Pusha T(プシャ・T)「It’s Almost Dry」

アメリカはバージニア州出身のラッパー、プシャ・Tの最新アルバム「It’s Almost Dry」が、2022年4月22日にリリースされた。兄弟でやっていたザ・クリプスの特に「Grindin’」などはファレル・ウィリアムスのザ・ネプチューンズがプロデュースした楽曲の中でも最もエクスペリメンタルでありながらポップでもあるのではないかなどともいわれていたのだが、解散後はソロ・アーティストとしてカニエ・ウェストのGOOD Musicレーベルと契約し(カニエ・ウェスト「My Beautiful Dark Twisted Fantasy」からシングル・カットされ、全米シングル・チャートで最高12位を記録した「Runaway」にもフィーチャーされていた)、2018年にリリースされたアルバム「DAYTONA」は全米アルバム・チャートで最高3位のヒットを記録したのみならず、高い評価も獲得していた。

「DAYTONA」収録曲では以前から確執があるドレイクをディスった「Infraed」が話題になったが、ジャケットアートワークもホイットニー・ヒューストンの荒れ果てた浴室の写真に手を加えたものであった。2022年の初めには。ラナ・デル・レイの写真の顔のところにコカインを盛っているように見える画像を公開したり、その少し後にはマクドナルドのフィレオフィッシュのことを悪く言うような曲を発表したりしているのだが、かつてプシャ・Tはマクドナルドのジングルをつくったことがあり、それはずっと使われていたのだが、金があまり入らなかったことについて良くは思っていなかったという背景があるようだ。

プシャ・Tは2022年4月の時点で44歳であり、現役ラッパーの中でもかなり優れているのではないかと評価されている場合もある。今回のアルバムではファレル・ウィリアムスとカニエ・ウェストという、プシャ・Tのことを以前からよく知る2人の大物アーティストがエグゼクティヴ・プロデューサーを務めていて。それぞれ6曲ずつをプロデュースした計12曲が収録されている。合計の収録時間は36分で、「DAYTONA」よりも少し長い。曲順を変えた何パターンからApple Musicにはあるわけだが、おそらく最もポピュラーなバージョンと思われるものは、「Brambleton」という曲からスタートする。低音が効いていたり、トレモロがかかったようなキーボードのサウンドなどひじょうにユニークであり、ラップにも安定感がある。レジェンド的なラッパーの名前なども登場するのだが、メインテーマは確執があるかつてのマネージャーに対する悪口である。

また、プシャ・Tはかつてドラッグの売買にかかわっていたようで、ラッパーの経歴としてはけして珍しいことではないのだが、やはりそのことをよくテーマにしている。4曲目に収録された「Neck & Wrist」にはジェイ・Zが参加しているのだが、この曲におけるパフォーマンスを聴くとキャリア相応の成熟のようなものが感じられる。カニエ・ウェストがプロデュースした楽曲は、まるで「The College Dropout」や「Late Registration」の頃のようなサウンド・プロダクションのようにも感じられるところもあるのだが、現在でもじゅうぶん通じるように思える。「Dreamin of the Past」には、ダニー・ハサウェイによるジョン・レノン「ジェラス・ガイ」のカバーがひじょうに分かりやすくサンプリングされている。先行シングルとしてもリリースされていた「Diet Coke」は、やはりドラッグをテーマにしている(「It’s Almost Dry」というアルバムタイトルの時点ですでに、ドラッグ文化に由来しているようだ)。その次のシングルであった「Hear Me Clearly」では、ア・ベイシング・エイプの創業者としても知られる、あのNIGOをフィーチャーしている。

たとえば幼稚で悪趣味に感じられるところがあったとしても、ひじょうにクオリティーが高く、いまどきなヒップホップがコンパクトに楽しめるアルバムではある。「DAYTONA」の感じから、より過激で冒険心にあふれた音楽性が期待されていたかもしれないし、少し無難になりすぎたのではないか、というような意見もおそらくあるとは思うのだが、これまでのコンセプトや主義主張からするとどうかと思われるところがあるのかもしれないが、ポップ・ミュージックとしての強度という面では、また新たな境地に達しているように感じられなくもない。リル・ウージー・ヴァート、キッド・カディなどもゲストとして参加している。