ローリング・ストーンズ「メイン・ストリートのならず者」
ローリング・ストーンズのイギリスでは10作目、アメリカでは12作目にあたるスタジオアルバム「メイン・ストリートのならず者」は、1972年5月12日に発売された。つまり、2022年で発売50周年を迎えてしまったわけだが、ポップ・ミュージック史上、少なくともクラシック・ロックというジャンルにおいては最も高く評価されているアルバムの1つであろう。このアルバムがリリースされた当時、メインストリームのポップ・ミュージックといえばロックとポップスとソウル・ミュージックぐらいで、その中でもロックの影響力はかなり大きかったのではないかと思われるのだが、さすがに50年も経過するとその様子はかなり変わっていて、ポップ・ミュージックは好きなのだがロックはほとんど聴かないとか、どちらかというと苦手というような人たちも少なくはないかもしれない。しかし、普段はメインで聴いていないジャンルでも、その代表的な作品を聴いてみると良かったりというのはわりとあるもので、たとばかつてのロックやポップスのファンがマイルス・デイヴィス「カインド・オブ・ブルー」とかジョン・コルトレーン「至上の愛」とかボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズの「レジェンド」か「ライヴ!」あたりは聴いてみたりとか、そのようなもののクラシック・ロック篇として「メイン・ストリートのならず者」はじゅうぶんに機能しそうである。
ロックンロールというのはその成り立ちからしてカントリーとブルースを混ぜ合わせたものというような側面もあり、そもそも色々な要素が入った音楽である。ローリング・ストーンズはそもそもアメリカのブルースに強い影響を受け、バンド名そのものがブルースの重要アーティスト、マディ・ウォーターズの「ローリン・ストーン」に由来しているぐらいなのだが、このアルバムではそういったルーツをより深く掘り下げながらも、カントリーやゴスペルなどの要素も取り入れられている。こういったタイプの音楽を収録したアルバムとしては、やはりクオリティーとして最高峰なのではないだろうか。
ローリング・ストーンズのメンバーはイギリスの重税から逃れる目的で、1971年頃にはフランスに移り住んでいたのだが、このアルバムのレコーディング・セッションもやはりそこで行われていた。スケジュールはそれほどかっちりとしていなく、キース・リチャーズが家族と住んでいたヴィラの地下室で24時間いつでもレコーディングができる状態になっていたというのだが、ドラッグの売人やウィリアム・バロウズ、グラム・パーソンズ、ジョン・レノンといった人たちや出入りするなどして、なかなかしんどい状況だったらしい。オーバーダビングはロサンゼルスで行われたのだが、この時にミック・ジャガー、チャーリー・ワッツとゲスト・ミュージシャンとして参加していたビリー・プレストンが教会に行って、アレサ・フランクリンが後に「アメイジング・グレイス」として発表される音源と映像をレコーディングしていて、これに影響を受けたことにより、「メイン・ストリートのならず者」に収録されたいくつかの楽曲、「ダイスをころがせ」「ライトを照らせ」などにはゴスペル的なフィーリングが加わったのだという。それにしても、ビリー・プレストンは昨年末に公開されたビートルズ「ゲット・バック」のドキュメンタリー映像でも想像以上に大活躍していたが、このアルバムでも重要な役割を果たしていたのだろうか。
いまやローリング・ストーンズの最高傑作であるばかりか、ポップ・ミュージック誌におけるオール・タイム・ベスト・アルバムの1つとしても評価が定着している「メイン・ストリートのならず者」だが、リリース当時の反応は賛否両論だったという。このアルバムの良さの1つとして楽曲のバリエーションがあげられ、しかもひじょうにクオリティーが高いのだが、当時、その一部があまり理解されなかったところもあったようで、楽曲のクオリティーにばらつきがあるとも見られたようだ。とはいえ、今日においても、たとえばパンク/ニュー・ウェイヴ以降のロックを趣味嗜好のベースとしている音楽リスナーには、そもそもローリング・ストーンズのようなブルースをルーツとしたロックをポジティヴに感じ取る素養に欠けている場合もあり、いまや歴史的名盤であることが自明とされていることが、さらにアクセスの障壁になっている可能性がないともいえない。ローリング・ストーンズ初の2枚組アルバムとして発売されたことの大作感というのもあったりはするのだが、実際には収録時間が約67分07秒であり、CD時代ならばわりと普通ぐらいのボリュームである。
「メイン・ストリートのならず者」の高評価が確立するまで少しの時間を要したということなのだが、1970年代の後半には少なくとも欧米の音楽ジャーナリズムの世界ではコンセンサス化していたようだ。個人的に洋楽のレコードを主体的に買うようになって少しした頃に新作として売れまくっていたのが「刺青の男」で、1982年の正月にもらったお年玉の残りで買ったのだった。REOスピードワゴン、スティクス、ジャーニー、フォリナーといった産業ロックばかりを聴いていたので、どうも最初のうちはよく分からなかったのだが、せっかく買ったので何度も聴いているうちに、そのラフでルーズな感じがだんだん良くなっていった。
それで、昔のレコードも買おうと思ったのだが、限られたお金で代表曲をなるべくたくさん手に入れたいという安易な考えで、ロンドン・レコードから出ていたおそらく日本独自編集のよく分からないベスト・アルバム、それからローリング・ストーンズ・レコード設立後の楽曲をあつめた「メイド・イン・ザ・シェイド」を買った。レコード店に行ってもなんとなくローリング・ストーンズの仕切りのところを見てしまうのだが、インパクトがあったのはジーンズのジッパー部分が写った「スティッキー・フィンガーズ」、それからカラフルな「女たち」などであった。ヒップホップの要素なども取り入れた「アンダーカヴァー・オブ・ザ・ナイト」は正当的なローリング・ストーンズのファンにはなかなか評判が良くなかったようだが、個人的にはわりと好きであった。しかし、ローリング・ストーンズのようなブルースをルーツとするロックを個人的にはそれほど好まない音楽リスナーが、逆張り的に「アンダーカヴァー・オブ・ザ・ナイト」がローリング・ストーンズの曲で一番好きというようなことを言っていると、本気でブチ切れそうになったりはする。要はひじょうに面倒くさいということである。
その後、ポスト・パンク/ニュー・ウェイヴ的なものやヒップホップなどを好んで聴いていた90年代のはじめ、ローリング・ストーンズ初来日で大いに盛り上がる日本の音楽ジャーナリズム界にややもやもやしながら、ローリング・ストーンズを10回見に行ったことでマウントを取ってくるロック通の中年男性を皮肉ったと思われる森高千里「臭いものにはフタをしろ!!」を好ましく感じたりもした。それでも、「スティール・ホイールズ」などはちゃんと買っていた。プライマル・スクリームがインディー・ロックとダンス・ミュージックを融合させた新しくて刺激的な音楽をやっている一方で、70年代のローリング・ストーンズ的な楽曲も同じアルバムに収録していたりもした。あとは、ブラック・クロウズなどが70年代のローリング・ストーンズ的な音楽をやっていただろうか。1992年のアルバム「サザン・ハーモニー」はわりと気に入っていた。
日本では80年代後半にバンドブームが盛り上がり、それにはザ・ブルーハーツとBOØWYの影響がひじょうに大きかったと思われるのだが、RCサクセションやストリート・スライダーズの音楽性を継承したかのように、70年代のローリング・ストーンズ的な音楽をやるバンドも少なくはなかった。1989年から放送を開始した「三宅裕司のいかすバンド天国」などを見ていてもそのようなタイプのバンドはわりとよく出演していて、萩原健太が厳しめなコメントをするのに対して、吉田建がムッとしていた印象があるのだが、気のせいかもしれない。
1993年に「NME」が歴代ベスト・アルバムのリストを発表していて、「メイン・ストリートのならず者」を11位に選んでいた。ザ・スミス「クイーン・イズ・デッド」とニルヴァーナ「ネヴァーマインド」との間である。この時点でローリング・ストーンズのレコードやCDはいろいろ買っていたのだが、「メイン・ストリートのならず者」は買っていなかった。「山羊の頭のスープ」「ブラック・アンド・ブルー」「ゲット・ヤー・ヤーズ・アウト」とかも買っていたのだが、「メイン・ストリートのならず者」を買っていなかったというのは、このアルバムにローリング・ストーンズの最高傑作だという認識がそれほどなかったのかもしれない。良い機会なのでぜひ買ってみようと思い立ったのだが、なんと当時、売られていなかったのである。その少し後に一斉に再発されたので、それにあたっての一時的な措置ではあったのだが、西新宿のVYNILで見つけた中古レコードを買おうかとも思った。しかし、少し待ったので、再発されてからCDを買うことになった。とても良いアルバムだとは思ったのだが、情報量が多くて咀嚼しきれないようにも感じられた。それからずっと定期的に聴いているのだが、聴けば聴くほど良くなってくる感じがある。最高の素材とスパイスとハーブなどを使って、一流のシェフによって調理された料理のような味わいがあるのだが、時間をかけてさらに良くなりそうな予感はしている。
当時、イギリスやアメリカなどのアルバム・チャートで1位に輝いたようなのだが、2010年に10曲入りボーナス・ディスクを加えて再発した時にも、全英アルバム・チャートで約38年ぶりの1位、全米アルバム・チャートでも最高2位を記録したというのだからすごいものである。曲の内容はいわゆる往年のセックス、ドラッグス&ロックンロール的な快楽主義を拡大したようなもので、今日的にどうなのかというところもあるのだが、純粋に音楽としてとにかく素晴らしく、このジャンルのシグニチャー的なアルバムとして間違いがないと思える。