オリヴィア・ロドリゴ「恋に落ちた女の子にしては、なんだかずいぶん悲しそうだね」【アルバムレヴュー】

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オリヴィア・ロドリゴは子役としてそのキャリアをスタートし、ディズニーチャンネルの「ハイスクール・ミュージカル:ザ・ミュージカル」などでブレイクした後に、音楽アーティストとしての活動を本格化したのだが、デビューシングル「ドライバーズ・ライセンス」が驚異的なヒットを記録し、注目をあつめるとその後も次々とヒット曲を連発したり、グラミー賞をはじめ様々な音楽賞を受賞したり、各メディアが発表する年間ベストアルバムや年間ベストソングのリストで上位に選ばれることが多かったりと、2020年代のポップミュージックシーンを代表する重要アーティストの1人としての評価を定着させた。

そんなオリヴィア・ロドリゴの約2年9ヶ月ぶり3作目のアルバムとなるのが、この「恋に落ちた女の子にしては、なんだかずいぶん悲しそうだね」である。これまでのアルバム「サワー」「ガッツ」に比べると、タイトルがとにかく長い。そして、邦題もついているのだが、これは原題の「you seem pretty sad for a girl so in love」をわりと忠実に訳したものである。雑誌のインタビューでオリヴィア・ロドリゴはこのアルバムには悲しい恋の歌がたくさん収録されていると予告していた。オリヴィア・ロドリゴといえば大ヒットしたデビューシングルの「ドライバーズ・ライセンス」がすでに失恋バラードだったわけで、そこに意外性はあまりなかった。

一方で、恋愛にまつわる怒りや鬱憤をポップでありながらパンキッシュにぶちまけるタイプの楽曲も人気であった。メインストリームのポップアーティストとして主に認識されながらも、オルタナティブロックからの影響が感じられたりするところが、音楽批評家や音楽批評的なリスナーからもわりと高く評価されがちな要因の1つだったような気もする。

そして、リードシングルの「ドロップ・デッド」である。リリースされるやいなや、アメリカやイギリスのシングルチャートで1位に輝いた大ヒット曲で、オリヴィア・ロドリゴの人気が健在であることを再認識させた。それにしても、この曲はポップでキャッチーで、何よりも明るすぎやしないだろうか、という印象もあたえた。いや、人気アーティストのニューアルバムから最初にシングルカットされる楽曲なのだから、もちろん明るい曲なのはよくあることなのだが、オリヴィア・ロドリゴでこれは少し意外でもあった。しかも、アルバムには悲しい恋の歌がたくさん収録されていると予告されていたので。

しかし、この曲がアルバムの1曲目に収録されているということで、後にしっかり納得することになる。つまり、このアルバムでは恋のはじまりから終わりまで、様々なフェイズにおけるリアルな心境をヴィヴィッドに表現した楽曲が、ほぼ時系列順のように繰り出される。しかも、そのクオリティがものすごく高い。オリヴィア・ロドリゴはすでにメインストリームでメジャーなアーティストとして知られているわけだが、このアルバムにおいてソングライター、そしてパフォーマーとして格段に進化し、表現力を増しているということができる。そして、このアルバムがリリースされて以降、こればかりずっと繰り返し聴いているというリスナーが少なくはないほど、ポップでありながら複雑で多層的で味わい深い作品にもなっているように思える。

ザ・キュアーのロバート・スミスが収録曲の「ホワッツ・ロング・ウィズ・ミー」にゲスト参加していることも話題になっているが、リードシングルの「ドロップ・デッド」の歌詞がザ・キュアーで最もポピュラーで多幸感に溢れた楽曲「ジャスト・ライク・ヘヴン」に言及しているのみならず、このアルバムの随所にザ・キュアーや80年代のニューウェイヴからの影響は見られる。

かと思えばザ・キュアーでいうならば「ジャスト・ライク・ヘヴン」「フライデー・アイム・イン・ラヴ」的なテイストも感じさせるジャグリーなギターポップ「u + me = <3」では、恋人の姉を味方につけるため、皮肉なユーモアと共にヨットロックの音楽センスを利用したりもする。初期の代表曲の1つ「デジャヴ」でビリー・ジョエル「アップタウン・ガール」に言及していたオリヴィア・ロドリゴだけに、これはなかなか信用できる。

それはそうとして、大ヒットした「ドロップ・デッド」なのだが、恋がはじまったばかりの頃の浮き足立った心理状態がヴィヴィッドに描写された素晴らしいポップソングである。フワフワしたシンセポップ的なサウンドも、この曲の気分にマッチしている。そして、最もキャッチーなメロディーにのっている歌詞が「ある夜、ベッドで退屈していて、あなたのことをインターネットでストーキングした」である。素晴らしい。そして、トイレの列で押し合っているときでさえ、相手のことがヴェルサイユ宮殿の壁に描かれた天使のように見えてしまう。恋のはじまりとはおそらく概ねこのようなものであり、人生で最も幸福な時間の1つではあるのだが、やがてすっかり忘れられてしまうので、このようなポップソングは必要なのだろう、などということさえ考えさせられてしまう。アルバム全体を聴いてしまったいまとなっては、以前にも増してそうである。

2曲目に収録された「ステューピッド・ソング」はアルバムのリリースと同時にシングルカットされ、ミュージックビデオも公開されたのだが、これもまた恋愛の初期における心理状態を描写した楽曲である。

「ニューヨークの街がこんなにもブルーに見えたことはない」と、クールなバラードのようにはじまるのだが、やがて徐々に盛りあがっていき、秘めた感情が爆発していく。その根底には恋愛という非常事態的な状況に圧倒されながらも、激しく燃えあがる強い想いがあり、それは「私はブレーキなしで大通りを走り抜ける車」というようなフレーズで表現される。

これは果たして正しいこちおなのか、それとも間違っているのだろうか、と混乱しながらも、けして否定することができず、「誰かがあなたの名前を口にするときの私の気持ちを感じてほしい」というような歌詞もリアルでヴィヴィッドすぎて素晴らしい。

そして、どんなにばかげた歌でも言い表すことができないほどにあなたが欲しい、という強固で明確な欲望こそがこの曲のタイトルの由来となっている。

「ハニービー」でうっとりするような憧れとしての恋の気分は続いていくのだが、一転してニュー・オーダー/ジョイ・ディヴィジョン的なテイストも感じられる「マゴッツ・フォー・ブレインズ」では相手がそばにいないときの自分が空っぽに近い状態になっているほど、その恋に依存しているという事実を知る。

「u + me = <3」はオリヴィア・ロドリゴによるジャグリーなインディーポップという、何割かのリスナーにとっては待望していたタイプの楽曲であり、恋愛対象との関係性に何の迷いも疑いもなく、ウチら最強的な気分を明確に表現している。

女友達が「今回は焦らないで」などとアドバイスをしてきたとしても、もちろん聞く耳は持たない。「私の元カレたちはみんなこのセリフを聞いたことがある」という歌詞には初期のヒット曲「デジャヴ」を想起させられたりもするのだが、その直後に「でもあなたのことは百万倍好き」と続くのでもう最高である。さらには「あなた+私=永遠のハート」である。そして、「永遠」というワードが執拗に強調されるのだが、この時点でそれは本気で信じられている。そんなはずはないということをほとんどの人々が知っているのだが、一方でじつはそれが実在していたらどんなに素晴らしいだろうと、内心で期待してもいるのだろう。

次に収録された「マイ・ウェイ」はあまり曲間の沈黙をおかずにはじまり、ミックステープみたいでとてもカッコいい。恋愛には邪魔者というのもあらわれるわけで、この曲はそれをテーマにしていて、オリヴィア・ロドリゴの以前の楽曲にテイストとしては少し近い。ちょっと意地悪な感じもするのだが、本気の恋というのは戦いでもあり、オリヴィア・ロドリゴはおそらく恋にいつでも本気なので、これは仕方がない。

このアルバムにおいてはすでに稀有になってしまった、オリヴィア・ロドリゴのパンキッシュな側面が感じられる素晴らしい楽曲である。

そして、もしかすると完璧かもしれないとさえ思えていた恋のゆくえが少し怪しくなりはじめるのが、次に収録された「パープル」である。この時点で楽曲の主人公は恋人の実家に行き、母親から昔の写真を見せてもらったり、かつては観光気分で訪れていた恋人の地元にもお気に入りの花屋ができるほどになっているのだが、一方でマイルドな共依存状態ともいえるような関係が暗い影を落としはじめてもいる。

「あなたの赤と私の青」が混じり合って紫色になるというのがタイトルの由来だが、その後には「すべてが黒になるまであなたと溶け合う」と続き、さらには「ただ悲しくなるまで君と溶け合う」と終わる。

「ザ・キュアー」というタイトルはオリヴィア・ロドリゴが敬愛するベテランインディーロックバンドの名前とは関係がなく、純粋に「治療薬」のような意味なのだという。恋愛が自分自身の様々な問題を解決してくれる、それになるのではないかと思っていたのだが、実はまったく違っていたという内容の楽曲である。

この曲はアルバムから2曲目のシングルとしてリリースされ、全米シングルチャートで最高5位、全英シングルチャートで最高2位のヒットを記録した。恋愛にたいしてかつていだいていた期待と、それが裏切られたことにたいしての失望がドラマティックに歌われている。

次に収録された「ベグド」においては、すでに終わってしまったかもしれない、そして、内心では確実に終わってしまったと知っているかもしれない恋愛について、それでもまだ続けられるかもしれない可能性に一縷の望みをかけ、そうあってほしいと懇願するタイプの切実なアコースティックバラードである。

「ホワッツ・ロング・ウィズ・ミー」はザ・キュアーのロバート・スミスとのデュエットソングである。このアルバムを時系列順のストーリーとして見た場合、恋愛はすでに確実に終わりかけているわけだが、ここで恋がはじまりかけたときの戸惑いや混乱をテーマにしたこの曲が収録されている。しかし、これはこれで回想的な意味合いも持っていると考えればそれほど不自然ではない。

そのためにあえて解像度低めに一般化されたような感じになっているのかもしれない、などと考えてしまったりもする。オリヴィア・ロドリゴの楽曲にしては珍しい、というかおそらく初めての著名なゲストアーティスト参加曲で、しかも個性が俄然強め(©亀井絵里)なロバート・スミスなだけに、これぐらいの曲順で収録されるのが最適なようにも思える。

次の「レス」はオリヴィア・ロドリゴがお得意と世間一般的に思われているかもしれない失恋バラードなのだが、これまでに発表されたこのタイプの楽曲と比べると表現力が圧倒的に高まっているようにも感じられる。

かつてのとても良かったデートコースを再びめぐったりもしたりするのだが、あの頃の感覚はもう二度と戻ることはなく、すでに永遠に失われてしまった。だからこそ、とても価値があるということもいえるわけだが、恋の終わりとはとてもありきたりなテーマにして、広く共感をあつめずにはいられなく、状況によってはリスナーの心を癒やしたり救ったり、懐かしい気分にひたらせてくれたりもする。ときには遠い記憶でさえある程度の痛みをともなったりする場合も。

「私の愛することが手放すことなら、そして私の幸せを願うことなら、それならきっと、私は願う、あなたが私をそんなに愛してなければよかったと」、この歌詞、そして美しいメロディーにのせてオリヴィア・ロドリゴが歌うときに感じる切実さとは一体、何なのだろう。

そして、次には吹っ切れて開き直ったかのようなシンセポップでニューウェイヴ的な楽曲「エクスペクテーションズ」が続くのだから、一筋縄ではいかず、痛快で圧倒的である。

「受け身な男の子とはキスしない。彼らの優柔不断さは痛々しいほど魅力がない」「過去の過ちはただの新しい情報」など、素晴らしいとしか言いようがない。これは安心だと、勝手に感情移入しながらも良い気分になって聴いていたところ、アルバムの最後に収録されたやはり失恋バラードの「シガレット・スモーク」で、これすらも最大限の強がりだったのかと切ない気分にさせられたりもする。

いや別にこのアルバムの収録曲順がほぼ時系列順でストーリー仕立てになっているなどということは、公式的にはおそらく誰も言っていないかもしれないのだが、そうやって聴くとすればそれはそれで、実に味わい深く、極上のリスニング体験というか、あたかも良質な恋愛映画を1本見終えたかのような満足度のポップミュージック版みたいなものを最大限にブーストしたもののようにも感じられる。

「あなたを後悔してる、そして長く居続けたことを。あなたを恨んでる、勇気がなかったから」としっかり引きずりまくっていて、「私の時間を返して、そうしたらあなたの心を返すから」とも歌っている。そして、やはりこういうのは時が解決していくしかないのだろう、というような結論にマイルドに着地していくような感じもあるのだが、いや、本当に素晴らしく良いアルバムである。

もう何度も何度も繰り返し聴き続けているのだが、まだとりあえず一旦は聴きつくしたというような気分にすらなれていない。


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