リトル・シムズ「サムタイムズ・アイ・マイト・ビー・イントロヴァート」について。
ロンドンを拠点として活動する女性ラッパー、リトル・シムズが4作目となるフルアルバム「サムタイムズ・アイ・マイト・ビー・イントロヴァート」をつい最近リリースしたのだが、これが個人的には2021年に聴いたニュー・アルバムの中で最高というレベルで気に入っていて、ここ数日間ずっと聴いているのだがまだその魅力の全貌を掌握しえたとはまったく思えない。2019年にリリースされた前作「グレイ・エリア」もかなり気に入っていたのだが、このアルバムでは格段にスケールアップというか、そのポテンシャルが現時点においてはフルに発揮されきった作品なのではないかと思える。リトル・シムズはラッパーなので、この音楽のジャンルはおそらくヒップホップということにまるのだろうが、フィーリングはネオソウル的というかひじょうに洗練されていて、その上でメッセージ性が強く実験的なところもあるという、優れたポップ・アルバムの条件を備えまくっている。
いまもしも六本木WAVEがまだ存在していたとするならば、たとえば1990年のキャロン・ウィーラー「UKブラック」のように間違いなく推されまくっていたのではないだろうか。また。ローリン・ヒルやエリカ・バドゥなどに通じるものがあるように思える。そもそもリトル・シムズはローリン・ヒル、それからケンドリック・ラマーなどにも絶賛されていたという。特にマーキュリー・アワーズにノミネートされたりもした「グレイ・エリア」に至っては、ついに一般的にも正当に評価されたようにも思えたのだが、セールス的には全英R&Bチャートでは1位に輝いたものの、全英アルバム・チャートでは最高87位と、そのクオリティーにまったく見合ってはいないのではないかと感じさせられる。
タイトルの「サムタイムズ・アイ・マイト・ビー・イントロヴァート」というのは、直訳すると、「時々、私は内向的である」というような意味だが、リトル・シムズの本名はシンビアツ・アジカウォで、愛称はシンビ(SIMBI)、今回のアルバムタイトルはこのバクロニム、つまり日本語でいうところの「あいうえお作文」的なものでもある。「サムタイムズ・アイ・マイト・ビー・イントロヴァート」に含まれるそれぞれの単語の頭の一文字だけを取って並べると、シンビ(SIMBI)になるというわけである。
しかし、これはけして単なる言葉遊びではない。新進気鋭のアーティストとして注目されることにより、外交的にならざるをえない側面もおそらくあるわけだが、そこで生身の人間としての自分自身と外向けのアーティストとしてのそれとの間のギャップや葛藤というようなものが、少しずつ精神を蝕んだりもする。これは何もアーティストやセレブティに限った話ではなく、一般人である我々にしても、外向けと内向けそれぞれの自分をトム&ジェリーのごとく仲よく喧嘩させながら生活しているようなところがある。どちらが真実であるいは偽りというような分かりやすい話ではなく、どちらもある程度は真実であり偽りというか、その中でどのバランスが最も幸福に近いのだろうかというような、哲学的なテーマすら内包しているように思える。
実にバラエティーにとんだ、洗練されているがゆえに聴きやすくはあるのだが絶妙に実験的で刺激的なこともやっているアルバムである、というようなことは先ほども書いたが、一方でひじょうに赤裸々でもある。「アイ・ラヴ・ユー・アイ・ヘイト・ユー」は幼い自分を見捨てて家を出た父親に対するアンビバレンツな想いが告白されているし、「リトルQ、パート2」は刺傷事件の被害者となったいとこのストーリーをベースに、その深層にある社会問題をも照射するような内容となっている。
音楽的にはオーケストラがゴージャスに起用されていたり、アカペラのコーラスだったり、80年代のディスコ・ポップを思わせたり、カーニバルのような気分が味わえたり、実に多彩でありながらクオリティ・コントロールも行き届いている。過去のポップ・ミュージックの良いところを参照しながら、現在ならではの息づかいであったりリアリティーのようなものが感じられ、そういったところがとても良い。このアルバムはぜひともしっかりと評価されるのみならず、ちゃんとヒットしてほしいと思わざるをえない。とにかく、いま全力でおすすめしたいアルバムである。