映画「ロスト・イン・トランスレーション」

ソフィア・コッポラ監督による2作目の作品「ロスト・イン・トランスレーション」が、その舞台ともなった日本で公開されたのは、2004年4月17日だったようである。当時、劇場に見にいきたかったのだが、結局は行くことができず、DVD化されてから新所沢のGEOあたりでレンタルをして、ソニーのVAIOで見たような気がする。「M-1グランプリ2004」でアンタッチャブルが優勝した、年末のことであった。公開当時、いかにもこの映画を好みそうな女性が「スクール・オブ・ロック」がおもしろかったなどと言っていて、軽くショックを受けたとかいうくだらないことだけはなぜかよく覚えているのだが、あの映画ではハード・ロック/ヘヴィー・メタル的な音楽が主体となっていながらも、スティーヴィー・ニックス「エッジ・オブ・セブンティーン」にふたたび注目させたところがとても良かった。

ところで、「ロスト・イン・トランスレーション」も「スクール・オブ・ロック」とはまったく別のベクトルで、音楽がひじょうに重要な役割を果たしている映画であった。ソフィア・コッポラといえばこの前が「ヴァージン・スーサイズ」で、美しい姉妹の自殺をテーマにしているのだが、「渋谷系」の残党のような感性にもハマりそうなクールでスタイリッシュな映像が特徴であった。知らんけど。フランスのエレクトロニック・ポップ・デュオ、エールが音楽を担当していたと思うが、トッド・ラングレン「ハロー・イッツ・ミー」も効果的に使われていてとても良かった。

それで、「ロスト・イン・トランスレーション」なのだが、ビル・マーレイとスカーレット・ヨハンソンが主演で、舞台は東京である。京都も出てくるが、要は日本である。ビル・マーレイは役者の役で出ているのだが、すでにベテランでおそらく落ち目という設定である。日本に来た目的は、サントリーウィスキーのテレビCMを撮影するためのようだ。当時、よく言われていたのが、アメリカではテレビのランクというのが映画でもずっと下であり、そのため一流映画スターがテレビCMに出演するようなことはほとんどない、ということであった。一方、日本ではテレビCMに出演するということはそれだけお茶の間人気が高いということであり、それは1つのステイタスでもあった。この辺りのギャップの妙が、海外のインターネットサイトなどで、あのビッグスターが日本ではこんなテレビCMに出演している、というような記事をつくらせることになっていたのかもしれない。

日本では1981年にホンダシティという乗用車のテレビCMにイギリスのスカ・リバイバル・バンド、マッドネスが起用され、あれなどはニュー・ウェイヴでカッコいいなと思っていたのだが、90年代にジェームス・ブラウンが日清カップヌードル味噌味的な商品のテレビCMで「セックス・マシーン」のカラオケに乗せて、「ミソッパ!」などとシャウトしていた時には微妙な気分にさせられたものである。それはそうとして、「ロスト・イン・トランスレーション」でビル・マーレイが演じるベテラン俳優はサントリーウィスキーのテレビCM撮影で、日本のよく分からないCMディレクター的な若造に的外れで小生意気なことをいろいろと言われたりもする。

一方、スカーレット・ヨハンソンが演じる役の方は、セレブリティーなカメラマンの妻という設定である。何らかの撮影で日本に来て、ホテルに滞在しているのだが、旦那は何やら忙しそうである。アクション映画に出演しているらしい絶妙に大雑把な女優が以前にこの旦那のカメラマンと仕事をしたことがあるらしく、偶然に会って親しげに話すのだが、自分の体臭のことなども話していて、本当に大味である。ビル・マーレイが演じるベテラン俳優は国際電話で妻と話すのだが、すでにそのコミュニケーションには心がそれほど通っていない様子である。このように異国でそれぞれに疎外感を感じていた2人が、東京のホテルのバーで知り合い、少しずつ親しくなっていく。

この孤独感を表現する音楽として、マイ・ブラッディ・ヴァレンタインのケヴィン・シールズがとても良い仕事をしているわけだが、ジーザス&メリー・チェイン「ジャスト・ライク・ハニー」、はっぴいえんど「風をあつめて」なども使われていて、とても良い。「風をあつめて」ははっぴいえんどによるバージョンが映画の終りの方でかかるのだが、それ以前に東京のカラオケ店のシーンで、誰かが歌っているのが部屋から漏れて聴こえていたりもする。それで、そのカラオケでなのだが、スカーレット・ヨハンセン演じる役の人の友人という設定の男性がセックス・ピストルズ「ゴッド・セイヴ・ザ・クイーン」、スカーレット・ヨハンソンがプリテンダーズ「ブラス・イン・ポケット」、ビル・マーレイがエルヴィス・コステロ「ピース、ラヴ・アンド・アンダスタンディング」、ロキシー・ミュージック「夜に抱かれて」と、いずれもとても良い。スカーレット・ヨハンソンはこの時にウィッグを着けているのだが、ヴィジュアル的にもたまらなくキュートで良いものである。ちなみに、スカーレット・ヨハンソンはこの作品の撮影時にまだ10代だったということにも驚かされるのだが、おそらくそれよりは少し年上であろう役にもしっかりハマっている。

2人はお互いにシンパシーのようなものを感じてはいるのだが、それぞれの立場もあり、けして一線を超えず、その感じがまたとても良い。というか、ふとした瞬間に濃密な関係性が感じられたりもする。このような感じなので、別れももちろん訪れるし、その後の約束などもされることがない。ラストシーンで不意に再開し、思いが溢れたりもするのだが、その時に囁かれた言葉はけしてわれわれには明かされない。こういったところも含めて、なんだかとても良いといえるのである。

渋谷駅前のスクランブル交差点がよく出てきて、何かを象徴しているようでもあるのだが、この映画が撮られるそもそものきっかけが、前作のプロモーションで滞在していた時にソフィア・コッポラが東京のことをすっかり気に入ってしまったから、というのがあったともいわれる。一部の日本の批評家からは、日本人の描き方がステレオタイプすぎはしないだろうかというような批判もあったようなのだが、特に気にはならなかった。個人的に渋谷はかつて大好きな街だったが、ある時期からすっかり行かなくなってしまった。それには、環境の変化という理由ももちろんあったのだが、それほど積極的に行かなくてもいい感じの街になってしまったからというのもあって、その契機となったのが渋谷の街というか、駅前周辺が意図的にオトナ化されていき、個人的に良いと感じていた魅力が薄れていった時期である。スクランブル交差点前でTSUTAYAなどが入ったQFRONTが1999年12月、「オトナ発信地」をコンセプトとする渋谷マークシティが2000年4月にそれぞれオープンしたことはひじょうに大きいような気がしている。そして、2002年9月29日からの27日間で撮影されたという「ロスト・イン・トランスレーション」には、この変わりはじめたぐらいの時期の渋谷の風景が収められてもいるのである。

というわけで、ポップ・ミュージックや街の景色の移り変わりといった視点からもなかなか楽しめる作品だということができる。藤井隆がかつて演じていたマシュー南というキャラクターを懐かしむことができたり、藤原ヒロシ、NIGO、HIROMIXといった人たちを見つけることができたりもする。