モリッシー「ボナ・ドラッグ」【Classic Albums】

モリッシーのソロアーティストとしては初のコンピレーションアルバム「ボナ・ドラッグ」は1990年10月15日にリリースされ、全英シングル・チャートで最高9位を記録した。この頃、インディーロックとダンスミュージックを組み合わせたようなマッドチェスターとかインディーダンスとか呼ばれがちな音楽がトレンドとなってもいたのだが、モリッシーはそれらとはほとんど関係がない超然とした音楽を引き続きやっていた。ザ・スミスからジョニー・マーが脱退した結果、解散となってしまったのが1987年だったので、この時点で3年が経過しているのだが、ソロアーティストとして活動を開始したモリッシーは1988年にリリースしたアルバム「ビバ・ヘイト」が全英シングル・チャートで1位に輝くなど、概ね好調なように思われた。ソロアーティストとして初のシングルとなった「スエードヘッド」の全英シングル・チャートでの最高位は5位であり、ザ・スミス時代のどのシングルよりも高い順位を記録していた。

「ビバ・ヘイト」の後でモリッシーはすぐに次のアルバムをつくろうとはせず、いくつかのシングルをリリースしたのだが、全英シングル・チャートでは「ラスト・オブ・ザ・フェイマス・インターナショナル・プレイボーイ」が最高6位、「インテレスティング・ドラッグ」が最高9位と、「スエードヘッド」「エヴリデイ・イズ・ライク・サンデー」に続いて4曲連続でトップ10入りを記録していた。ザ・スミス時代に全米シングル・チャートでトップ10入りしたのは「ヘヴン・ノウズ」「シーラ・テイク・ア・バウ」の2曲だけで、しかもいずれも最高10位だったため(解散後の1992年に「ジス・チャーミング・マン」が再発され最高8位を記録している)、この時点でモリッシーのソロアーティストとしての活動はかなり成功していたということもできる

ザ・スミスの楽曲の素晴らしさというのはモリッシーの歌詞とジョニー・マーの曲との相乗効果によるところがひじょうに大きく、ソロアーティストとしてやっていくのはなかなか厳しいのではないか、というような見方もあったように思えるのだが、モリッシーのソロアーティストとして初期のシングルで曲をつくっていたのはザ・スミス時代のプロデューサーでもあるスティーヴン・ストリートであった。ザ・スミスの解散はひじょうにセンセーショナルなニュースだったのだが、スティーヴン・ストリートは当初、数ヶ月もすればまた再結成するだろうぐらいに考えていたらしく、「スエードヘッド」などはザ・スミスのシングルのB面にでも入れればぐらいの認識だったという。

「ラスト・オブ・ザ・フェイマス・インターナショナル・プレイボーイ」になると、元ザ・スミスのアンディ・ルーク、マイク・ジョイス、グレイク・ギャノン、つまりジョニー・マー以外の全員が参加したりもしていた。イギリスで1950年代から1960年代にかけて犯罪を繰り返した双子のギャング、クレイ兄弟についても歌われているこの曲は、犯罪者を英雄視するような風潮をテーマにしていて、やはり一般的なポップソングとは一味違ったモリッシーらしい切り口が特徴的である。このクレイ兄弟についてはこの翌年に映画化もされているのだが、主演はスパンダー・バレエのケンプ兄弟であった。ちなみに兄のロニー・クレイはブラー「チャームレス・マン」の歌詞にも登場している。音楽的にはザ・フォールにも影響を受けているという。

「インテレスティング・ドラッグ」はとてもポップでキャッチーな曲なのだが、イギリスの階級社会や保守党の労働者階級にとっては非人道的にも思える政策、ドラッグカルチャーなどについて、モリッシーならではの視点とセンスで斬り込んでいて、なかなか興味深い。実際に労働者階級の生まれでもあったモリッシーの歌詞には、常にエスタブリッシュメントに対する批判精神があり、それが大きな魅力でもあったのだが、後に極度にネトウヨ化してしまったのはつくづく残念でならない。

そして、モリッシーのこの次のシングル「ウィジャボード・ウィジャボード」は全英シングル・チャートで最高18位と、ソロになってから初めてトップ10入りを逃がしている。この曲についてはオカルティズムや悪魔崇拝を助長しているのではないか、というような批判も浴びせられていた。ちなみにタイトルにも入っている「ウィジャボード」というのは、西洋でいうところのこっくりさんのようなもので、これによって死者の霊魂と会話ができるなどとされているものである。これらの批判に対し、モリッシーは自分が過去に死者と対話をした経験というのはサン紙の記者と話した時だけである、というようななかなか辛辣かつ切れ味の鋭いコメントを残している。サン紙というのはイギリスの有名なタブロイド紙であり、保守党支持の姿勢を明確に打ち出している。このシングルではバッキングボーカルでカースティ・マッコールが参加している。

モリッシーは「ビバ・ヘイト」に続く2作目のスタジオアルバムの制作を考えてはいたのだが、この時点でそれはなかなか厳しいのではないかという感じにもなっていき、コンピレーションアルバム「ボナ・ドラッグ」をつくることになったのだという。そして、90年代になってから最初にリリースされたシングルが「モンスターが生まれる11月」であった。車いすで生活する少女をテーマにしたこの曲は、内容が差別的なのではないかというような批判にさらされたりもして、全英シングル・チャートでの最高位は12位とまたしてもトップ10入りを逃がす。この頃、ポップミュージックにおけるトレンドが変わってきたこともあって、モリッシーに対して批判的な意見もやや目立っていたような気もする。何かの音楽雑誌で、ザ・スミスは大好きだったし素晴らしいのだが、乳首に絆創膏を貼ってクネクネ踊っている現在のモリッシーには興味がない、というような文章を読んだ記憶もある。これはズバリこの「モンスターが生まれる11月」のミュージックビデオのことである。

そして、「ボナ・ドラッグ」は2作目のアルバムが完成しないので仕方なくリリースされるコンピレーションアルバムというようなニュアンスで紹介されていたような記憶があり、あながちそれも間違いではない。「ビバ・ヘイト」にも収録されていた「スエードヘッド」「エヴリデイ・イズ・ライク・サンデー」をも収録したことが、さらに中途半端な印象を強化したともいえる。先行シングルとしてアルバムでは1曲目に収録された新曲「ピカデリー・パラーレ」がリリースされ、全英シングル・チャートで最高13位を記録した。ロンドンのピカデリー通りを拠点とする男娼をテーマにしたこの曲も少し物議をかもした。マッドネスのサッグスがバッキングボーカルで参加している。

これらのシングルやカップリング曲の寄せあつめのような印象も強い「ボナ・ドラッグ」だが、実はひじょうに充実したが楽曲が凝縮されてもいて、この時期のモリッシーのアーティストとしての魅力を最もヴィヴィッドに伝えているともいえる。アナログレコードではB面の1曲目に収録された「ヘアドレッサー・オン・ファイアー」は「スエードヘッド」のシングルのカップリング曲だったのだが、モリッシーの自己憐憫と風刺とユーモアとがバランスよく同居した楽曲として、すこぶる評判が良かったりもする。レーベルはことあるごとに「ビバ・ヘイト」やその再発盤に収録することを望んだのだが、モリッシーが拒み続けていたという。いろいろな意味に取れたりもするのだが、実はモリッシーが美容室の予約が取れないことにいら立っていたことが動機でつくられた曲だという。ハサミが忙しくしている様子などは、フリッパーズ・ギター「バスルームで髪を切る100の方法」に通じるところもあるように感じられるのだが、少なからずとも影響をあたえたかどうかは定かではない。

アルバムはヒット曲「スエードヘッド」の後に「エヴリデイ・イズ・ライク・サンデー」のカップリング曲だった「ディサポインテッド」で終わるのだが、タイトルの通りにモリッシーらしく失望しまくっていてとても良い。サウンドも含め、ここまで行くともはや芸風とさえいえるわけで本当に素晴らしいと感じていたのだが、「Goodnight and thank you!」で終わるあたりも最高である。

当時、モリッシーのライブではパフォーマンス中にステージに上がって来た客を、モリッシーが1人1人ハグするという時間があり、ひじょうに話題になっていたのだが、後に幕張かどこかで見た来日公演でもしっかりそれをやっていてすごいと思った記憶がある。

「ボナ・ドラッグ」はスタジオアルバムが完成しないので苦肉の策としてリリースされたものだと思っていたのだが、翌年の3月には次のアルバム「キル・アンクル」が発売され、思っていたよりも時間がかからなかったなと思わされた。その後には来日公演が行われ、六本木WAVEにもやって来た。新卒の女性社員が気軽にサインをもらいに行っていて、とてもうらやましかった。間違いなく自分の方が思い入れが強いという自負はあったのだが、遠くから見ていることしかできず、本当に好きな人を見ると人はこうなってしまうのだな、ということを強く実感させられたのだった。

「ボナ・ドラッグ」については2010年に発売20周年を記念するエディションがリリースされていて、6曲の未発表音源が追加されたり、一部の収録曲が編集されたりしている。ジャケットアートワークの色も加工され、デジタルストリーミングサービスで配信されているのもこちらの方である。収録曲が増えるのは歓迎すべきことでもあるのだが、やはり当初の14曲入りの時点ですでに完成していて、それ以上は蛇足でないないのか、と感じるのは思い出補正によるところが大きいのだろうという自覚はとりあえずある。