洋楽ロック&ポップス名曲1001:1994, Part.2

Nick Cave and the Bad Seeds, “Red Right Hand”

ジョン・ミルトンの叙事詩「失楽園」に由来するタイトルを持つこの楽曲はニック・ケイヴ&ザ・バッド・シーズのアルバム「レット・ラヴ・イン」からシングルカットされたが、全英シングルチャートでは圏外であった。

その後、コメディ映画「ジム・キャリーはMr.ダマー」に続き、「スクリーム」シリーズや「X-ファイル」を含む数多くのサウンドトラックで使用されるにつれ、そのダークな魅力が広く知られるようになり、イギリスの人気テレビドラマ「ピーキー・ブラインダーズ」でPJハーヴェイによるカバーバージョンが使われた後、第4シリーズでオリジナルがメインテーマ曲に選ばれる頃には、ニック・ケイヴ&ザ・バッド・シーズの代表曲の1つとなっていた。

Oasis, “Supersonic”

オアシスのデビューシングルで、全英シングルチャートで最高31位を記録した。当時のUKインディーロック界において最も人気があったレーベル、クリエイション・レコーズの新しいバンドということで大いに注目されていたのだが、楽曲のクオリティは期待を大きく上回っていた。

インディーロック的なアティテュードを持ちながら、楽曲にはクラシックロックにも通じるエバーグリーンな魅力がある。「オレはオレ自身でいる必要がある。他の誰にもなれやしない」といきなりストレートに主張したかと思うと、「スーパーソニックな気分だから、ジントニックをおくれ」と身も蓋もないフレーズをかましたりもする。

リアム・ギャラガーのボーカルとたたずまいには早くもカリスマ性の片鱗がうかがえ、ノエル・ギャラガーのソングライターとしての才能もけしてハイプではないのだろうと確信することができた。

Hole, “Doll Parts”

ホールの2作目のアルバム「リヴ・スルー・ジス」からシングルカットされ、全米シングルチャートで最高58位、全英シングルチャートで最高16位を記録した。

バンドの中心メンバーであるコートニー・ラヴはこの曲を友人のハウスパーティーのトイレで20分で書いたと語っている。愛が深すぎて嫉妬心が憎しみに変わる状況を、勢いにまかせて曲にしたのだが、その相手というのが当時まだ知り合ったばかりで後に夫となるニルヴァーナのカート・コバーンであった。

「リブ・スルー・ジス」はカート・コバーンが亡くなった約1週間後に発売されたが、リリースのスケジュールはもちろんそれよりも以前から決まっていた。ミュージックビデオはアルバムのリリースから約半年後に、ニルヴァーナ「スメルズ・ライク・ティーン・スピリット」のビデオと同じ監督で撮影された。若き日のカート・コバーンを思わせる少年が登場し、人形で遊んだりしているのだが、最後には部屋を出ていってしまう。

Nas, “N.Y. State of Mind”

ヒップホップという音楽ジャンルの歴史上で最も重要な作品の1つとして紹介されることも少なくはない、ナズのデビューアルバム「イルマティック」に収録されている楽曲である。シングルではリリースされていないのだが評価は最も高く、2007年にリリースされたベストアルバムにも収録されている。

2曲のジャズのレコードからサンプリングしたループとクール&ザ・ギャング「N.T.」からのドラムブレイク、さらにはエリック・B&ラキム「マホガニー」からのボーカルサンプルをスクラッチしてもいるとてもカッコいいトラックにのせて、ナズが自らのラップスキルやニューヨークの街の危険さについて語っていく。

ラップミュージック史における最高到達点の1つであり、こういった方向性の作品においては、今後これを超えるものは出ないのではないかとすら感じさせてくれる。

Blur, “Parklife”

ブラーの3作目のアルバム「パークライフ」は全英アルバムチャートにおいて、バンドにとって初となる1位に輝くことになるのだが、3作目のシングルとしてタイトルトラックでもあるこの曲がカットされ、全英シングルチャートで最高10位を記録した。

映画「さらば青春の光」に主演していた俳優のフィル・ダニエルズをゲストに迎え、前作アルバム「モダン・ライフ・イズ・ラビッシュ」で切り拓いた誇張しすぎた古き良きイギリス性を、より現在的なっ感覚にも寄せてアジャストした感もあったのがこの曲であった。

この頃になるとインディーロックバンドでありながら、アイドル的なポップグループでもあるかのような受け入れられ方を一部ではされはじめてもいて、それらにもわりと対応できてしまっている様子に良いものを感じたりもした。

Weezer, “Buddy Holly”

ウィーザーのデビューアルバム「ウィーザー(ザ・ブルー・アルバム)」2作目のシングルとしてカットされ、全米モダントラックスチャートで最高2位、全英シングルチャートで最高12位を記録した。

バブルガムポップ的なラブソングのように聴こえるかもしれないのだが、バンドのボーカリストでソングライターであるリヴァース・クオモがこの曲を書いたきっかけは、アジア人のガールフレンドを友人にからかわれたことであり、そんな彼女をかばうことが目的となっている。

リヴァース・クオモはこの曲がウィーザーの目指している音楽性とはちょっと違っているのではないかとも考えていて、アルバムから外そうともしていたのだが、プロデューサーであるカーズのリック・オケイセックの説得によって収録することに決めたのだという。

この楽曲は究極的にキャッチーなパワーポップ的な魅力を放っているのだが、チープなシンセサイザー音がまた程よい味つけとして効いているような気がする。この辺りにカーズの音楽性にも通じるポップ感覚を感じたりもする。

スパイク・ジョーンズが監督したミュージックビデオは50年代をテーマにした70年代のテレビ番組「ハッピー・デイズ」をモチーフにしていて、MTVビデオミュージックアワードでいくつもの賞を受賞したのだが、Windows 95のCDに収録されていたことによって、多くの人々に視聴されたのだという。

いまとなっては想像することがなかなか難しいのだが、当時はパソコンでミュージックビデオを視聴すること自体が、ひじょうに新しい体験だったのである。

Manic Street Preachers, “Faster”

マニック・ストリート・プリーチャーズの3作目のアルバム「ホーリー・バイブル」からリードシングルとしてリリースされ、全英シングルチャートで最高16位を記録した。

ギタリストで作詞家のリッチー・エドワーズはマニック・ストリート・プリーチャーズで最もアイコン的なメンバーであったが、この頃には精神的にかなり限界に近づいていたように思われ、それはこのアルバムに収録された楽曲の歌詞や当時のライブパフォーマンスなどにもあらわれている。

この楽曲の歌詞も何やらとても難解で混乱しているようにも感じられるのだが、自傷行為をテーマにしているようでもある。

パンクロック的なエッジを取り戻したバンドの演奏はエネルギーに満ち溢れていて、行き急ぐような気分を加速しているのだが、それがリッチー・エドワーズが在籍していた時代の最後としてはふさわしかったように思える。

この翌年、アメリカツアーに出発する前夜にリッチー・エドワーズは姿を消して、再び現れることはなかった。

Edwyn Collins, “A Girl Like You”

エドウィン・コリンズはかつてオレンジ・ジュースというポストパンクバンドを率いていて、そこそこ人気があったのだが、90年代はじめの日本ではフリッパーズ・ギターが紹介したことなどにより、一部で再評価のムードが盛り上がってもいた。

そして、1994年にソロアルバム「ゴージャス・ジョージ」からこの曲がシングルカットされるのだが、イギリスではそれほど話題にならなかった。ベルギーのフランダースやアイスランドのシングルチャートで1位に輝くなどヨーロッパのいくつかの国々でヒットした後で、全英シングルチャートで最高4位、全米シングルチャートでも最高32位を記録した。

なんとも奇妙でミステリアスなムードが特徴的なこの楽曲では、セックス・ピストルズのドラマーであったポール・クックがヴィブラフォンを演奏していたりもする。

Goldie, “Inner City Blues”

ゴールディーのデビューアルバム「タイムレス」からシングルカットされ、全英シングルチャートで最高39位を記録した。

ジャングルというクラブミュージックの最新トレンドが話題になっていて、その代表的アーティストとして紹介されがちだったのが、ゴールディーであった。

ブレイクビーツとベースラインに美しいストリングス、さらにはダイアン・シャルルマーニュのソウルフルなボーカルが加わり、都市生活の抑圧をテーマにしたまったく新しいタイプのポップミュージックが完成している。