シンプル・マインズ「ドント・ユー?」

シンプル・マインズ「ドント・ユー?」は1985年5月18日付の全米シングル・チャートでマドンナ「クレイジー・フォー・ユー」に替わって1位に輝いたが、翌週にはワム!「恋のかけひき」に抜かれることになった。そして、そのまた翌週からはティアーズ・フォー・フィアーズ「ルール・ザ・ワールド」が3週連続で1位を記録することになる。

この頃のいずれかの週だと思うのだが、日曜日に池袋のパルコか西武百貨店にいると、シンプル・マインズ「ドント・ユー?」とティアーズ・フォー・フィアーズ「ルール・ザ・ワールド」が続けてかかって、80年代らしいメジャーなサウンドだなと感じたことが思い出される。マドンナ「クレイジー・フォー・ユー」の前にはUSAフォー・アフリカ「ウィ・アー・ザ・ワールド」が1位だったのだが、人気アーティストが多数出演したこの曲のビデオは、西武百貨店池袋本店のエスカレーターの近くにあった大きなモニターでよく流れていた。テレビをつけると、タレントのマリアンが「みんな行け行け、池袋!」とシャウトするビックカメラのCMをわりとよく見ることができた。

シンプル・マインズはスコットランド出身のロック・バンドであり、イギリスではこの時点でトップ20ヒットが何曲かあったのだが、アメリカではこれが初めてのヒットであった。それで、いきなり1位に輝いたわけだが、これにはジョン・ヒューズ監督の映画「ブレックファスト・クラブ」で使われていたことが大きいと思われる。ちなみに、この曲の全英シングル・チャートでの最高位は7位であった。

この曲は音楽プロデューサーのキム・フォーシーとニナ・ハーゲン・バンドのギタリストでもあったスティーヴ・シフによって、「ブレックファスト・クラブ」のサウンドトラックのためにつくられた。キム・フォーシーは映画「フラッシュダンス」の主題歌で、全米シングル・チャートのみならず日本のオリコン週間シングルランキングでも1位に輝いたアイリーン・キャラ「フラッシュ・ダンス~ホワット・ア・フィーリング」を共作したり、ビリー・アイドル「反逆のアイドル」をプロデュースしたりしていた。そもそもファンであったシンプル・マインズによって演奏されることを念頭につくられた曲らしく、実際にオファーをしたのだが、一旦は断られている。理由としては、あくまで自作曲にこだわりたいという思いがあったことと、ボーカリストのジム・カーが歌詞の一部を気に入っていなかった、ということがあったようだ。

とはいえ、シンプル・マインズは当時、アメリカでなかなかブレイクすることができずにいて、それはレーベルがプロモーションをちゃんとやってくれなかったからだといわれているのだが、この曲はきっかけになりそうであった。ジム・カーは当時、プリテンダーズのクリッシー・ハインドと結婚していて、この曲をレコーディングするべきだと言われ続けていたという。

この曲はブライアン・フェリーにもオファーされたのだが、アルバム「ボーイズ・アンド・ガールズ」のレコーディング中だったこともあり、断られたようだ。それ以外に、キム・フォーシーがプロデュースなどでかかわっていたビリー・アイドルにもオファーするのだが、やはり断られてしまったという。レーベルからは「サングラス・アット・ナイト」がヒットしたコリー・ハートはどうかと提案されるのだが、これにはプロデューサー側がイメージに合わないと却下していた。第2次ブリティッシュ・インヴェイジョンで「ワン・シング・リーズ・トゥ・アナザー」などをヒットさせたザ・フィックスのサイ・カーニンが歌うという話も出てきては立ち消えたようだ。

そうこうしているうちに、やはりシンプル・マインズが良いのではないかという感じになっていったというか、キム・フォーシーがいかにシンプル・マインズのことを好きかということについて熱く語ったりもしたことにより、バンド側も心変わりして、この曲をレコーディングした。とはいえ、それほどヒットしない映画のサウンドトラックに収録された1曲ぐらいに考えていたのだが、大ヒットになったということであった。

映画「ブレックファスト・クラブ」はエミリオ・エステベスをはじめ、ブラット・パックと呼ばれる若手俳優が何人も出演し、青春映画の傑作として人気を得ることになる。ジョン・ヒューズ監督は80年代に他にも様々な青春映画にかかわることになるのだが、脚本・製作総指揮をつとめた「プリティ・イン・ピンク/恋人たちの街角」のクライマックスとなるプロムのシーンにおいて、映画ではOMD「イフ・ユー・リーヴ」が流れているのだが、撮影現場では「ドント・ユー?」に合わせてダンスが踊られていたという。そのため、よく見ると音楽とダンスが合っていないらしい。

初期にはシンセ・ポップ的な音楽もやっていたシンプル・マインズだが、次第にロック的になってきていて、この曲のヒットによってスタジアム・ロックなどとも呼ばれるようなダイナミックなタイプのロックをやるバンドというイメージが定着したように思える。この後にリリースされたシンプル・マインズのアルバム「ワンス・アポン・ア・タイム」に「ドント・ユー?」は収録されなかったのだが、先行シングルの「アライヴ・アンド・キッキング」が全米シングル・チャートで最高3位のヒットを記録した。イギリスではこの曲も「ドント・ユー?」と同じく全英シングル・チャートで最高7位であり、アメリカとイギリスとで人気が逆転したかのようにも思われたのだが、アメリカではその後、トップ40ヒットが3曲だったのに対し、イギリスでは1989年に「ベルファスト・チャイルド」が全英シングル・チャートで1位に輝いたり、90年代に入ってからもトップ10ヒットを記録したりしていた。