岡村靖幸の名曲ベスト10【Artist’s Best Songs】

岡村靖幸は1965年8月14日、神戸市で生まれ、父の仕事の都合でロンドンを含む様々な街で生活をするのだが、楽曲制作を本格的にはじめた高校時代には新潟県に住んでいた。渡辺美里や吉川晃司に楽曲を提供する作曲家としてキャリアをスタートした後、1986年にはアーティストとしてもデビューすることになった。プリンス、ビートルズ、松田聖子から影響を受けたという多彩や音楽性や独特な言語感覚やステージパフォーマンスが話題となり、1989年にはアルバム「靖幸」がオリコン週間アルバムランキングで最高4位を記録するなど、人気アーティストの仲間入りを果たす。バブル景気に浮かれる日本において、時代の風潮に流されもしながら疑問を投げかけてもいたヒリヒリするようなリアリティーがたまらなく、特別な想いで受け止めていたファンも少なくはないと思われる。生前の尾崎豊とは同い年で親友だったことでも知られ、1987年の広島ピースコンサートにおける「Young Oh! Oh!」でのデュエットは伝説となっている。個人的にもひじょうに思い入れの強いアーティストであり、好きな楽曲も少なくはないのだが、今回はこれは特に名曲なのではないかと思える10曲を泣きながら厳選してみた。

1. 聖書(バイブル)(1988)

アルバム「yellow」「DATE」をリリースした後、3作目の「靖幸」からアーティストとしての個性が特に濃密に発揮されていくのだが、それに向けて最初にリリースされたシングルである。まず、「聖書(バイブル)」というタイトルの断罪感にシビれるのだが、「Baby なんか強引ですが今 Teenagerのあなたが なんで35の中年と恋してる 学校じゃもちきりだよその事で」が動機であり、正しさの根拠は「だって奥さんもいる妻帯者 このままじゃ僕はちぎれそう きっと本当の恋じゃない汚れてる 僕のほうがいいじゃない 同級生だしバスケット部だし 実際青春してるし背が179」という事実である。この「青春してる」かどうか、というのがひじょうに重要なわけであり、そこに失われかけているイノセンスやピュアネスの本質が凝縮されていると考えられる。CDシングルでリリースされたバッキバキのバージョンが印象深いが、後にアルバム「靖幸」に収録された長尺バージョンの方が普及版として知られ、後の「早熟」「OH! ベスト」といったコンピレーション・アルバムにもこちらが収録されている。なお、シングル・バージョンの方は2005年にリリースされたCD-BOXセット「岡村ちゃん大百科」で聴くことができる。

2. だいすき (1988)

「聖書(バイブル)」の翌々月、1988年11月2日にリリースされたシングルである。「かなり可愛い車さ 海辺が見えるよ のうすぐ」というフレーズは、この曲がHONDA NEW todayという軽自動車のテレビCMに使われていたことと関係があると思われる。シンプルでキャッチーなラヴソングで、恋人のことが「甘いチョコ」や「赤いワイン」よりも大好きだということについて歌われている。「ねえ 三週間 ハネムーンのふりをして旅に出よう」という夢見心地なフレーズが歌われた後、「もう 劣等感 ぶっとんじゃうぐらいに熱いくちづけ」と、「劣等感」という単語がナチュラルに入ってきてしまうところに絶妙な信頼感がある。

3. カルアミルク (1990)

岡村靖幸の最高傑作と世間一般的には認識されているアルバム「家庭教師」の収録曲で、後にシングル・カットもされた。簡単にまとめてしまうならば、別れた恋人とよりを戻そうとしている男の曲なのだが、後にトリビュート・アルバムのタイトルにもなる「どんなものでも君にかないやしない」、あるいは「優勝できなかったスポーツマンみたいに ちっちゃな根性身につけたい」といったフレーズにらしさが炸裂している。自堕落な生活のたとえとして「ファミコンやって ディスコに行って 知らない女の子とレンタルのビデオ見てる」は、ひじょうに1990年的である。「電話なんかやめてさ 六本木で会おうよ」の「電話」はおそらくスマートフォンどころか携帯電話ですらなく、「六本木」にはWAVEと青山ブックセンターがあり、交差点のアマンド前あたりは異様な盛り上がりであることを想像しながら聴きたい。

4. Vegetable (1989)

1989年7月14日、つまり山口県で道重さゆみが生まれた翌日にリリースされたアルバム「靖幸」の1曲目に収録された曲である。当時、音楽的にはプリンスからの影響が指摘されがちではあったが、この曲ではロカビリーの要素が取り入れられ、リトル・リチャード「トゥッティ・フルッティ」を思わせるフレーズが出てきたりもする。「青春しなくちゃまずいだろう」ということがテーマになっているようなのだが、「持ち帰りのジャンクフードとパック入りの烏龍茶」が「冗談じゃない」とされ、「ピーマン にんじん ナッツ」は「食べなくちゃ」と主張され、「うまいうまいうまい」とされている。オートマティックにコンビニエンスなライフスタイルは自堕落を招きがちであり、あえて努めてオーガニックにしていく必要がある、というようなことが歌われているようにも思える。そして、当時、ローソン調布柴崎店でアルバイトをしていた記憶からいうと、この頃は冷蔵庫で保冷する烏龍茶はペットボトルよりもまだ紙パックが主流だったような気もする。

5. あの娘ぼくがロングシュート決めたらどんな顔するだろう (1990)

タイトルがとにかく長いアルバム「家庭教師」からの先行シングルで、オリコン週間シングルランキングで最高20位を記録している。「青春って1、2、3、ジャンプ」ということで、これもまた「青春」することに重きが置かれた楽曲なのだが、「あの娘だけの汗まみれのスター」というように、その概念はひじょうに分かりやすくなっている。「あと15秒で このままじゃ35連敗」というのはあまりにも負けすぎではないだろうかとか、「汗で滑るバッシュー まるで謡うイルカみたいだ」とはどのような状態なのだろうかとか、いろいろ思うところもあるのだが、「窓の外からパパとママが手を振っている」の不意に感傷的な感じ、そして、その後の子供のコーラスがひじょうに印象的である。

6. Super Girl (1988)

1988年のアルバム「DATE」に収録された曲で、後にシングル・カットもされた。テレビアニメ「シティーハンター2」のエンディングテーマにも使われ、オリコン週間シングルランキングでの最高位は92位であった。編曲を清水信之が手がけている。岡村靖幸の音楽をシティ・ポップ・リバイバルの文脈で捉えようとする場合、あまりにも個性的であるがゆえにはみ出してしまいがちなのだが、この曲などはギリイケるのではないだろうか(「レコード・コレクターズ」2020年7月号の80年代シティ・ポップの名曲特集では53位に選ばれていた)。「21で仕送りもらってる ねだる金額が増えるたんびに 両親の悩みが増える」「俺ならば本当に損はないはずさ」といったフレーズに、すでにらしさは発揮されかけている。

7. ステップUP↑ (1990)

アルバム「家庭教師」収録曲で、「勇敢にデートしようって言うんだ ハイスクールガール」「びしょ濡れでいいじゃない 手をつないで歩きたい」「僕はステップアップするため 倫社と現国 学びたい」と、人生における本質的に重要だと思われることが歌われているうえに、テンションが高くサックスが最高だったりマーチになったりもするサウンドにのせて、「ベイベー お前がいなけりゃ俺なんて紙くずだぜ」「お前がいなけりゃお金持っててもしょうがないしね」などとシャウトされたりもする。2017年には、「家庭教師」リリース時にはまだ生まれてすらいなかったDAOKOとのデュエット曲「ステップアップLOVE」をリリースした。

8. いじわる (1988)

岡村靖幸の2作目のアルバム「DATE」は1988年3月21日発売で、オリコン週間アルバムランキングでは最高42位だったので、すでにそこそこ注目されてはいたが、それほど本格的にブレイクしているというわけでもない、という感じだったのだろうか。個人的には「ロッキング・オンJAPAN」のインタヴューを読んで、まだ扱いはそれほど大きくもなかったのだが、なんとなく何か感じるところがあって気になっていたところ、その夜のラジオでたまたま「19(nineteen)」を聴いてガツンとやられた、というのがきっかけであった。その後、「DATE」のCDを買ったのだが、特に度肝を抜かれたのがアナログレコードではA面の最後に収録された「いじわる」である。「ユカはたしかに美人だ 僕のヒップにしゃがんで 『うちに来ない』と誘った」からはじまる、打ち込みのエロファンクである。「crazy little thing is called love」とクイーン「愛という名の欲望」を思わせもするフレーズが入っていたり、「愛されていたいならば 靖幸にBedのlove song」と歌詞に自分の名前が出てくる。さらには、「僕のことをもっと知ってほしいんだ 理解者にななってほしいんだ」からの、「それはそうとして、どのやり方がいちばん気持ちいい?」という流れがすさまじすぎて、これはすごい才能が現れたものだと驚愕したことが思い起こされる。

9. Dog Days (1987)

「yellow」と「DATE」の間にリリースされたシングルで、オリジナルアルバムには収録されていなかったのだが、1990年3月21日にリリースされたベスト・アルバム「早熟」に収録されて聴きやすくなったので良かった。しかし、「早熟」「OH! ベスト」などに収録されたバージョンは新たにボーカルが録り直されていて、シングル・バージョンはCD-BOXセット「岡村ちゃん大百科」にも収録されていないため、当時、発売された7インチ・シングルしか存在していない(CDシングルの登場はこの翌年にあたる1988年であった)。それはそうとして、この曲についてはEPIC・ソニーが制作し、深夜に放送していた「eZ」というテレビ番組でビデオを見て知った。その週は岡村靖幸とエレファントカシマシがフィーチャーされていたはずである。まだ個性がそれほど発揮される以前の軽快なサマー・ポップという感じなのだが、PSY・SのCHAKAによる「車のない男には興味がないわ」というフレーズが時代を感じさせたりもする。

10. 愛はおしゃれじゃない (2014)

ロック・バンド、Base Ball Bearの小出祐介とのコラボレーション曲でオリコン週間シングルランキングでは最高12位を記録、後に岡村靖幸のアルバム「幸福」にも収録された。Base Ball Bearは2012年の「君はノンフィクション」で岡村靖幸にプロデュースを依頼したが、そこからの流れでこの曲も制作された。1984年生まれの小出祐介と岡村靖幸との年の差は19歳だが、「青春」や「モテ」をテーマにした作風には共通点も見られる。「モテたいぜ君にだけに いつもそればかり考えて」というフレーズが印象的な歌詞は小出祐介によるもので、岡村靖幸は作曲・編曲を手がけている。