あいみょん「瞳へ落ちるよレコード」【Album Review】

現在のJ-POP界でも特に人気が高いシンガーソングライターの1人、あいみょんの4作目のアルバム「瞳へ落ちるよレコード」が2022年8月17日にリリースされた。8月20日にたまたま新宿にいて、Flagsのタワーレコードもとうとう2フロアだけになってしまったか、などと思いつつ、念のためエスカレーターを降りてみると、「瞳へ落ちるよレコード」のディスプレイがされていて、もう発売されていたことに気づいた次第である。ジャケットアートワークがプールのようでポータブルレコードプレイヤーのようにも見えなくはなく、夏らしくてなかなか良いと感じたのであった。

3作目のアルバム「おいしいパスタがあると聞いて」が発売されたのが2020年9月9日なので、約2年ぶりということになるわけだが、収録された全13曲のうち7曲はすでに発表されていて、「スーパーガール」などは2020年12月16日にはすでにリリースされていた。あいみょんはとにかく売れっ子であるため、タイアップなども付きまくりで、その後もコンスタントに新曲がリリースされ、それらがこの「瞳に落ちるよレコード」にはまとめて収録されている。ちなみにこのインパクトの強いアルバムタイトルなのだが、当初は「瞳へ落ちるよシーディー」にしようかとも思ったのだが、スピッツに「さざなみCD」というのがあったなと思い、「瞳に落ちるよレコード」にしたのだという。人の黒目というのはレコード盤のようにも見え、瞳にコンタクトを入れるようにしてレコードを落として、体の中で響くというようなイメージが、このタイトルにはあるのだという。ちなみに最近はいまどきのアーティストもカジュアルにアナログレコード盤を発売しがちなのだが、「瞳へ落ちるよレコード」はCDでしか発売されていない。しかし、初回プレス分の封入特典でオリジナルレコードプレイヤーが抽選で100名に当たることになっていたりもする。

シングルやデジタル・ダウンロードなどですでに発表されている曲がアルバムの大半を占め、しかもそれらは何らかのタイアップであったりヒットもしていることなどから、わりと寄せあつめ的なアルバムになっているのではないかと思いきやそんなことはまったくなく、優れたシンガーソングライターの充実したアルバムとなっている。あいみょんというシンガーソングライターはまず楽曲がひじょうに強く、同世代などにカリスマ的な人気があるとしても、大人のリスナーにもわりと親しみやすかったり分かりやすかったりするところもある。吉田拓郎、浜田省吾、尾崎豊といったフォーク的でもあるアーティスト、そして、フリッパーズ・ギターや小沢健二といった「渋谷系」、さらにはスピッツや平井堅といった大衆的な、いずれも男性アーティストから影響を受けたというだけあって、フォーク/ニューミュージックや歌謡曲的なポップ感覚に優れていて、そこが親しみやすさにつながっている。

そして、ボーカリストとしての魅力もひじょうに大きく、聴きやすいのだが印象に残る。生活感や人間性のようなものを強く感じさせるのだが、必要以上に情念的だったり重たすぎたりすることもない。この絶妙なバランスというのは、実はありそうで無かったような気もするのだが、今回、「瞳へ落ちるよレコード」を一気に何度も繰り返し聴いていると、さらにいろいろなパターンの歌い方や声色の使い分けが高いレベルでできるようになっていて、この辺りもとても良い。

シングルやタイアップなどでおなじみの楽曲は現在の王道的なJ-POPの、しかもひじょうにクオリティーが高いものとして楽しむことができるのだが、それ以外のいわゆるアルバム曲がまたマイルドにアングラ的とでもいうのか、より自由な感覚があり、しかもそれもまたとても良い。先行でデジタル・ダウンロードされていた曲ではあるのだが、「スーパーガール」にはややシティ・ポップ的なところもあるのだが、あいみょんが歌っているので、ただ聴きやすいだけにはなっていない。しかも、男性目線でのラヴソングになっていて、性愛的な要素もナチュラルに入っている。そして、「強くなっちゃったんだ、ブルー」もシティ・ポップ的といえばいえなくもなく、個人的には音楽的にこの辺りが好みであったりもするのだが、既婚者とのワンナイトラヴ的とも取れるようなことを歌いながら、いわゆるイノセンスの喪失的なものに傷ついてもいるという、なかなかたまらない感じの楽曲になっている。

アルバムの1曲目に収録された「双葉」は若い人たちに向けて歌われた曲で、希望が感じられる。「3636」は宅配ボックスの暗証番号に実際に使っていたのだが、いつか開かないことがあったという実体験からふくらませたという、終わりかけた恋についてのリアリティーに溢れた楽曲である。「インタビュー」はあいみょんが自分自身について書かれたとある記事を読んで、怒りにまかせてつくった曲だということなのだが、表現者としてのルーツとかコアの部分が感じられてとても良い。「神秘の領域へ」は主に性愛について歌われていると思われるのだが、これもまたいろいろと味わい深い。

というように、いろいろなタイプの楽曲が収録されているのだが、いずれもあいみょんという優れたシンガーソングライターのある一面がリアルに切り取られたものであり、まったく矛盾しあってはいない。これまでのアルバムと比較して、より自由度が高まっているように思えるのだが、それが全体のクオリティーとしてゆるくなっているように感じられるのではなく、よりあらゆる方向性におけるすごみのようなものを発揮しているようなところがとにかくすごい。とても良いアルバムである。