サニーデイ・サービスの名曲ベスト10【Artist’s Best Songs】

サニーデイ・サービスは1971年8月26日生まれの曽我部恵一を中心に1992年に結成されたロックバンドで、バンド名はイギリスのインディー・ポップ・バンド(正確にはハーヴェイ・ウィリアムスによるソロプロジェクト)、アナザー・サニー・デイに由来する。当初はマッドチェスター的な音楽性だったということだが、後にはっぴいえんどなど1970年代の邦楽ロックからも影響を受けた楽曲などで評判になる。「渋谷系」以降だったり下北沢的な何かを求めているリスナーから支持されていたような印象があり、一旦解散する前の最後のアルバム「LOVE ALBUM」の歌詞カードというかCDなのでブックレット状のそれの裏表紙には当時の京王電鉄明大前駅前が写っている。フレンテ明大前のところにはまだ富士銀行があり、カレーショップC&Cは京王井の頭線の吉祥寺方面行きホームではなく、明大前駅前にあった頃である(もちろん、らっきょうは無料であった)。それはそうとして、バンドは2008年に再結成され、その後もリリースを意欲的に続けている。今回はそんなサニーデイ・サービスの楽曲の中から、これは特に名曲なのではないかと思える10曲をカウントダウンしていきたい。

10. 春の風 (2020)

2020年3月19日に配信開始されたアルバム「いいね!」の収録曲で、ミュージックビデオも制作された。解散していた期間もあったとはいえ、この年で結成から約28年を迎えたベテランバンドである。にもかかわらず、演奏は若々しく生気に溢れている。そして、「今夜でっかい車にぶつかって死んじゃおうかな」などと歌われている。アルバム1曲目が「心に雲を持つ少年」でこの曲は「ゼア・イズ・ア・ライト」を連想させもする。コロナ禍のごく初期に、強烈に生を認識させてくれるアルバムであり楽曲であった。

9. セツナ (2016)

2016年8月3日にリリースされたアルバム「DANCE TO YOU」の収録曲である。シティ・ポップの再評価とそれに影響を受けた若手バンドやアーティストの台頭が、なんとなく可視化されてきた年であった。アルバムからの先行シングル「苺畑でつかまえて」のミュージックビデオには新潟を拠点として活動するアイドルグループ、NegiccoのKaedeが出演していた(その後、サニーデイ・サービスはNegiccoが主催するライブイベント「NEGi FES」に出演したり、曽我部恵一はKaedeに「カエデの遠距離恋愛」を提供したりする)。ジャケットアートワークには大滝詠一「A LONG VACATION」なども手がけ、シティ・ポップ的なイメージも強い永井博のイラストが使われている。「ベン・ワットを聴いていた」などという曲も収録されたこのアルバムにあって、「セツナ」は永遠と一瞬との間にある距離やそれらの関係性についてついて意識させてくれる曲でもある。

8. NOW (1997)

1997年10月21日にリリースされたアルバム「サニーデイ・サービス」からの先行シングルである。バンドとしてひじょうに充実していて、曲も次から次へとできていた時期だという。思っていた通りにいくこともあれば、いかないこともあったとしても、いまこの瞬間に感じているリアリティーこそが大切である、というようなことが「終列車」や「駅」や「夏」といった舞台装置を用いて歌われているようにも思える。ロッテガーナミルクチョコレートのCMソングでもあった。「サニーデイ・サービス」はオリコン週間アルバムランキングで最高7位を記録している。

7. 白い恋人 (1997)

1997年1月15日にリリースされたアルバム「愛と笑いの夜」に収録され、後にシングル・カットもされた曲である。オリコン週間アルバムランキングで最高10位と初のトップ10入りを果たしたアルバムは、それまでの70年代の邦楽ロック的なイメージを脱し、ウォン・カーウァイ監督の映画「天使の涙」的な感覚とオアシス的なサウンドをミックスしたようなものにもなっている。曽我部恵一の恋人との破局が創作意欲にもつながったというアルバムにあって、この曲には恋愛のパッションが最大限に盛り上がっている時の状態を音像化したような感覚がある。

6. 桜 super love (2016)

「DANCE TO YOU」の収録曲で、翌年に岡崎京子のイラストが使われたジャケットでシングル・カットもされた曲である。「きみがいないことは きみがいることだなぁ」という歌詞にあらわれているように、耐えることが難しい喪失感をどのように乗り越えていくかということが、春に桜が舞い散る美しいイメージと共に表現されている。深刻に落ち込んでいる魂を本格的に救う力を持った楽曲だと思う。

5. あじさい (1996)

1996年2月21日にリリースされたアルバム「東京」に収録された曲で、シングル・カットはされていないのだが、ひじょうに人気が高く、ベストアルバムに収録されたりミュージックビデオが制作されたりもしている。曽我部恵一が梅雨の季節に出身地である香川県坂出市に帰省し、古本屋を巡りながら日本の古い小説を読んだりしていた時にできた曲だという。音楽的にはザ・スタイル・カウンシルから影響を受けていて、Apple Musicではネオ・アコースティックのプレイリストに選曲されている。

4. 青春狂走曲 (1995)

サニーデイ・サービスの2作目のシングルとして1995年7月21日にリリースされ、後にアルバム「東京」にも収録された。ボブ・ディランを思わせもするフォーク・ロック的なサウンドなのだが、ヒップホップ的なセンスもなんとなく感じさせる。ミュージックビデオは1970年代の音楽番組をイメージしたようなものになっていて、この時点ではその新しさや良さというものが共有されたりされなかったりしていたような気もする。特にフォークやニューミュージックの時代からシティ・ポップやニュー・ウェイヴ的なものへの転換を好ましいものとして体感していたリスナーには、なかなか分かりにくいところもあったような気がする。

3. 恋におちたら (1995)

1995年11月15日にサニーデイ・サービスにとって3作目のシングルとしてリリースされ、後にアルバム「東京」にも収録された。サニーデイ・サービスの最高傑作であり、邦楽ロック&ポップスの名盤としても挙げられがちな「東京」のオリコン週間アルバムランキングでの最高位は29位であった。また、「東京」の約3週間前にあたる1996年2月1日には、これもまた邦楽ロック&ポップスの名盤として挙げられがちなフィッシュマンズ「空中キャンプ」がリリースされているが、オリコン週間アルバムランキングでの最高位は88位であった。晴れた日の朝、恋人を誘ってどこかに行きたい気分になって、外へ出る感じについて歌われている。

2. サマー・ソルジャー (1996)

「愛と笑いの夜」からの先行シングルとしてリリースされた、いわゆるサマーアンセムなのだが、発売されたのは夏はもう終わってしまった1996年10月25日であった。日常における覚醒のようなものがテーマになっていて、「それから先は Hey hey hey…」というフレーズがあらわしているように、これは希望であり全肯定である、とも語られている。「モーニング・グローリー」ぐらいの頃のオアシスから、影響を受けていたようにも思える楽曲である。千歳烏山にあるBS&Tスタジオでレコーディングされたようだ。

1. スロウライダー (1999)

サニーデイ・サービスの6作目のアルバム「MUGEN」から、先行シングルとしてリリースされた。オリコン週間アルバムランキングでは最高10位と、4作連続でトップ10入りを果たしていた。この年にはプレイグスの深沼元昭が作曲・編曲した深田恭子「イージーライダー」という素晴らしいシングルが9月1日に発売されていて、約2週間前にリリースされていたサニーデイ・サービス「スロウライダー」と共に好ましいライダーものとして一部では記憶されているかもしれない。ポップ・ミュージックというのは、意識をここではないどこかへ連れていってくれるものでもあるが、「スロウライダー」もまた、そういったタイプの曲のように思える。しかもそれほど急かされるわけでもなく、あくまでも自分たちらしいペースで、というところがとても良い。ミラーボールが回り、スノードームをイメージしたミュージックビデオの感じも素敵である。