ムーンライダーズの名曲ベスト10【Artist’s Best Songs】

ムーンライダーズは1951年8月28日生まれの鈴木慶一を中心に、ロックバンド、はちみつぱいの元メンバーらによって1975年に結成された。バンド名は稲垣足穂の小説「一千一秒物語」に由来する。活動の初期は人気アイドル歌手、アグネス・チャンのバックバンドとして生活の基盤を安定させながら、オリジナリティーに溢れる作品をつくり続けていった。各メンバーがそれぞれ曲をつくり、文学や映画からの影響を取り入れたり、テクノポップやニュー・ウェイヴ的な音楽をやったりと、独特な音楽性が特徴となっている。特に大きなヒット曲などはないのだが、カルト的ともいえる人気が根強いうえに、CM音楽やゲームミュージック、アイドル歌手への楽曲提供やプロデュース業など、日本のポップ・ミュージック界において大活躍している。2011年に活動休止を発表するが、その後、活動再開(正確には活動休止の休止)と休止を繰り返し、2022年には通算23作目となるオリジナルアルバム「it’s the moonriders」をリリースしている。今回はそんなムーンライダーズの楽曲から、これは特に名曲なのではないかと思える10曲をカウントダウンしていくのだが、やはりいつもより個人的な趣味や嗜好がやや強めになっているような気はするので、ディフィニティヴなものとはかけ離れているような気はする。というか、ひじょうに趣味性が高く、それでいてポップな音楽ではあるので、選ぶリスナーによってかなり変わりそうな気はしている。

10. Beep Beep Be オーライ (1977)

ムーンライダーズの最初のアルバム「火の玉ボーイ」は当初、鈴木慶一のソロアルバムとして制作されていたこともあり、鈴木慶一とムーンライダース名義となっている。そして、その次にリリースされた「ムーンライダーズ」から、ムーンライダーズ名義となった。音楽性がアメリカ的なものからヨーロピアンなものに変化していた時期で、これによってメンバーが脱退したりといろいろあったようである。さらにその次のアルバム「イスタンブール・マンボ」になると、これに無国籍的な要素が加わっていき、なかなかおもしろいことになっていく。シングル「ジェラシー」のB面にも収録されたこの曲はドラムスのかしぶち哲郎による楽曲で、キャッチーなメロディーとファンキーでありながら間奏はエキゾティック、鈴木慶一のシャウトもとても良い。「ミュージック・マガジン」2020年6月号の「70年代シティ・ポップの名曲」では96位に選ばれていた。

9. 夏の日のオーガズム (1986)

1986年6月21日に12インチ・シングルとしてリリースされた、ムーンライダーズにしてはわりと分かりやすい曲だったような印象だったのだが、確認の意味で聴き直してみたところ、打ち込みとシンセサイザーにグラムロック的でもあるギターなど、やはりわりと変わったことをやっていた。これがライブアルバム「THE WORST OF MOONRIDERS」に収録されたバージョン(「夏の日のオーガズム(It’s Very Very Long Orgasm)」となると、さらにエクスペリメンタルというか好き勝手な感じになっていく。とはいえひじょうにピュアなラヴソングであり、もちろん日常としての性愛を含んだ大人な感じのそれである。

8. ダイナマイトとクールガイ (1992)

ムーンライダーズは1986年のアルバム「DON’T TRUST OVER THIRTY」以降、各メンバーそれぞれの活動が活発化していき、バンドとしての作品がしばらくリリースされなくなる。そして、1991年に東芝EMIに移籍すると久々のアルバム「最後の晩餐」をリリースし、これが好評で、新たなファンを獲得することにもつながったような気もする。その勢いにのって翌年にリリースされたアルバム、その名も「A.O.R.」からシングル・カットされたのがこの曲である。トレンディーなダンス・ビートが導入されるも、やはりムーンライダーズでしかありえない切なさが詰まった小粋な大人のポップスに仕上がっている。イントロの口笛からして、なんだかとても良い。

7. いとこ同士 (1978)

ムーンライダーズが1978年にリリースしたアルバム「ヌーベル・バーグ」は、タイトルからしてフランス映画のことが想像されるのだが、実際にヨーロピアンテイストであることはその通りではあるものの、日本語に訳すと「新しい波」、つまり英語ではニュー・ウェイヴにもなる。というわけで、シンセサイザーを効果的に導入したこの曲などはまさにそうである。全体にナイーヴな感覚が特徴的なのだが、それだけに「ショーウインドウ」「ヘイ・タクシー」のシャウトが効いている。不意にフェイドアウトしていく感じもとても良い。

6. モダーン・ラヴァーズ (1979)

イエロー・マジック・オーケストラ「ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー」の翌月にリリースされたアルバム「モダーン・ミュージック」の頃になると、ムーンライダーズは意図的にニュー・ウェイヴ・バンド化して、ディーヴォのような格好をして演奏したりもしていた。とはいえ、アナログレコードではB面の1曲目に収録され、後にシングル・カットもされたこの曲などは、ニュー・ウェイヴ的な感覚はありながらも、ハードボイルででもあるところがたまらなく良い。「今夜こそはおまえを残し 旅立つつもりだった 雨さえ降らなければ」と歌いはじめられ、「雨のエアポート」や「やさしさ」は「いつもブルー」だが、「冗談じゃないぜ ちょっと気になるだけさ」というわけである。

5. 工場と微笑 (1982)

ムーンライダーズは1981年にジャパン・レコードに移籍して、アルバム「マニア・マニエラ」を制作するのだが、難解すぎてこれは売れないのではないかということになり、発売を取りやめたという。そして、より分かりやすくテクノポップ的なアルバム「青空百景」をレコーディングすることになる。結果的に「マニア・マニエラ」も「青空百景」の3ヶ月後には発売されることになるのだが、当時、一般的にはほとんど普及していなかったCDのみでの発売だったため、もちろんあまり売れなかった。労働のイメージがひじょうに強く、確かになかなか難しいアルバムなのだが、テクノポップやニュー・ウェイヴ的な実験が繰り広げられた音楽性はなかなか味わい深いものである。糸井重里が作詞をした「花咲く乙女よ穴を掘れ」がわりと話題になりがちではあったが、当時、ムーンライダーズはイエロー・マジック・オーケストラやRCサクセションなどと共に、「ビックリハウス」やパルコ出版的なバンドだとも見なされていた。鈴木博文の作詞・作曲となるこの曲はやはり労働のイメージがひじょうに強いのだが、特にイントロのサウンドなどにみなぎる勢いのようなものが圧倒的であり、歌詞の内容や意味はどうあれ盛り上がらずにはいられない。「マニア・マニエラ」はSpotifyでは聴くことができず、Apple Musicでは聴くことができるのだが、曲だけを貼ったつもりがアルバム全体が貼られるという現象に悩まされているので、結局のところ貼らないのだが、ひじょうに聴く価値のある楽曲となっている。

4. ヴィデオ・ボーイ (1980)

ムーンライダーズにはこれだけたくさんのアルバムがあり、しかもクオリティーが高いものが多いため、もっと分散させた方が良いような気もするのだが、「モダーン・ミュージック」からは2曲目となった。アルバムでは1曲目に収録され、シングル「ヴァージニティ」のB面にも収録されたこの曲は、テクノポップ的ではあるものの、あくまでニュー・ウェイヴ化したロックバンドによるそれという感じがして、ひじょうに味わい深い。

3. Cool Dynamo, Right on (2006)

ムーンライダーズがデビュー30周年を迎えた2006年にリリースされたアルバム「MOON Over the ROSEBUD」に収録され、後にシングル・カットもされた。「ダイナマイトとクールガイ」の続編的な楽曲でもある。ロックバンドも30周年ともなると、かつてのエッジが失われていき、音楽的にも薄まってしまいそうな気もするのだが、ムーンライダーズの場合は時代を先取りがちだったこともあってか、これぐらいが分かりやすくもあって、本来のらしさも兼そなえている、きわめてちょうどいい感じさえしてしまう。本当はもう少し下の順位に入れるか、圏外もありうるつもりだったのだが、聴き直してみると、当時の印象以上にどう考えてもとても良いので、結局のところこの高順位になった。

2. 涙は悲しさだけで、出来てるんじゃない (1991)

80年代のムーンライダーズに興味はあったものの、つい聴きはじめるタイミングを失っていたリスナーにとって、1991年の東芝EMI移籍第1弾アルバム「最後の晩餐」はとても聴きやすく、受容しやすくもあったような気がする。当時、フリッパーズ・ギターが「ムーンライダーズにはなりたくない」と発言したのにたいして、鈴木慶一が「なれるものならなってみろ」などと言っていたことが思い出される。アルバムの3曲目に収録されたこの曲は、ビートルズからの影響なども感じられる大人のラヴソングとなっていて、鈴木慶一による歌詞には「ぼくは君のアンダーウェア いつでも脱ぎすてるためにいる 気にすることはない」「人とくらべてみると しあわせちょっと足りないけど(中略)涙は悲しさで出来てるんじゃない」「もし君が年老いて動かなくても ぼくは死んでゆくわけにはいかない」など、すべてがキラーフレーズといっても過言ではなく、大人になるほどにグッとくる内容になっている。

1. 9月の海はクラゲの海 (1986)

ムーンライダーズが1986年にリリースしたアルバム「DON’T TRUST OVER THIRTY」の収録曲である。かつてロックは若者の音楽であり、30歳以上は信用するな、などともいわれていたような気もするのだが、いまや自分たちが30歳以上になってしまったムーンライダーズがこういうタイトルのアルバムを出してしまうところが何だかとても良いな、と感じたものである。作詞はパール兄弟のボーカリストで、歯科医師の免許を持っていることでも知られるサエキけんぞうであり、「君のことなにも知らないよ 君のことすべて感じてる」「Everything is nothing」といったフレーズが素晴らしく、ニュー・ウェイヴ的でありながらビートルズ的でもあり、ひじょうにユニークなことをやっていながらエヴァーグリーンでもあるという楽曲にとても合っている。聴けば聴くほど珠玉の名曲なのではないかというような気が、どんどんしてきてとても良い。