マーキュリー・プライズ2022にノミネートされたアルバム12作品について

イギリスの権威ある音楽賞レース、マーキュリー・プライズのノミネート作品が発表されたので確認していきたい。ちなみにこのマーキュリー・プライズなのだが、イギリスで最も有名な音楽賞であるブリット・アワーズがあまりにも保守的であり、音楽ファンの感覚とはかけ離れてきているのではないかというような懸念などから1992年に設立され、当初はマーキュリー・ミュージック・プライズという名称であった。対象はイギリスかアイルランドのアーティストやバンドによるアルバムであり、バンドの場合は全メンバーに占めるイギリス人かアイルランド人の割合によって、対象になるかどうかが決まる。

第1回の受賞作はプライマル・スクリーム「スクリーマデリカ」で、翌年がスウェード「スウェード」であった。パルプも1996年に「コモン・ピープル」で受賞しているが、オアシス、ブラー、レディオヘッドはノミネートされたことはあるものの、受賞には至っていない。ブリットポップが盛り上がっていた90年代半ばにはMピープルやポーティスヘッドが受賞していた。

最近ではスケプタ、サンファ、デイヴ、マイケル・キワヌカ、アーロ・パークスなど、R&B、ヒップホップ、ワールド・ミュージックのアーティストによる受賞が目立ち、ロック系で最後に受賞したのは2018年のウルフ・アリスであった。

00年代にはアークティック・モンキーズやクラクソンズといったインディー・ロック・バンドも受賞していた。PJハーヴェイは2001年に「ストーリーズ・フロム・ザ・シティ、ストーリーズ・フロム・ザシティ」、2011年に「レット・イングランド・シェイク」と2度にわたって受賞した、現在までのところ唯一のアーティストである。

2022年のノミネート作品もバラエティーにとんでいてなかなかおもしろく、それぞれにクオリティーもひじょうに高い。それではマーキュリー・プライズの公式サイトで発表されている順に確認していきたい。

Forest FloorFergus McCreadie

スコットランド出身のジャズ・ピアニスト、Fergus McCreadieの3作目のアルバムである。普段はこういったタイプの音楽を聴かないリスナーにもじゅうぶん楽しめる、美しくもエモーショナルな作品で、インストゥルメンタルだがわりとバラエティーにとんでいるため、退屈することはない。

Tresor – Gwenno

ウェールズの首府、カーディフ出身でインディー・ポップ・バンド、Pipetteの元メンバー、Gwennoによる3作目のソロ・アルバムである。ステレオラブなどを思い起こさせもする、実験的なポップ・ワールドが万華鏡的に繰り広げられるとても良いアルバムである。

Harry’s House – Harry Styles

マイナーな音楽マニア向けしがちな作品のみならず、大ヒットアルバムでも良いものはちゃんと認めるという姿勢が、このアルバムのノミネートにはあらわれているように思われる。ご存じのとおりすでに売れに売れまくっている、アイドル・グループ、ワン・ダイレクションの元メンバー、という肩書もすでにもう必要がないような気がするハリー・スタイルズのポップでキャッチーでファンキーでセクシーな、こういったタイプの音楽としてはほぼパーフェクトなのではないかというレベルのアルバムである。個人的にも再生回数だけなら、2022年に最もたくさん聴いているかもしれない(外で聴いた回数を含めるとさらに増えるが)。

For All Our Days That Tear The Heart – Jessie Buckley & Bernard Butler

バーナード・バトラーとは、スウェードのオリジナル・メンバーだった、あのギタリストでありソングライターである。そして、ジェシー・バックリーはアカデミー賞にノミネートされたこともあるアイルランド出身の女優だが、ボーカリストとしてもかなりの才能を発揮している。全体的にトラディショナルなフォーク調の曲が中心となっているのだが、随所にオルタナティヴなフィーリングも感じられるところがとても良い。今回、ノミネートされたアーティストの中で、バーナード・バトラーがスウェード時代に受賞を経験している。

Skin – Joy Crookes

サウンドには実験性や新しさが感じられるのだが、その根底にオーセンティックなソウルやR&Bにたいする憧れとリスペクトが揺るぎないものとして存在しているような気もする。こういった作品をしっかりピックアップしてくるところが、マーキュリー・プライズの素晴らしいところでもある。

Reason To Smile – Kojey Radical

UKラップの充実ぶりを感じさせてくれる作品が、今年もまたノミネートされている。音楽的にもひじょうにハイ・クオリティーなのだが、メンタル的な問題や人間関係をテーマにしたリアルでヴィヴィッドなリリックが共感と高評価を呼んでいるようである。

Sometimes I Might Be Introvert – Little Simz

今回、ノミネートされたアーティストのうち、スウェード時代に受賞したことがあるバーナード・バトラーと、このリトル・シムズ以外はすべて初ノミネートである。前回ノミネートされたアルバム「グレイ・アエリア」からかなりの音楽的成長が見られ、ニュー・ソウル的な聴き心地の良さがありながら、メッセージ性も強い。昨年末にここで勝手に発表した「2021年間アルバム・ベスト50」では、見事1位に選ばれていた(というか選んだ)。

Supernova – Nova Twins

発売されてからまだそれほど経っていないというか、つい先日にここでも大絶賛した記憶があるロンドンの2人組、ノヴァ・トゥインズの2作目のアルバムである。ヒップホップやオルタナティヴ・ロックといったジャンルの壁をぶち壊し、ひじょうにアグレッシヴかつエクスペリメンタルでもありながら、ポップでキャッチーなところがとても良い。レイシズムやセクシズムに対抗する態度を明確にあらわしているところも素晴らしい。

Seventeen Going Under – Sam Fender

サム・フェンダーはすでにかなりの人気者であり、「NME」では2021年の年間ベスト・アルバムで1位に選ばれたり、ブルース・スプリングスティーンが引き合いにだされたりもしがちである。ノミネートされた作品の中ではわりとオーセンティックなロックであり、全体のバランスを考えてもひじょうにおさまりが良いのだが、作品そのもののクオリティーももちろんノミネートにふさわしいレベルだといえる。

Prioritise Pleasure – Self Esteem

シェフィールド出身のインディー・ロック・バンド、スロウ・クラブの元メンバーによるソロ・プロジェクトである。フェミニズム的なメッセージを含む実験的なポップ・ミュージックという感じで、オルタナティヴ・ポップ的でありながらニュー・ウェイヴ的でもある。

Wet Leg – Wet Leg

ワイト島出身の2人組ユニットによるデビュー・アルバムで、クールでウィットにとんでいて、フェミニンでニュー・ウェイヴなところがとにかく最高である。ここでもリリース時に大絶賛した記憶があるのだが、個人的にも激推ししていたとはいえ、全英アルバム・チャート1位の大ヒットを記録したのにはさすがに驚かされた。女性アーティストがたくさんノミネートされていて、しかも内容がことごとく良い。

The Overload – Yard Act

最後のノミネート作品はリーズ出身の4人組インディー・ロック・バンド、ヤード・アクトのデビュー・アルバムである。クールでスタイリッシュでポップでキャッチーなインディー・ロックサウンドについて、現在のイギリスで生活するうえでの不平不満などを歌っているところに好感が持てる。

というわけで、誰が獲ってもおかしくない、というようなことは様々なジャンルの賞レースにおいて言われがちではあるのだが、マーキュリー・アワーズ2022がまさにそうで、もちろん個人的に好みはあるのだが、どれが獲ってもまったく不満はないというレベルである。発表は9月8日とわりとまだ先ではあるのだが、それまでに各ノミネート作品を聴き直すなどして、より思い入れを強めておきたい。