ダニー・ボイル監督「セックス・ピストルズ」を見たことについて

ダニー・ボイルが監督したセックス・ピストルズについてのTVシリーズがDisney+(ディズニープラス)で配信されるという情報を知ってとても楽しみにしていたのだが、直前になって実は日本での配信は未定だということが分かり、がっかりもしていたのだが、その頃にはちょうど「ストレンジャー・シングス」「ボーイズ」「オビ=ワン・ケノービ」など、他にも見たいものや見なければいけないものがいろいろあったので、内心ホッとしてもいたのであった。そして、気を抜いているといつの間にか日本でも配信が開始されていた。正確には2022年7月13日からだったらしい。TVシリーズは1日1話と決めているので、全6話をもちろん6日かけて見た。そのことについて、今回は取り上げていきたい。

まず、このTVシリーズはドキュメンタリー作品ではなく、役者がセックス・ピストルズやマルコム・マクラレン、ヴィヴィアン・ウェストウッドなどを演じた伝記映画のようなものになっていて、スティーヴ・ジョーンズの自伝「Lonely Boy: Tales from a Sex Pistol」をベースにしているようだ。邦題は「セックス・ピストルズ」なのだが、原題が「Pistol」と単数形なのはスティーヴ・ジョーンズが主人公であることをあらわしているのだろうか。セックス・ピストルズのヒストリーについては、ポップ・ミュージックやパンク・ロックについて書かれた書物や雑誌の記事、あるいはドキュメンタリー映像をふんだんに盛り込んだ映像作品「ザ・グレイト・ロックンロール・スウィンドル」「ノー・フューチャー」、あるいはアレックス・コックス監督による映画「シド・アンド・ナンシー」などで語られて、少なくとも今回このTVシリーズを見ようかと思った人たちの相当数にとっては周知の事実なのではないだろうか。

事実は小説よりも奇なりを体現するようなその物語は、ドキュメンタリーで見ることによってより生々しさを増すのだが、すでにある程度は知っているそれを、改めて役者による演技によってどれだけおもしろくできるだろうか、というのはなかなかのチャレンジだったような気もする。この作品の場合は特にスティーヴ・ジョーンズの視点から語られていることによって、より人間の心理がやや深めに描写されているところもある。それにしても、すでに話を知っているとはいえ、グレン・マトロックはいかにもいずれ脱退を余儀なくされそうであり、「NME」のライター、ニック・ケントはやや戯画化されすぎているのではないかという気もするのだが、実際にこんな感じだったのだろうか。そして、後にプリテンダーズを結成するクリッシー・ハインドは、セックス・ピストルズのストーリーにここまで関わっていたのか、と思わされたりもしたし、マルコム・マクラレンのピュアではあるのだが、それゆえのどうしようもなさというのも浮き彫りにされている。

当時のヒット曲が流れることによって、時代の気分のようなものがなんとなく表現されてもいる。パンク・ロックの誕生は肥大化し産業化したロック・ミュージックにたいするアンチテーゼでもあった、というのはよくいわれることだが、リック・ウェイクマンが映るテレビを利用してそれを表現している場面は、個人的まずはイラつかされ、やがて爽快感に変わった。レオ・セイヤーやヒートウェイヴなどの曲も使われている。パンク・ロックというシーン内部のことというよりは、一般大衆との軋轢というところにおもしろさがあり、あれがポップスの醍醐味でもあるため、そういった狙いはとても良かったと思う。その一方で、いわゆるパンク・ロックのシーンについてはあまり深く取り上げられていないのだが、それはセックス・ピストルズがひじょうに突出していたことのあらわれなのかもしれない。

もちろんとても好きなテーマであり、この辺りのポップ・カルチャーには造詣が深いであろうダニー・ボイル監督作品ということで、じゅうぶんに楽しめる。ただし、ドキュメンタリー映像の生々しさやヒリヒリ感があまりにも知られていることもあり、それらを凌駕するセックス・ピストルズのヒストリーについてのディフィニティヴ的な映像作品になりえているかというと、けしてそうではないような気がする。しかし、セックス・ピストルズはポップ・ミュージック史上において、きわめて特別な事件でもあったので、こういうのは様々な視点や切り口による映像作品が、こんなんなんぼあってもいいですからね、という感じでもある。もちろんある程度のクオリティーに達していることが条件となるが、それについてはまったく問題がない。また、ドラマーが脱退しかねないリハーサル中に、「アナーキー・イン・ザ・U.K.」がだんだん出来ていくところや、「ボディーズ」の由来にまつわるくだりなどは、特に見どころだともいえる。

Disney+は昨年、「ザ・ビートルズ:Get Back」の独占配信で音楽ファンの契約者を増やしたような印象もあるが、1969年にスティーヴィー・ワンダーやB・B・キングなどが参加して行われた音楽フェスティバルの映像をクエストラヴがまとめた「サマー・オブ・ソウル(あるいは、革命がテレビ放映されなかった時)」や、ビリー・アイリッシュのドキュメンタリー映像もあったりはする。そこに今回の「セックス・ピストルズ」も加わったわけだが、ディズニーやピクサーはもちろんのこと、マーベルやスター・ウォーズのシリーズ作品、ザ・シンプンズなどもすべて見られて月額990円(税込)はかなり良いのではないかと思わされる。