ザ・スミス「ザ・クイーン・イズ・デッド」【CLASSIC ALBUMS】

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ザ・スミス「ザ・クイーン・イズ・デッド」がリリースされたのは1986年6月16日で、全英アルバムチャートでは初登場2位を記録し、それが最高位となった。その週の1位はジェネシス「インヴィジブル・タッチ」であった。

発売40周年を迎える2026年時点において、インディーロックというジャンルに分類される音楽のアルバムとしては、おそらく最も高く評価されている作品の1つといえるだろう。それからすでに約13年も前になるのだが、イギリスの歴史ある音楽メディア「NME」が発表した「史上最高のアルバム500選」のリストではビートルズ「リボルバー」、デヴィッド・ボウイ「ハンキー・ドリー」などを抑えて1位に選ばれていた。

このアルバムのどこがそんなにすごいのかというと、やはりモリッシーとジョニー・マーという屈指のソングライターチームのクリエイティヴィティがピークに達し、その魅力が遺憾なく発揮されているところであろう。

また、ザ・スミスの音楽というのは基本的に暗く陰惨なテーマを扱っている場合が多いのだが、それと知的で軽妙なユーモアのセンス、音楽面による絶妙なポップ感覚が組み合わさることによって、味わい深いアートフォームを実現していて、このアルバムでは特にそのバランスがとても良いというのもあるような気がする。

人間にとって究極的な問題の1つとして、生きるべきか死ぬべきかというようなものがあって、人によっては生きているあいだにそれと直面したりしなかったりするのだろうが、ザ・スミスの音楽というのは、それでいうと直面する側の人たちから特に深く支持されてきたように思える。

このアルバムにおいてはタイトルからしていきなり「ザ・クイーン・イズ・デッド」と死にかんする単語が入っているわけだが、これはイギリス王室にたいしての不満をあらわしているのと同時に、アメリカの作家、ヒューバート・セルビーが1964年に発表し、物議を醸した小説「ブルックリン最終出口」からの引用でもある。

タイトル曲はアルバムの1曲目に収録され、1962年のイギリス映画「L型の部屋」から、ミュージックホールのベテラン歌手、シシリー・コートネイジが歌う第一次世界大戦のスタンダードソング「懐かしの故郷へ連れてって」(原題を直訳すると「愛する古き良きイギリスへ連れて帰って」という感じになる)からはじまる。

そして、ザ・スミスのひじょうにテンションの高い演奏がはじまり、モリッシーの他の誰とも聴き間違えようのない個性的なボーカルが続いていく。ザ・スミスは前作の「ミート・イズ・マーダー」が全英アルバムチャートで初の1位に輝くなど、すでに人気を獲得していて、このアルバムにもかなりの期待が寄せられていたのだが、この1曲目を聴いた時点でこれはとんでもないことになっているのかもしれない、と予感したリスナーも少なくはないだろう。

この曲のサウンドはバンドのギタリストですべての楽曲の作曲を手がけるジョニー・マーがワウペダルから偶然に拾いあげたフィードバック音をきっかけとした約13分間のジャムセッションから生まれた。コンセプトとしてはMC5などのガレージロックを念頭においていたようなのだが、それはうまくいかなかったという。

続く「フランクリー、ミスター・シャンクリー」は一転して軽快なリズムが印象的な、ミュージックホール風のコミカルな楽曲になっている。この曲順の妙というか、緊張と緩和のような感じになっているところもこのアルバムの魅力の1つのように思える。

「ミート・イズ・マーダー」が完成した後、ジョニー・マーはレーベルをはじめとする音楽業界のプレッシャーから逃れる目的もあり、出身地から近いグレーター・マンチェスターに自宅を購入し、そこが作曲の拠点となった。

1985年の夏の終わりに、モリッシーとジョニー・マーはアルバムのためにマラソンのような作曲セッションを行ったが、「フランクリー、ミスター・シャクリー」もそこでできたうちの1曲である。

いままで務めてきたこの仕事は生活費は稼げるものの魂を蝕んでいて、だから辞めたいと思う、私はもっと有名になって音楽史に名を残したい、率直にいってお金をください、というようなことが歌われたこの楽曲は、所属レーベルであったラフ・トレード・レコードのボス、ジェフ・トラヴィスにあてられたものだといわれる。

実際にザ・スミスはこの後、ラフ・トレード・レコードを離れ、メジャーレーベルのEMIに移籍することを発表するのだが、翌年にラフ・トレード・レコードからの最後のアルバム「ストレンジウェイズ、ヒア・ウィ・カム」がリリースされる以前に解散してしまい、以来、再結成されることもなかった。

「フランクリー、ミスター・シャクリー」において、モリッシーはこの曲でピアノを弾いてほしいとリンダ・マッカートニーにハガキを送ったようなのだが、その申し出は丁重に断られたという。

そして、アルバムの3曲目に収録されたのが「アイ・ノウ・イッツ・オーヴァー」でこの曲はザ・スミスの全楽曲の中でも陰鬱さではトップクラスに入るものの1つで、自己憐憫的でありながら皮肉も効いていて、さらにはある種の美しさにまで到達しているといえる。

この曲の主人公はおそらく孤独がつらすぎて、死んだほうがましだと思っているようなのだが、自己評価はけして低くなく、それと現実とのギャップに苦しんでいるようにも思える。

あなたがそんなに面白くて頭がよくて魅力的な人物なら、どうして今夜一人ぼっちなの?そんなにハンサムなら、どうして今夜一人で寝るの?というようなことが歌われ、刺さるリスナーには刺さりまくる。

そして、「ああ、お母さん、土が頭のうえに落ちてくるのがわかるよ」というフレーズが最初から最後まで何度か繰り返し歌われている。

次に収録されているのが「ネヴァー・ハッド・ノー・ワン・エヴァー」で、この曲もまたひたすら暗い。とにかく僕は君の家のそばにいるのだが邪魔をするのは嫌だ、僕はずっと一人ぼっちだったし、僕には誰もいないということがずっと歌われている。

この曲はモリッシーがずっと育ってきた地元、マンチェスターの通りを歩くときにも、ずっと不安で居心地の悪さを感じていた、という経験を反映したものだという。

そして、アナログレコードではA面の最後に収録された「セメタリー・ゲイツ」はネオアコースティック的でもある軽快さがとても良く、「アイ・ノウ・イッツ・オーヴァー」「ネヴァー・ハッド・ノー・ワン・エヴァー」と暗い曲が2曲続いた後というのがまた爽やかさをより強く感じさせる要因にもなっている。

ジョニー・マーはこの曲のギターリフについて、面白みに欠けると感じていて、ボツにしようと思っていたのだが、モリッシーがこれをとても気に入り、採用することになったのだという。

歌詞はモリッシーが友人のリンダー・スターリングとマンチェスターのサザン墓地を散歩したときのことがモチーフになっていて、ジョン・キーツ、W・B・イェイツ、オスカー・ワイルドといった英文学界の偉人たちに思いを馳せ、あの人たちはいまどこにいるのだろう、僕と同じように愛し、憎しみ、情熱をいだいて、生まれ、生きて、そして死んだ、それを思うと不公平で泣きたくなる、と歌われる。

また、もしも自分で散文や詩を書くのならば、自分自身の言葉でなければならず、盗作したり借用したりしてはいけない、と歌われているのだが、この曲の歌詞じたいに「リチャード三世」「晩餐に来た男」といった作品からの引用が含まれているところもとても良い。

そして、アナログレコードではB面に裏返す。ちなみにこのアルバムが最初にリリースされた当時、CDはもうすでに発売されて久しかったのだが、レコード店ではまだアナログレコードを陳列しているスペースの方がずっと広かったと記憶している。

個人的にもこの年の春に本厚木の丸井で生まれて初めてのCDプレイヤーを買っていたのだが、このアルバムは大学の前期の試験がすべて終わった後、渋谷公会堂で松本伊代のコンサートに行った帰り、まだ宇田川町にあった頃のタワーレコード渋谷店(2026年6月時点ではサイゼリヤ渋谷ハンズ前店がある場所)でスティーヴ・ウィンウッド「バック・イン・ザ・ハイ・ライフ」と一緒にアナログレコードを買ったはずである。

それはそうとして、「ザ・クイーン・イズ・デッド」のB面は先行シングルとしてリリースされ、全英シングルチャートで最高26位を記録した「ビッグ・マウス・ストライクス・アゲイン」からはじまる。

この最高位があらわしているように、当時のザ・スミスは人気も評価も高かったものの、メインストリームのヒットチャートでメジャーに売れまくっているという感じではまったくなくて、あくまでこういったタイプの音楽が好きな人たちにはかなり支持されているというムードではあった。

ちなみに「ビッグ・マウス・ストライクス・アゲイン」が最高位の26位を記録した1986年6月7日付の全英シングルチャートで1位だったのはドクター&ザ・メディックス「スピリット・イン・ザ・スカイ」で、10位以内にはシンプリー・レッド「ホールディング・バック・ザ・イヤーズ」、ピーター・ガブリエル「スレッジハンマー」、ロバート・パーマー「恋におぼれて」などがランクインしている。

「ビッグ・マウス・ストライクス・アゲイン」はジョニー・マーがローリング・ストーンズ「ジャンピング・ジャック・フラッシュ」のような曲を狙って書いたものであり、モリッシーの個性的なボーカルによってザ・スミスの楽曲にしかもちろん聴こえないのだが、実はサウンド的にかなりロックな感じにはなっている。

ザ・スミスというかインディーロックというジャンルそのものがロックンロールのマッチョ的なイメージに対するアンチテーゼ的な意味合いを持ち、脆弱性やナイーヴさを肯定しているような感じがあったのだが、この曲などはザ・スミス的な雰囲気を保持しながらもローリング・ストーンズ的な要素を取り入れているところが、そう思って聴くとなかなか面白く感じられる。

歌詞は当時のモリッシーの音楽業界やメディアに対しての不平不満や不信感をダイレクトに反映したものであり、自らをフランスの殉教者、ジャンヌ・ダルくにたとえるくだりはこの曲のハイライトである。

当時、ザ・スミスの音楽と同等かそれ以上にモリッシーのインタビューなどにおける発言が話題になり、センセーショナルに取り上げられることも少なくなかった。「ビッグ・マウス・ストライクス・アゲイン」というタイトルそのものにモリッシーのフラストレーションが限界を越え、コミカルな自虐にすら達しているのではないかというすごみを感じなくもない。

この曲のレコーディングにはカースティ・マッコールがバックコーラスで参加していたのだが、音源を聴いたモリッシーがなんだか変だと感じ、自身の声を高音に加工したものに差し替えた。ライナーノーツではアン・コーツとクレジットされているが、これはマンチェスターの地名、アンコーツをもじったものである。

次に収録されているのは1985年9月にシングルとしてリリースされ、全英シングルチャートで最高23位を記録していた「心に茨を持つ少年」である。「ザ・クイーン・イズ・デッド」のアルバムは本来はもっと早く発売される予定であり、この曲は先行シングルにもあたっていたのだが、レーベルとの間にいろいろあって、遅れていったのであった。

これもまたモリッシーの音楽業界への不平不満や不信感が反映した楽曲であり、タイトルや歌詞に入っている「thorn」つまり「トゲ」とは音楽業界を指しているとのこと。ちなみに邦題に入っている「茨」という単語はトゲを持つ植物の総称を意味していて、原題の「thorn」とニュアンスは近いのだがイコールではない。

「憎しみの裏には愛への殺意に満ちた欲望がひそんでいる」「もしいま僕を信じてくれないとしたら、いつか信じてもらえる日はくるのだろうか」というような歌詞には、当時のモリッシーの感情が集約されていたのかもしれない。

この曲には珍しくミュージックビデオがつくられたのだが、メンバーはまったく気に入っていなかったようである。「ザ・クイーン・イズ・デッド」に収録されたバージョンにはシンセサイザーのストリングスが加えられていて、シングルバージョンとはやや異なっている。

続く「ヴィカー・イン・ア・テュテュ 」は「ザ・クイーン・イズ・デッド」収録曲中で最も印象の薄い楽曲かもしれないが、主に女性が身につけるスカート状の衣装、チュチュを着る聖職者をテーマにしたロカビリー的なポップソングというのも、他にはあまりないのではないだろうか。

そして、「ゼア・イズ・ア・ライト」である。レーベルは当初、「ザ・クイーン・イズ・デッド」からの先行シングルとしてこの曲を推奨していたようなのだが、ジョニー・マーの強い意志によって「ビッグ・マウス・ストライクス・アゲイン」になった。

そのため、この曲は当時、ヒットもしていないのだが、ファンの間では人気があったし、インディーロックファンの間でひじょう人気があったBBCラジオのディスクジョッキー、ジョン・ピールが年末に発表する「フェスティブ50」においては、エイジ・オブ・チャンスがプリンス・アンド・ザ・レヴォリューション「キッス」をカバーしたバージョンを抑えて1位に選ばれていた。

そして、時を経るにつれ、ザ・スミスで最も有名な楽曲になったのであった。ザ・スミスが解散してからしばらくして、1992年にベストアルバムが発売されたときに初めてシングルカットされ、全英シングルチャートでは最高25位を記録した。

イントロはヴェルヴェット・アンダーグラウンドのデビューアルバム「ヴェルヴェット・アンダーグラウンド・アンド・二コ」に収録された「もう一度彼女が行くところ(There She Goes Again)」を思い起こさせるが、これについてはジョニー・マーが果たして音楽評論家やリスナーの考察がこの曲からの引用という説に集約されるかどうか試したところもあったという。

というのも、実はヴェルヴェット・アンダーグラウンドのこの曲も影響されたのではないかという、ローリング・ストーンズによるマーヴィン・ゲイ「ヒッチ・ハイク」のカバーバージョンが本当の引用元だったからである。

それはそうとして、この曲もやはり生と死をテーマにしていて、特にもしも2階建てバスが僕たちに衝突したら、あなたの隣で死ぬのはなんて素敵な死に方なんだろう、というくだりは印象的である。

「ザ・クイーン・イズ・デッド」発売から約23年後の2009年に公開された映画「(500)日のサマー」で主人公のトムはこの曲のこの部分がきっかけで、ヒロインのサマーに運命を感じ、恋におちる。

1992年に結成され、翌々年にメジャーデビューした日本のロックバンド、サニーデイ・サービスは一旦解散した後に再結成され、コロナ禍の2020年には青春期の衝動を取り戻したかのような素晴らしいアルバム「いいね!」をリリースするのだが、1曲目のタイトルはザ・スミス「心に茨を持つ少年」を思わせる「心に雲を持つ少年」であり、「ゼアズ・ア・ライト」の原題を思わせる「ずっと消えない太陽がある」という歌詞がある。

また、同じアルバムからリードトラックとして発表された「春の風」は「今夜でっかい車にぶつかって死んじゃおうかな」という歌詞ではじまり、これもまた「ゼアズ・ア・ライト」の2階建てバス(や10トントラック)のくだりを思い起こさせる。

アルバムの最後を締めくくるのは「サム・ガールズ」であり、イントロはフェードインしてからフェードアウトし、再びフェードインする。

この曲でモリッシーは、女の子の中には他の子よりも体格が大きい子がいて、女の子の母親の中には他の女の子の母親よりも体格が大きい母親がいる、というようなことをずっと歌い続けている。自分の体の輪郭を認識することの根本的な不条理をテーマにしているということである。この曲でのジョニー・マーのギター演奏がまた素晴らしい。

深刻で陰鬱な楽曲も多いこのアルバムがやや軽妙でもあるこの楽曲で終わることが、ポップアルバムとしての価値を高めているような気もするし、10曲入り約36分48秒という、内容は濃いがわりとコンパクトなこのアルバムを頭からまた聴き直してみようかという気分にもさせる。

かつてザ・スミスやこのアルバムに心酔し、夢中で聴いていたリスナーたちの中には、昨今のモリッシーのうんざりするような行動や言動に心底幻滅し、以前ほどザ・スミスの音楽を積極的に聴こうとはしなくなった人たちも少なくはないのだが、当時の作品、特にこのアルバムの価値はそれほど毀損されるものではなく、久しぶりに聴き直してみるとやはり素晴らしく、繰り返し聴き続けてしまう可能性は高い。

「ザ・クイーン・イズ・デッド」には当時、デレク・ジャーマン監督によるミュージックビデオが制作され、「ゼアズ・ア・ライト」も収録されている。

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