サブリナ・カーペンター「ショート・アンド・スウィート」

2024年の夏、メインストリームのポップミュージックシーンにおいて、最も存在感を放っていたアーティストの1人が「エスプレッソ」「プリーズ・プリーズ・プリーズ」を連続大ヒットさせたサブリナ・カーペンターであることに、異論はそれほどないように思える。

「エスプレッソ」はSpotifyで音楽を聴いていると、アルゴリズムによっておすすめの楽曲として次に再生される確率がひじょうに高いということでも話題になっていた。聴いていたのが、たとえフォンテインズD.C.やケンドリック・ラマーの新曲だったとしてもである。

「That’s that me espresso」というフレーズはたとえ文法的に正しくなかったとしても、大いに流行りまくった。その結果、全米シングルチャートで最高3位、全英シングルチャートでは5週連続を含む通算7週にわたる1位という大ヒットを記録することになった。

しかも、これがサブリナ・カーペンターにとってキャリア初のトップ10ヒットである。

それならばフレッシュなニューアーティストなのかというと、そんなことはなく、2009年に開催された次のマイリー・サイラスを発掘するコンテストで3位に入賞し、2011年には女優として、またその翌年には歌手としても最初の作品をレコーディングしている。

一般大衆的に認知されるようになったのはディズニーチャンネルのシリーズ「ガール・ミーツ・ワールド」に出演したあたりからなのだが、音楽アーティストとしてはディズニーが所有していたハリウッド・レコードからティーンポップスター的な作品をリリースし続けていた。

そして、2021年にユニバーサル・ミュージックグループのアイランド・レコードと契約すると、それまでとは異なったより自身の本質に近いポップミュージックを追求していくようになり、移籍第1弾となるアルバム「Eメールズ・アイ・キャント・センド」からシングルカットした「フェザー」は全米シングルチャートで最高21位のヒットを記録した。

もう1つの話題としては2022年に大ヒットしたオリヴィア・ロドリゴのデビューシングル「ドライヴァーズ・ライセンス」で歌われている年上でブロンドの女性とはサブリナ・カーペンターなのではないかという広く信じられている憶測には苦しめられることになった。

一方でテイラー・スウィフトの「ザ・エラス・ツアー」でオープニングアクトに抜擢されたことは、サブリナ・カーペンターの知名度を上げるのに貢献した。

そして、「エスプレッソ」なのだが、タイトルはイタリア発祥の風味が濃厚なコーヒーに由来する。サブリナ・カーペンターはこの曲において、自分自身を濃厚で眠れなくなるほど中毒性が高い存在として規定し、その例えとしてエスプレッソを用いている。

シンセポップやR&Bをベースとしたグルーヴィーなトラックも、この曲の歌詞と同様に中毒性が高く、真夏のサウンドトラックにふさわしいグルーヴ感も特徴である。

そしてカジュアルにしてナチュラルなセクシー気分がじつに絶妙であり、そのアクティブなモーションは日本が誇るエンターテインメント企業、任天堂というワードによってたとえられている。

ちょっとクセがあるのだが、引くほどではないユーモアセンスが全体的に漂っていて、そこも大きな魅力になっている。

ミュージックビデオでは海で男性とスピードボートに乗っているのだが、急旋回して振り落とし、ゴールドのクレジットカードを盗んで贅沢三昧をするという内容になっていて、最後には警察に捕まっている。

「エスプレッソ」はサブリナ・カーペンターがコーチェラ・ヴァレー・ミュージック・アンド・アーツ・フェスティバルへの出演に先がけて発表した本人いわく「ちょっとした曲」だったのだが、これが自身にとってキャリアハイを大きく更新する大ヒットであるのみならず、2024年のサマーアンセムになるであろうことがほぼ確実視されている間に、次のシングル「プリーズ・プリーズ・プリーズ」がリリースされた。

カントリーポップがベースとなっているのだが、良い感じにレトロなシンセサウンドがマイルドなトレンド感をも醸しだしている。とても心地よいライトなラヴソングのように聴こえなくもないのだが、歌詞はわりと辛辣だったり適度に自虐的だったりもする。

これが全米シングルチャートでついに初の1位に輝いた。全英シングルチャートでも2曲連続となる1位を記録するのだが、夏になって人気を盛り返してきた「エスプレッソ」がこれを抜いてふたたび1位になるなど、なかなかの無双状態を実現していた。

「エスプレッソ」のミュージックビデオのエンディングでは実は「プリーズ・プリーズ・プリーズ」のイントロが少し流れていたのだが、やはり続編のようになっていて、「エスプレッソ」のビデオで警察に逮捕されたサブリナ・ジョンソンが獄中にいるシーンからはじまる。

プライベートでもサブリナ・カーペンターのパートナーなのではないかといわれているバリー・コーガンとの共演になっていて、90年代のクエンティン・タランティーノ監督作品をも思わせるポップカルチャー感覚もとても良い。

そして、カントリーポップ的な音楽というのはトレンドのようなところもあって、どれだけ意図的なのかは定かではないのだが、これによって旬な感じもじゅうぶんに出ているということができる。

そして、これら2曲の大ヒット曲を収録したアルバム「ショート・アンド・スウィート」がリリースされるわけだが、これによってサブリナ・カーペンターは音楽アーティストとしてヘッドライナー級の地位を獲得することがほぼ確実なのではないかと目されるのである。

タイトルはサブリナ・カーペンター自身の最も短くて甘いロマンスの実体験にインスパイアされていること、アルバムそのものが12曲入り約36分15秒とフルアルバムとしてはやや短めであること、あるいは152cmぐらいなのではないかともいわれる身長を含めたサブリナ・カーペンター自身に由来しているのかもしれない。

すべての楽曲が恋愛をテーマにしていて、音楽的にはカントリーポップ的だったりR&B的だったりして、それほど新奇さを特徴とはしていないのだが、リアルにヴィヴィッドで印象に残るフレーズを散りばめながら、現在の恋愛シーンの本質に迫るような歌詞と、サブリナ・カーペンターの絶妙なユーモア感覚、カジュアルにしてナチュラルなセックス観などがおそらくは潜在的だが切実に求められているニーズに合致しているのでは「ないだろうか。

アルバムの1曲目に収録され、ミュージックビデオも公開された「テイスト」からしてキャッチーなポップソングとしてとても良いうえに、恋愛シーンにおけるややこしいのだがわりとよくありがちで深刻な問題をテーマにしながら、小生意気なユーモアセンスでポップに仕上げるというなかなか高度なことをやり遂げているといえる。

要は別れた恋人が別の女性と付き合っていて、それがどうやら気に入らないのだが、彼に影響をあたえたりいろいろなことを教えたのは自分でもあるため、結局のところ彼女は私を味わうことになるわけなのだ、というようななかなかえげつないことがキャッチーに歌われている。

しかも、ミュージックビデオがこのいわゆる三角関係的な歌詞の内容をテーマにしながら、トゥーマッチなバイオレンスやコメディセンスをフル動員した、なかなか見ごたえがあり笑える作品となっている。

そして、この曲の歌詞が別れた恋人が元カノと復縁したらしいことを歌っていたり、「このことを歌にしたからといって未練があるわけじゃないの」というようなフレーズがあったりすることがまた、別の憶測を呼んだりするのもなかなか味わい深いところではある。

「コインシデンス」はおそらく浮気をしているであろう恋人にまつわる様々な「偶然」について、辛辣ながら悲しみや虚しさをも絶妙に感じさせたり、「ベッド・ケム」は少しあって良い感じだと思った男性に対してセクシーな妄想で盛り上がる様が詳細に描写され、しかもそれが90年代R&Bをも思わせるトラックにのせて歌われていてとても良かったり、「ダム&ポエティック」ではあるタイプの男性に向けて「レナード・コーエンの歌詞でオナってな」と言い放ったり、「スリム・ピッキンズ」では「there」と「their」と「they are」の区別もつかないような男性について歌った後で、「でもそんな彼が私の部屋に裸でいるの」と自虐したりもする。

「ジュノ」における「You make me wanna make you fall in love」のくだりはおそらくこのアルバムの中で最もキャッチーなメロディーだと思えるのだが、この恋のときめきをテーマにした楽曲のタイトルにおそらくは予期せぬ妊娠をしてしまった16歳の女子高生を主人公にした2007年公開の映画「JUNO/ジュノ」を持ってくるあたりのセンスも最高である。

「ライ・トゥ・ガールズ」では真実の愛のようなものを求める女性の絶妙に微妙で深刻な心理状態がメロウに歌われるが、「私たちは冷酷な事実について読んだ後で、これは正しくないと誓うのが好きなの」というようなフレーズが特に印象的である。

アルバムの最後に収録された「ドント・スマイル」においては、別れた恋人に向けて終わってしまった関係について笑いとばさずに泣いてほしいし、新しい恋人を抱くために私のことを思い出してほしいなどとかなり重苦しいことを歌っているのだが、実のところこれこそが本当の真実であり、だからこそライトでキャッチーで不真面目な感じの曲がまた味わい深くも愛おしくも思えてくる。

終わってしまった過去は振り切って笑って前を向いて未来に進んでいこう、というようなメッセージがわりと受け入れられがちなポップソング界において、このアプローチはなかなか印象的ではあるのだが、これがライトでクールなトラックにのせて歌われているところもとても良い。

というわけで、先行したシングルほどにはアルバム全体としてはそれほどインパクトは強くないのではないか、というような意見もやはりあるのだが、このそれほど尖っていなくて聴きやすげなところがむしろ良いのではないかというような気もしていて、なぜならこれらはおそらく刺さる人たちにはソフトだがわりと深いところまでしっかりと刺さるのではないかとは思えるからである。

サブリナ・カーペンターは新たなポッププリンセスとなるべき道を確実に歩んでいるといえるわけだが、「ショート・アンド・スウィート」はそれにふさわしい、とても素敵なポップアルバムである。