週間シングルランキングでの最高位は56位であった。とてもカッコいいヒップホップ的なトラックに、いかにもスチャダラパーらしいユニークなラップがのっているのだが、内容がいかにも日本の夏という感じでとても良かった。特に「海か?山か?プールか?いや まずは本屋」のくだりなどである。外を歩いていると本屋があり、おそらく冷房が効いているであろうことが想像される。しかも、店内に入ってみれば立ち読みをしてみたい本はいくつかある。これはひじょうに共感ができたのだが、たとえば2022年においても果たしてそうなのかというと、よく分からないところもある。

まず、そもそも外を歩いていても本屋に出会う機会が当時と比べるとひじょうに減っているのと、もしあったとしても入りたいという動機づけがそれほど強くないということがある。ちなみに、「サマージャム’95」がリリースされた頃、幡ヶ谷に住んでいたので本屋といえば文華堂か啓文堂書店だったのだが、甲州街道沿いにあるアダルトな書籍などもたくさん扱っていそうな店は「ぴあ」が入荷するのがなぜか少し早かった。代々幡斎場のすぐ近くのマンションだったので、代々木上原駅もわりと使いやすかった。ウォン・カーウァイ監督による香港映画「恋する惑星」はこの年の7月15日に日本では封切られているが、銀座テアトル西友で見た後にやはり代々木上原駅から歩いて帰った。駅のそばにタイ料理店のような店があり、時々は利用していたのだが、店内で流れるマイケル・ジャクソン「今夜はドント・ストップ」に合わせて、眼鏡をかけた若手のサラリーマンが調子に乗って踊っていたことが思い出される。

1990年代半ばといえば、いついかなる時にも本やCDは見たいものである。代々木上原駅の建物にはTSUTAYAも入っていて、販売用CDのコーナーもわりと充実していた。レンタルビデオについては文華堂の会員になっていたので、代々木上原のTSUTAYAを利用したことはなかったのだが、CDはたまに買うこともあった。とはいえ、国内盤のわりとメジャーなものしか在庫されていなく、しかも陳列がかなり雑だったような気がする。スチャダラパーは「太陽にほえろ!」のテーマにのせてラップをしていることなどが「宝島」かなにかに載っていたので初めて知って、最初のCDであるアルバム「スチャダラ大作戦」は同じく1990年5月5日に発売されたフリッパーズ・ギター「恋のマシンガン」、たま「さよなら人類」といったシングルCDと一緒に買った。いとうせいこうと小泉今日子のコメントが収録されていたと思う。プロデューサーは高木完で、近田春夫がPRESIDENT BPMとしてリリースしていたレコードに、藤原ヒロシのTINNIE PUNXで参加していた。その前にはやはり近田春夫のアルバムを原作とする映画「星くず兄弟の伝説」に久保田慎吾と共に主演していて、その時は高木一裕という名前で役名がカンであった。

日本のポップ・ミュージック界においてヒップホップはまだまったく普及していなく、そもそも日本語にラップは合わないのではないか、というような意見も少なくはなかった。「スチャダラ大作戦」においても、「日本じゃどうかなヒップホップミュージック」とか「ラップじゃ食えんよギャラ10円」というようなフレーズが印象的である。「スチャダラ大作戦」においては、バンドブームやトレンディーな若者たちや当時のテレビ界といったメインストリームにたいして毒づく姿勢もかなり見られたのだが、後に「おもろラップ」なる方向性にシフトしていくことになる。「渋谷系」的なサブカルチャーがオーヴァーグラウンド化する流れの中で、ピチカート・ファイヴ「東京は夜の7時」の約4ヶ月後にあたる1994年3月9日に小沢健二とのコラボレーション・シングル「今夜はブギーバック」をリリースし、池袋にオープンしたP’PARCOの広告にも登場する。オリコン週間シングルランキングで最高15位のスマッシュヒットを記録し、「渋谷系」アンセムとして聴き続けられることになる。この曲は1992年あたりにクラブなどで遊びまくっていた頃の体験がベースになっている、というようなことを小沢健二が語っているともいわれているのだが、ちゃんと読んでいないのでよくは知らない。1992年に六本木のとあるCDショップのカウンターの中から、明るく盛り上がっているスチャダラパーのメンバーやその仲間たちを見ていた記憶はある。桑沢デザイン研究所出身の女性スタッフが知り合いらしく、親しげに話していたのがとてもうらやましかった。

「サマージャム’95」は当時それほどヒットしていたわけでもないのだが、時間をかけてスタンダード化した曲の定番のような印象もあり、この年の6月21日に発売され、当時はオリコン週間シングルランキングで最高81位だった真心ブラザーズ「サマーヌード」にも近いものを感じる。しかし、「サマーヌード」を収録した真心ブラザーズのミニアルバム「time goes on」(表題曲は佐野元春「SOMEDAY」にオマージュを捧げた素晴らしい曲である)がオリコン週間アルバムランキングで最高65位だったのにたいし、スチャダラパーのアルバム「5th wheel 2 the Coach」は最高4位とかなり売れている。この頃、メンバーのBOSEはフジテレビ系の子供向け番組「ポンキッキーズ」にもレギュラー出演していた。

実は世間一般的にも、当時からわりとよく知られていたのかもしれない。いずれにしても何がきっかけだったのかはよく覚えていないのだが、とにかくこの曲のことを知って、代々木上原のTSUTAYAを見ていた時にCDを買おうと思ったのだった。その時にもうシングル・カットされていたかどうかは定かではないが、アルバム「5th wheel 2 the Coach」を買った。「Coach」とはバッグなどで有名なブランドのロゴにもあらわれているように、英語で馬車のことである。4つの車輪が付いていて、すでにこれでじゅうぶんであり、5つめの車輪があったとしてもそれはもう蛇足でしかない。このアルバムのタイトルにもそのような意味があり、いかにもスチャダラパーらしいセンスがあらわれているように思える。

インスト曲の「AM 0:00」に続く「B-BOYブンガク」はややシリアスであり、これは方向変換かと思いきや、次の「ノーベルやんちゃDE賞」ではかなりふざけていて、やはりスチャダラパーだなと思わせたりもする。そして、いずれの路線においても音楽的にはひじょうにハイクオリティーである。この年、EAST END x YURI「DA.YO.NE」のヒット(オリコン週間シングルランキング最高7位)もあって、ヒップホップも新しいタイプのJ-POPとして受け入れられやすい感じになってはいったのであった。そこで、スチャダラパーというのはそのジャンルにおけるパイオニア的な存在でもあったわけで、それで新しいリスナーが増えたとも考えられる。

「サマージャム’95」の最大の魅力はやはり日本の夏あるある早く言いたい的なリリックにあると思えるのだが、トラックが純粋にたまらなくクールでリラクシンなところもひじょうに重要なのではないかと感じられる。これがそれほど良くなかったとすると、リリックの内容をネタ的に消費するだけで、何回か聴けばそれだけでじゅうぶんという感じにもなるのだが、これが何度聴いても良いというか、毎年、夏が来る度に聴きたくなって、やはりこれはとても良いなと深く実感させられるのだからすごいことである。

「海か?山か? いや まずは本屋」のくだりの後に、「で帰りにソバ ザルかせいろか んふっ 入んないから」というフレーズがあるのだが、これをめぐり超人気ラッパーのPUNPEEがラジオ番組で、そば屋に入らないと言っているようだが、その後に「いっつも食ってんだけども これが夏となると又 格別なのよ」とも言っていて、一体そば屋には入ったのか入らなかったのか、というような疑問を呈していた。これにたいし、スチャダラパーのANIが「暑くて食欲なくてザルかせいろしか食べられない、という意味だと思われ…」と回答をしていた。2018年8月5日のことである。この年、アイドルラップグループ、lyrical schoolが「WORLD’S END」という素晴らしいアルバムをリリースしているのだが、先行トラックの「常夏リターン」は作詞がBOSEとかせきさいだぁ、作曲・編曲がスチャダラパーのSHINCOとなっている。「男子たちとかく ついつい流されちまうとか ゴタク言うけどハッキリ言っとく 女子なら最優先は美白」と、「みんなそそのかされちまう ついつい流されちまう 結局暑さでまいっちまう 誰のせい?それはあれだ!夏のせい」の「サマージャム’95」にたいするアンサーソング的にもなっている。

そして、「サマージャム’95」のタイトルの由来は「夏用のテープとかはしっかり作るのよ 『サマージャム’95』なんつって 必ず直球のタイトルつけちゃってね」というところなのだが、lyrical schoolのアルバム「WORLD’S END」にも収録され、この前の年にシングルとしてリリースされていた「夏休みのBABY」には「夏用のプレイリスト作ってドライブ」というフレーズがある。この間に音楽を再生するメディアに変化があったということである。

それはそうとして、「サマージャム’95」でドライブ中の「キャワユイギャル」と良い感じになっている時に出てくる「熱めのお茶だ 意味深なシャワーだ」というフレーズは、サザンオールスターズの1982年のアルバム「NUDE MAN」に収録され、研ナオコによるカバー・バージョンがオリコン週間ランキングで最高5位のヒットを記録した「夏をあきらめて」からの引用である。

また、参照元としてボビー・ハッチャーソン「Montara」、ザ・モーメンツ「Lovely Way She Loves」なども挙げておきたい。

「クラブだね妥当な線として 夏!!クラブ!!ナンパ!!思い出!!」というフレーズがあり、個人的に同じ時代の若者として東京のしかも渋谷区で生活していたにもかかわらず、この辺りには共感できる点が1ミリもない。にもかかわらず、とても良いと思えるのだから、そういったタイプの人たちにとってはなおさらなのだろう。