クリストファー・クロス「ニューヨーク・シティ・セレナーデ」【Classic Songs】

1981年10月17日付の全米シングル・チャートでは、クリストファー・クロス「ニューヨーク・シティ・セレナーデ」が先週まで9週連続1位だったダイアナ・ロス&ライオネル・リッチー「エンドレス・ラブ」を抜いて、グラミー賞で最優秀レコード賞、最優秀楽曲賞、最優秀編曲賞を受賞した「セイリング」以来となる1位に輝いていた。この曲はダドリー・ムーアが主演したコメディ映画「ミスター・アーサー」の主題歌であり、アカデミー賞では最優秀歌曲賞を受賞している。ブルック・シールズが主演した同名映画の主題歌であった「エンドレス・ラブ」に続き、2曲連続で映画の主題歌が1位を記録したことになる。

当時のクリストファー・クロスはグラミー賞で史上初となる主要4部門を独占したことなどにより、ひじょうに注目されていたといえる。1979年にリリースされたデビューアルバム「南から来た男」は後に大ヒットして、AORの名盤としての評価も固まっているわけだが、ある時期までは知る人ぞ知る的なスノッブな音楽リスナーが自慢できるタイプのレコードだったのかもしれない。田中康夫のデビュー小説「なんとなく、クリスタル」は1980年6月の東京を舞台にしているのだが、主人公の由利は青山のマンションでこのレコードを聴く。一緒に住んでいるバンドリーダーの恋人が1月に輸入盤屋で見つけてきたのだが、「六月になった今でも、ダルな時にはこのレコードをかけてしまう。聞いていると、陽気になってくるのだった」ということである。ちなみに、この「なんとなく、クリスタル」という小説は、ビリー・ジョエルに「ニューヨークの松山千春」という註釈を付けたことでも知られる。

それはそうとして、緑をベースにしていてピンクフラミンゴのイラストも載っているジャケットは、当時、お洒落な部屋のインテリアとしても機能していたような気もする。マイケル・マクドナルドやニコレット・ラーソンをはじめ、人気アーティストやミュージシャンが参加していたこともさることながら、クリストファー・クロスのハイトーンのボーカルが爽やかでとても良かった。公には顔や姿を明かしていなかったことによるなんとなくミステリアスな感じも、功を奏していたような気がする。「南から来た男」やシングル・カットされて全米シングル・チャートで1位に輝いた「セイリング」などによるグラミー賞主要4部門独占は史上初の快挙だったのだが、その後も2020年のビリー・アイリッシュまで39年間、誰も達成していなかったというのも、これがいかにすごいことだったかを証明しているようである。

そんなこんなで「ミスター・アーサー」の主題歌にも抜擢されるのだが、共作者が1960年代から1970年代にかけて、ディオンヌ・ワーウィック「ウォーク・オン・バイ」、アレサ・フランクリン「小さな願い」をはじめ、ポップミュージック史に残る名曲の数々を生んだ天才作曲家、バート・バカラックである。さらに共作者としてクレジットされているのがキャロル・ベイヤー・セイガーとピーター・アレンで、アカデミー賞の最優秀歌曲賞もこの4人のチームで受賞している。

キャロル・ベイヤー・セイガーのアルバム「真夜中にくちづけ」をバート・バカラックがプロデュースし、恋人同士にもなっていたのだった。1982年には結婚するのだが、80年代には「ニューヨーク・シティ・セレナーデ」の他にディオンヌ&フレンズ「愛のハーモニー」、パティ・ラベル&マイケル・マクドナルド「オン・マイ・オウン」で全米NO.1に輝いている。ピーター・アレンはかつてキャロル・ベイヤー・セイガーと一緒に曲をつくっていたのだが、その頃のフレーズでよく覚えていた「caught between the moon and New York City」というのを「ニューヨーク・シティ・セレナーデ」で使ったことにより、共作者としてクレジットされることになった。

ピーター・アレンがこのフレーズを思いついたきっかけというのが、飛行場で次に乗るべき飛行機を待たされていたことであり、それは夜だったので「moon」という単語が入ったのだという。「ニューヨーク・シティ・セレナーデ」のオリジナルタイトルは「Artur’s Theme (Best That You Can Do)」であり、どこにもニューヨーク・シティなどとは入っていないことから、また雰囲気だけでなんとなく邦題を付けているのではないか、とも思われかねないのだが、しっかりと歌詞に「ニューヨーク・シティ」と出てきているので、これはかなり妥当な方だといえるような気がする。

それで、月とニューヨーク・シティとの間にとらえられてしまったとするならば、あなたにできる最も良いことというのは恋におちることだ、というのがこの曲の最も盛り上がるポイントなのだが、その少し前に「I kow it’s crazy, but it’s true」というフレーズがあり、つまりクレイジーだとは分かっているのだが本当である、というようなことが歌われている。おそらく恋というのはそのようなものであり、英語にも恋にも憧れていた当時の中学生にとっては、たまらないものがあったと記憶している。

「ニューヨーク・シティ・セレナーデ」は当時、日本でもオリコン週間シングルランキングで17位まで上がり、約22.9万枚を売っていたようなので、かなり売れていた方だとはいえる。このシングルは個人的にも旭川のどこかのレコード店で買っていたのだが、ジャケットには映画「ミスター・アーサー」のサウンドトラックだけではなく、クリストファー・クロスの写真も載っている。この頃にはもうすでに顔や姿を公表していたのだろう。

日本盤シングルのジャケットには「♥噂のグラミー賞独占男、AORの大人気者、クリストファー・クロスの待ちに待った最新ヒット曲!! あのバート・バカラックが作曲、マイケル・オマーティアンのプロデュースで贈る美しきポップン・ロールの調べ……」などというコピーが躍っていて、「ポップン・ロール」という文言以外については当時の最大公約数的な印象をほとんど正しく伝えているように思える。

https://www.youtube.com/watch?v=ljt5-wY1cOU