beabadoobee「Beatopia」がとても良いことなどについて。

beabadoobee(ビーバドゥービー)はフィリピン生まれ、イギリス育ちのシンガー・ソングライター、Beatrice Lausのアーティスト名である。初めてギターで作曲した曲だという「Coffee」がYouTubeで30万回以上再生されたことによって注目され、The 1975などが所属するダーティ・ヒット・レコーズと契約する。2019年にリリースしたEP「Space Cadet」に収録されていた「I Wish I Was Stephen Malkmus」が一部のインディー・ロックファンの間で話題になる。タイトルに入っているスティーヴン・マルクマスとは、アメリカのオルタナティヴ・ロック・バンド、ペイヴメントの中心メンバーである。90年代に活躍し、デビュー・アルバム「スランティッド・アンド・エンチャンティッド」をはじめ、素晴らしい作品をたくさんリリースし、ひじょうに人気があったのだが、1999年をもって一旦は解散している(後に再結成する)。beabadoobeeが生まれたのはその翌年にあたる、2000年6月3日である。

2020年の初めにはbeabadoobee「Coffee」をフィーチャーしたカナダのラッパー、Puwfuの「Death Bed (Coffee For Your Head)」がTikTokで評判になったのをきっかけに、全英シングル・チャートで最高4位のヒットを記録する。2020年10月16日にリリースされたデビュー・アルバム「Fake It Flowers」は90年代のオルタナティヴ・ロックからの影響が感じられる作品であり、全英アルバム・チャートで最高8位とわりとよく売れた。それから約1年9ヶ月後にあたる2022年7月15日に、2作目のアルバム「Beatopia」がリリースされ、それがとても良いというのが今回のテーマである。

「Fake It Flowers」においては実体験を元にしたと思われる、ダークな内容の楽曲が多く、そこが魅力でもあったわけだが、このそれほど長くはない期間の間に、音楽的には格段の成長と広がりを見せている。シングルとしてもリリースされた「Talk」などがそうであるように、やはり90年代のオルタナティヴ・ロックから影響を受けたと思われる楽曲は収録されていて、しかもかなり強い。このアルバムがリリースされる5日前の日曜日、Tokyo FMで放送された「SPITZ 草野マサムネのロック大陸漫遊記」は90年代の女性オルタナティヴ・ロッカー特集のようなもので、ビキニ・キルにはじまり、ヴェルーカ・ソルトやブリーダーズ、ホールなどがかかってとても良く、昨年に大ブレイクし、ここでも年間ベスト・ソングの1位に選んだオリヴィア・ロドリゴ「good 4 u」などもそうといえばそうなのだが、こういったタイプの音楽はいままたマイルドにトレンド化しているのではないかというような気分になっていた時にこれだったので、わりとガツンときた。ガツンとみかんである。

しかし、それだけではないのがこのアルバムのすごいところで、そもそもアルバムタイトルの「Beatopia」というのは、beabadoobeeが7歳の頃に辛すぎる現実から逃避するために頭の中で空想していた世界らしいのだが、当時の教師からひどい扱いを受けて、長年にわたり封印していたのだという。それをこのタイミングで出してきたところには、過去の自分自身と向き合い、肯定する気分になったとかそういうところがあったのかもしれない。beabadoobeeはギターをYouTubeのチュートリアル動画で覚えて、映画「JUNO」などに憧れたりして音楽活動をはじめたようなところもあるというのだが、そう考えるとなるほど新世代なのだな、ということが改めて実感できる。90年代のオルタナティヴ・ロックから影響を受け、取り入れてはいるのだが、切り口はひじょうに新感覚的である。ベッドルーム・ポップ的な解釈ということもできるかもしれない。

真実のところはよくは分からないのだが、まずは自信がついたことと、ベッドルームを飛び出して外に出ていろいろな人たちとかかわりはじめたことが、このアルバムを良い方向に導いたような気がする。The 1975のマシュー・ヒーリーと共作した曲が3曲収録されていたり、ボンベイ・バイシクル・クラブのジャック・ステッドマンやPinkPantheressとの共作曲もあり、それぞれがbeabadoobeeにとっての新境地ともいえる楽曲となっている。特にPinkPantheressと共作した「Tinkerbell Is Overrated」はディズニー的なファンタジー感覚と実験性が絶妙なバランスで存在していて、ティンカーベルは過大評価されている、というフレーズも面白い。

「Lovesong」などにはよりキャッチーでオーセンティックなシンガー・ソングライターとしての魅力が感じられもして、なかなか味わい深い。「Love Song」ではなく「Lovesong」という綴りであることや、次に収録された楽曲が「Pictures of Us」であることなどは、ザ・キュアーのファンに好ましく思われるかもしれない。

他にもキュートでポップでスタイリッシュな楽曲がたくさん収録されているのだが、90年代といってもオルタナティヴ・ロックだけにはとどまらず、たとえばセイント・エティエンヌやカーディガンズ、ヴァネッサ・パラディ「ビー・マイ・ベイビー」などのファンにまでアピールするのではないかと思えるようなところがある。セイント・エティエンヌの初期には60年代的なポップ感覚を90年代のテクノロジーでアップデートしているような感覚があったのだが、beabadoobeeのこのアルバムには、それのちょうど30年後にあたる90年代のポップ感覚を2020年代的なセンスで再生しているようなところも感じられる。それでは「渋谷系」的なリスナーにも受ける可能性があるのかというと、「ローリング・ストーン」誌のアルバム・レヴューではカヒミ・カリィの名前が英語で挙げられていた。

「Fake It Flowers」がリリースされた頃、若くてとても才能があるのだが、90年代オルタナティヴ・ロックであることによって、大人のロックファンにも分かりやすかったため、そっち方面でばかり消費されるとするならば、実に勿体ないことだと要らぬ心配をしたりもしたのだが、今回のアルバムを聴くとすでにそういった次元にはもはやいないし、今後がますます楽しみというものである。ただし、できればヤングなリスナーにもっと受けてほしいので、あまり大きくは騒がないようにしたい。