ペット・ショップ・ボーイズの名曲ベスト10 【Artist’s Best Songs】

1981年8月19日、27歳の雑誌記者であったニール・テナントはロンドンの楽器店で偶然に当時、学生のいクリス・ロウと出会った。お互いに共通の趣味があることに気がついた2人は友人になり、後に音楽ユニットを結成することになる。当初はウェスト・エンドという名前だったが、後に共通の友人がペットショップで働いていたことにインスパイアされ、ペット・ショップ・ボーイズに改名した。知的でウィットに富んだセンスが特徴的な、シンセ・ポップの発展形ともいえる音楽性は時代のトレンド感ともマッチしていて、80年代半ば以降にヒット曲を連発するようになっていく。今回はそんなペット・ショップ・ボーイズの楽曲の中から、これは特に名曲なのではないかと思える10曲を挙げていきたい。

10. Always on My Mind (1987)

エルヴィス・プレスリー没後10周年特別番組でペット・ショップ・ボーイズがカバーしたところ、好評だったためリリースされることになった。オリジナルはシリアスなラヴバラードだが、ペット・ショップ・ボーイズのバージョンではこれが軽快すぎるダンス・ポップに生まれかわっていてとても良い。同じようなパターンとして、U2「約束の地」をダンス・ポップ化してフランキー・ヴァリやボーイズ・タウン・ギャングでおなじみの「君の瞳に恋してる」とメドレー化したバージョンがあった。1987年のクリスマスの週に、後にスタンダードとして知られるようになるザ・ポーグス「ニューヨークの夢」を阻んで全英シングル・チャーとの1位に輝いた。

9. Opportunities (Let’s Make Lots of Money) (1986)

ペット・ショップ・ボーイズのデビュー・アルバム「ウエスト・エンド・ガールズ」からシングル・カットされ、全英シングル・チャートで最高11位、全米シングル・チャートで最高10位を記録した。この曲のヒットによって、ペット・ショップ・ボーイズがいわゆる一発屋ではないという認識が広まった印象がある。たくさん金を稼ごうということについて歌われているのだが、これが当時のヤッピー的な拝金主義の気分にもマッチしていたように思える。大抵の場合は高度な皮肉として解釈されていたのだが、額面通りに受け取られることも少なくはなく、それによって正当に評価されないようなところもあった。

8. Go West (1993)

映画監督のデレク・ジャーマンから出演を依頼されたエイズ啓発チャリティーイベントで、ペット・ショップ・ボーイズがカバーしたヴィレッジ・ピープルのディスコ・ポップである。タイトルは19世紀のアメリカで西部開拓を呼びかけた「西へ行け、若者よ」に由来していて、それゲイ解放のイメージに結びつけたものとされている。ペット・ショップ・ボーイズのバージョンには、新たに付け加えられたところもあり、ニール・テナントとクリス・ロウも作詞・作曲者のクレジットに名を連ねている。全英シングル・チャートで1位に輝き、アルバム「ヴェリー」にも収録された。

7. Jealousy (1990)

ペット・ショップ・ボーイズの4作目のアルバム「ビヘイヴィアー:薔薇の旋律」について、発売当時は地味な印象もあったのだが、後に再評価されていくことになる。アナログシンセを使用していることが、メランコリックなトーンにも影響をあたえているようである。アルバムから4枚目のシングルとしてカットされ、全英シングル・チャートで最高12位を記録した。嫉妬心について歌われたこの曲はニール・テナントとクリス・ロウが一緒に曲をつくりはじめた1982年にはすでにできていたが、エンリオ・モリコーネにアレンジを依頼したいと考え、ずっとリリースされずにいた。そして、どうやら難しそうなので、ハロルド・フォルターメイヤーのアレンジでレコーディングされたということである。ペット・ショップ・ボーイズのダンス・ポップだけにはとどまらぬソングライティングの素晴らしさを、深く味わうことができる楽曲である。

6. Suburbia (1986)

ペット・ショップ・ボーイズのアルバム「ウエスト・エンド・ガールズ」からシングル・カットされ、全英シングル・チャートで最高8位を記録した。シングルとしてリリースされたバージョンは、アルバム収録のものとは異なっている。ペネロ-プ・スフィーリス監督の映画「反逆のパンク・ロック(原題:Suburbia)」や1981年にブリクストンで発生した暴動事件にインスパイアされている。美しくもポップでキャッチーな楽曲ではあるのだが、郊外における暴力や緊張感のようなものがテーマになっている。

5. Rent (1987)

ペット・ショップ・ボーイズの2作目のアルバム「哀しみの天使」からシングル・カットされ、全英シングル・チャートで最高8位を記録した。「(Ooooh) I love you, oh, you pay my rent」、つまり家賃を払ってくれるあなたを愛しているというパンチの効いたフレーズがあまりにも印象的な、愛と資本主義をテーマにしたユニークなラヴソングである。金持ちとの愛人関係について歌っているとも取れるし、レント・ボーイ、つまり男娼についての楽曲ではないかという説もある。いずれにしても、ポップでキャッチーなシンセ・ポップにのせて、なかなか身も蓋もないこいとが歌われていて、しかもそれが時代の気分にはわりとマッチしていたといえる。

4. What Have I Done to Deserve This? (1987)

アルバム「哀しみの天使」から先行シングルとしてリリースされ、全英、全米いずれのシングル・チャートでも最高2位を記録している。1位を阻んだのはイギリスではリック・アストリー「ギヴ・ユー・アップ」、アメリカではエクスポゼ「シーズン・チェンジ」とジョージ・マイケル「ファーザー・フィギュア」であった。楽曲は1984年には出来上がっていて、デビュー・アルバム「ウエスト・エンド・ガールズ」に収録するつもりだったのだが、デュエットをオファーしたダスティ・スプリングフィールドから断られたため、断念せざるをえなくなった。その後、ペット・ショップ・ボーイズのヒット曲を聴いて気に入ったダスティ・スプリングフィールドがデュエットのオファーを快諾することになり、レコーディングが行われた。ニール・テナントはダスティ・スプリングフィールドの1969年のアルバム「ダスティ・イン・メンフィス」をとても気に入っていて、これは夢の共演となった。ダスティ・スプリングフィールドは当時、過去のスターとしてほとんど忘れられかけていたのだが、この曲の大ヒットにより再び注目されるようになった。邦題は「とどかぬ想い」である。

3. It’s a Sin (1987)

アルバム「哀しみの天使」から先行シングルとしてリリースされ、全英シングル・チャートで1位、全米シングル・チャートでは最高9位を記録した。邦題は「哀しみの天使」である。オーケストラヒットの多用など、とにかくやりすぎでトゥーマッチなアレンジが印象的である。ニール・テナントはこの曲とヘヴィー・メタルとの共通性についても語っていた。カトリック系の高校に通っていた頃の、何もかもを罪悪感と結びつけがちな感覚を題材に、不満や怒りの感情を強調するかのようなドラマティックな楽曲に仕上がったという。80年代のイギリスにおけるゲイの生活を描写し、高評価を得た2021年のTVシリーズ「IT’S A SIN 哀しみの天使たち」のタイトルはこの曲に由来している。

2. West End Girls (1985)

1984年に最初のバージョンがリリースされ、アメリカやヨーロッパのいくつかの国々のクラブではヒットしていたようなのだが、EMIと契約した後、デビュー・アルバム「ウエスト・エンド・ガールズ」に収録するために新たにレコーディングされたバージョンが全英シングル・チャートに続き、全米シングル・チャートでも1位に輝く大ヒット曲となった。イギリス的なラップ・ミュージックをイメージしたようなところもあり、グランドマスター・フラッシュ「ザ・メッセージ」から影響を受けているが、同時にT・S・エリオットの長編詩「荒地」にもインスパイアされている。

1. Being Boring (1990)

アルバム「ビヘイヴィアー:薔薇の旋律」からシングル・カットされ、全英シングル・チャートでの最高位は20位と当時のペット・ショップ・ボーイズのシングルとしてはかなり売れていない方なのだが、評価や人気はひじょうに高く、名曲ランキング的な企画でも上位に挙げられがちである。アナログ・シンセを用いた温もりのあるサウンドが、回想的でメランコリックな曲の内容にマッチしている。若かりし頃の夢や希望は失われたりかたちを変えてしまったりしがちであり、友人の中にはもうこの世にはいない者もいる。タイトルはゼルダ・フィッツジェラルドの引用だとか、とある日本人がペット・ショップ・ボーイズのことを退屈だと評したことに由来している、などといわれている。ファッション・フォトグラファーのブルース・ウェーバーによって撮影されたモノクロのミュージック・ビデをも、美しくてとても良い。