「恋する惑星」レストア版が配信されていることなどについて
「恋する惑星」はウォン・カーワイ監督による香港映画で、日本では1995年7月15日に公開された。本国の台湾ではその前の年である1994年7月14日に公開されていたようだ。おそらく公開開始からそれほど経っていなかった時期に、銀座テアトル西友という劇場で見た。この映画は公開前から日本でもわりと話題になっていた記憶があり、それで映画にそれほど詳しいわけでもないミーハーの私でも事前に情報を知っていて、見に行こうということになったのだと思う。「レザボア・ドッグス」「パルプ・フィクション」の連続ヒットで、当時、飛ぶ鳥を落とす勢いだったクエンティン・タランティーノ監督が絶賛しているということでも話題になっていた。
チラシにはいろいろなメディアや一般人によるレヴューやコメントの抜粋が載っていて、その中に「瞬きするのももったいないくらい、画面に釘付け。見終わって、スキップしながら帰りました。(出版社勤務・女・24歳)」というのがあって、さすがにそれは言いすぎだろうという気分になっていたのだが、見終わってみると実際にそんな気分になっていたのだから驚きである。代々木上原の駅から歩いて、当時、住んでいた代々幡斎場のすぐ近くのマンションに帰ったのだが、あれはとても楽しかった。代々木上原駅の建物の中にTSUTAYAが入っていて、夜の遅い時間までCDが買えて便利だったのだが、スチャダラパーの「サマージャム’95」が収録されたアルバム「5th WHEEL 2 the COACH」を買った記憶がある。近くにあったトムヤンクンなどの店や、納豆カレーが人気の店などにもよく行ったものである。
それはそうとして、この映画のとても良いところは、まず映像がとてもポップだということである。そして、飲食店の看板娘役であるフェイ・ウォンをはじめ、登場人物たちがひじょうに魅力的である。「恋する惑星」というタイトルからして恋愛映画であることが想像でき、実際にその通りなのだが、サスペンス的な要素もマイルドにあり。ポップでキュートでありながらクールでスタイリッシュという感じにもなっている。
2つのエピソードから構成されたオムニバス作品のようでもあるのだが、それぞれの登場人物同士はどこかですれ違ってもいる。元々は3つのエピソードから成り立つはずだったのだが、結局は2つに絞られ、もう1つは「天使の涙」というまた別の作品になったようだ。台湾語でのタイトルは「重慶森林」で、重慶大厦という雑居ビルを舞台としている。英語でのタイトルは「Chungking Express」である。
金城武が演じる刑事のモウは、失恋の痛みを忘れるために賞味期限だ切れたばかりのパイナップルの缶詰を一晩で30缶も食べる。そして、ブロンドのウィッグにサングラスの怪しげな女性に恋をするのだが、正体はドラッグ・ディーラーである。それぞれの事情はライトに描かれているのだが、けして深入りはしない感じがちょうどいい。
飲食店で働く女性を演じるフェイ・ウォンの役名はそのままフェイであり、なぜかラジカセでママス&パパス「夢のカリフォルニア」を大音量で流している。「ドゥ・ザ・ライト・シング」におけるパブリック・エナミー「ファイト・ザ・パワー」かというぐらいに、何度もかかる。この映画を劇場で見た後、ビデオカセット、DVDと購入しては繰り返し見たり、配信サイトに追加されればやはりまた見てしまうのだが、60年代ポップスとして元々は知っていた「夢のカリフォルニア」を、もうこの作品を思い出さずに聴くことが不可能になってしまった。
フェイはトニー・レオンが演じる警官663号に恋をするのだが、彼もまたキャビンアテンダントの恋人に失恋をする。それからいろいろあって、フェイの恋心がはじけまくった行動がキュートすぎて、ここがこの作品の最大の見どころではあるのだが、実際のところはシンプルに軽犯罪と見られなくもなく、それを警官に対してやってしまっているというのがまたすごかったりもする。
フェイが食材を買い出しに行って、飲食店に戻る途中で昼食をとる警官663号に出くわし、一緒に食材を運ぶというくだりがあるのだが、なんとなく夏らしくて良い感じである。トレンディーでハードボイルドを狙ったような演出もあるのだが、そこにも独特なズレというか、新しい感覚があってとても良い。エンディングの展開にはやや強引さのようなものも感じられるのだが、それもなんだか清々しくて許せるというか、シンプルに好ましいものに思える。
ママス&パパス「夢のカリフォルニア」の次に印象に残る曲としてはフェイ・ウォンが歌う「夢中人」があるのだが、これはクランベリーズの曲のカバーである。
2022年に入ってから、他のウォン・カーウァイ監督作品と共に、レストア版というのがU-NEXTで視聴可能になった。またいつかは見られなくなる可能性も高いような気がするのだが、とりあえずいまのところは見ることができる。映像はDVDなどよりもきれいになっているようだ。それで、今年もまた見ることになったのだが、やはり夏がふさわしいと感じた。