クリープハイプの名曲ベスト10

クリープハイプは若い世代を中心にひじょうに人気のある日本のロックバンドで、尾崎世界観によるハイトーンのボーカルと文学的な歌詞、キャッチーなメロディーなどに特徴がある。また、人間にとってひじょうに重要なテーマの1つであるエロスと真摯に向き合い、深刻な表現として昇華している点が日本のロックバンドとしてはかなり貴重だということもできる。

ボーカル、ギターの尾崎世界観は小説家としても活動し、2020年と2024年には芥川賞の候補ともなっている他、プロ野球では東京ヤクルトスワローズのファンで、2017年にはバンドと球団とのコラボレーションも実現している(あの「東京音頭」はベーシスト、長谷川カオナシのボーカルでカバーされている)。「世界観」という名前は本名ではなく、インディーズで活動していた頃に言われた「世界観が良い」という批評に対しての疑問からあえて名乗ることにしたものである。

2024年には現メンバーとなってからの15周年を記念してトリビュートアルバム「もしも生まれ変わったならそっとこんな声になって」がリリースされ、SEKAI NO OWARI、ヨルシカ、back numberといったいまをときめく人気アーティストから、ウルフルズ、東京スカパラダイスオーケストラといったベテラン勢まで錚々たるメンバーが参加し、Apple Musicのアルバムランキングでは米津玄師「LOST CORNER」に次ぐ2位というヒットを記録した。

今回はそんなクリープハイプの数ある楽曲の中から、これは特に名曲なのではないかと思える10曲を厳選し、簡単な解説と個人的な感想などと共にお届けしていきたい。

1. 栞(2018)

「FM802×TSUTAYA ACCESS」のキャンペーンソングとして尾崎世界観が書き下ろした楽曲のクリープハイプによるカバーバージョンで、メジャー5作目のオリジナルアルバム「泣きたくなるほど嬉しい日々に」に収録された。オリジナルバージョンには尾崎世界観の他に、あいみょん、片岡健太(sumika)、GEN(04 Limited Sazabys)、斎藤宏介(UNISON SQUARE GARDEN)、スガシカオが参加していた。

新生活応援的なコンセプトのもとに制作されたのではないかとも思えるのだが、切ないお別れと新しいはじまりへの不安や期待がドライブ感溢れるロックチューンにのせて歌われているところがとても良い。いわゆる「桜」ソングとしての条件も満たしているので、春先に聴くのがおそらく最もグッとくるような気はするのだが、どんな季節に聴いたとしても感動的に盛り上がることができる。

バンドの個性がそのまま生かされたうえで、より一般大衆的なポップソングとしての要請に応えた結果が薄まるのではなく、寧ろより強力に開いていっているというすさまじさが幸福に実感できるとても良い楽曲である。

ミュージックビデオには日本武道館公演の映像が使われていて、このバンドがファンにとってどれほど大切な存在であるかが実感できるような場面もあって、かなり良いものである。

2. 憂、燦々(2013)

クリープハイプのメジャー3作目となるシングルとしてリリースされた楽曲で、オリコン週間シングルランキングで最高10位を記録した。資生堂のスキンケア化粧品ブランド、ANESSAのCMソングで、「You Sun Sun」というフレーズやサビの歌詞における「憂」の回数は指定されていたという。

通常、ロックバンドがメジャーになってタイアップ企画などの制約のもとで作品を制作した場合、本来の魅力が極度に削ぎ落とされるケースも少なくはないのだが、クリープハイプの場合は「栞」と同様にわりとうまくいくことを実証した楽曲のように思える。

「You Sun Sun」を「憂、燦々」に変換してしまうセンスがまずは素晴らしく、さらには美空ひばり「愛燦燦」を連想させたりもするところがすごく、若者に人気のロックバンドであるのみならず、日本のポップミュージック史に名声を残す存在でもあるのだろうなという認識を持たざるをえない。

もちろんそれに足るだけのクオリティを持つ楽曲なのであり、不安で満たされない思いの機微までをも絶妙にすくいあげたうえで、たまらなくキャッチーなメロディーとエモーショナルなパフォーマンスで表現しているところがとにかくすごい。

3. おやすみ泣き声、さよなら歌姫(2012)

クリープハイプのメジャーデビューシングルで、オリコン週間シングルランキングで最高7位を記録した。いわゆる「歌姫」とされる「推し」の引退だとか活動休止とか卒業だとかを経験したことがある人たちにとっては、余計に刺さる楽曲なのかもしれない。

とはいえ、尾崎世界観は「これが最後の曲だったら」と思っている自分を客観視してこの曲を書いたらしく、その時点ですでにかなりすごいのだが、そのクオリティとパフォーマンスのエモーショナルさがコンセプトを圧倒的に凌駕している点が奇跡的でもある。

4. HE IS MINE(2010)

インディーズ時代のアルバム「踊り場から愛を込めて」に収録された楽曲で、ライブでは定番曲として知られる。ライブバージョンがとても良いのは言うまでもないのだが、スタジオ録音バージョンではサックスも最高である。

そして、スタジオ録音バージョンでは完全には収録されていない「セックスしよう」というフレーズは、ライブではオーディエンスによって合唱される。

「愛 愛 愛 愛 愛してない訳 無い 無い 無い 無いけどさ」のキャッチーさはもはや致命的だということができ、これが脳内でナチュラルに繰り返された頃、足元はすでに沼にはまっているのだろう。

個人的には14歳の女子中学生としてこの曲にハマって、尾崎世界観に恋い焦がれたかったと強く思わせてくれる素晴らしい楽曲である。

千葉県の本八幡で出会った女子大生が最も好きなバンドの一番好きな曲として教えてくれたことによって、初めて知ることができたのでとても良かった。

5. 手と手(2012)

インディーズ時代の自主制作CD-R「東京とライブ」に収録された後に、メジャーデビューアルバム「死ぬまで一生愛されてると思ってたよ」に再録されたとても良い曲である。

手と手を繋ぐことはロマンティックなスキンシップとしては最も初期において行われるとても初々しい行為なわけだが、様々なプロセスを経て酸いも甘いも噛み分けた後にふたたびそこにたどり着くことによってその意味の濃さを知ることもまた人生の醍醐味だということができる。知らんけど。

というわけで、失ってからはじめてその大きさを知るという恋愛あるあるを俯瞰でシリアスに扱っているのみならず、「君の他には何もいらないよ」というストレートかつシンプルでエッセンシャルなメッセージが適度に複雑な迂回路によって、よりリアルに響いてくるという素晴らしい楽曲である。

リスナーがその時点で置かれた状況においては、激しく刺さりまくったり、もしかすると生命を救ったりしかねないような気もする。

6. キケンナアソビ(2020)

クリープハイプのシングル「愛す」(ブス)のカップリング曲で、フジテレビ系のバラエティ番組「ウケメン」(3時のヒロイン、リンダカラーなどがレギュラー出演していた)のエンディングテーマ曲としても使われていた。

「キケンナカンケイ」はおそらく世間一般的にはアンモラルであったり非生産的だと見なされたりもする関係性をテーマにしていると思われるのだが、時として人にはそれが日常において最も重要であるのみならず、たった1つだけ自分自身が生きているということを心の底から実感させてくれるものである場合がある。

そのような切実なリアリティをポップミュージックというフォーマットにおいて作品化した素晴らしい楽曲で、どこかエスニックなフレイヴァも漂うフレーズも効果的に機能しているように感じられる。

ミュージックビデオにもエロスの真髄は可能な限り充填されていて、それらは興味本位なだけではなくて、生きていくうえできわめて本質的にして場合によっては致命的ですらある。

7. 社会の窓(2013)

クリープハイプのメジャー2作目のシングルとしてリリースされた楽曲で、オリコン週間シングルランキングで最高10位を記録した。

インディーズ時代からバンドを応援していて、とても大切な存在だと思ってはいるのだが、メジャーデビューしてしかもシングルがオリコン初登場7位(まさにクリープハイプのそれが実際にそうであった)にランクインしたことによって自分の中では終わった、しかしいまでも愛しているといういわゆる古参ファンの絶妙に微妙な心理状態を描写した楽曲である。

尾崎世界観の個性的なハイトーンボーカルにも言及しつつも、愛ある突き放し的なフレーズ(つまり「余計なお世話だよ」)が痛快でありながら愛おしくもある。

推し活文化(とやら)が晴れて(なのか)市民権(とかいわれているもの)を得た今日、より広く共有されてしかるべきテーマが扱われていて、これをきっかけにこの素晴らしいバンドの存在がより幅広い層に知られることもあるのだとすれば、それはとても良いことである。

8. イノチミジカシコイセヨオトメ(2012)

インディーズ時代の自主制作CD-R「東京都ライブ」に収録されていた楽曲で、メジャーデビューアルバム「死ぬまで一生愛されてると思ってたよ」に再録された。

親の庇護下にあった幼少期に思い描いていた未来の大人像とはまったくかけ離れた現実を生きていることに対する切なさや悲しみを普段は見ないことにしているとしても、いわゆるピンサロ嬢という職業について、「明日には変われるやろか」と自問するこの楽曲にはいろいろと思わされるところがあるのかもしれない。

その差異を忘れずに認識し続けていることは苦しいかもしれないのだが、よりリアルな痛みを感じながら生き続けているということなのかもしれない。そういったポップソングの存在意義の1つを体現しているような楽曲であり、それをYouTubeに公開されたこの曲の公式音源に付いたコメントの数々が証明している。

9. ラブホテル(2013)

クリープハイプのメジャー2作目のアルバム「吹き零れる程のI、哀、愛」に収録された楽曲である。タイトルからしてもうすでにズバリそれなわけだが、このバンドの特徴の1つであるエロス的価値観が重要視されたうえで、キャッチーなポップソングとしても成立しているところが素晴らしい。

夏という季節はかつて作家の片岡義男も単行本の表紙に載せていたように心の状態でもあるわけだが、とにかく非日常的な気分で過ごすこともできるところがたまらなく良い。そして、できればそれに乗っかってしまった方が人生の幸福度は増すような気もする。厳密には束の間の不幸を味わうことにもなりかねないのだが、トータル的にはおそらくその方が良い。

本質的なテーマははっきりしているのだが、歌詞には尾崎世界観の文学性が生かされた良い意味で面倒くさい魅力が炸裂してもいて、実に味わい深くもなっているのと同時に、夏ならではのそれでもさすがにこれはあまりにも直情的すぎるのではないかというようなマイルドな罪悪感のようなものを中和させてくれたりもする。

リアリティショー仕立てのミュージックビデオに横溢するユーモア感覚(と出演女優の美しさ)もとても良い。

10. イト(2017)

映画「帝一の國」の主題歌としてリリースされた楽曲で、オリコン週間シングルランキングで最高15位を記録した。

タイトルの「イト」は「糸」と「意図」のダブルミーニングだと思われ、ミュージックビデオの糸のついた操り人形的なテーマもおそらくはそれに基づいたものである。

一般的にクリープハイプの人気曲、名曲ランキング的なものではより上位にランクインしがちな代表曲の1つであり、初期の頃とはまたまた異なったバンドとしての音楽的な進化が感じられる。

若さゆえの疾走や暴走や妄想の優位性を自認しながらもナチュラルに成長していく様は素晴らしく、一緒に大人になっていくかもしれないファンやリスナーたちにも切実に寄り添っていくのであろう。

そういった意味で、今回のベスト10からは漏れてしまったのだが、男性ビジネスマン向けフリーマガジン「R25」とのコラボレーション曲「二十九、三十」、ジム・ジャームッシュ監督の同名オムニバス映画に対するオマージュを含んだ「ナイトオンザプラネット」などもとても良い。