米津玄師の名曲ベスト20

米津玄師は1991年生まれ、徳島県出身のシンガーソングライターというか、日本のポップミュージックシーンを代表する優れたアーティストである、ということはもはや周知の事実であるとは思えるのだが、ボーカロイドプロデューサーのことであるボカロP出身であるという点も昨今のJ-POP界のトレンドを考えるとなかなか象徴的だということができる。

今回はそんな米津玄師の楽曲から特に重要だと思える20曲を抽出し、リリース順にならべたというだけのものであり、ベスト20というタイトルではあるが、特に順位は付けていない。

ゴーゴー幽霊船 (2012)

ボーカロイドプロデューサー、ハチとして活動していた米津玄師が本名で発表した最初の楽曲で、ファーストアルバム「diorama」にも収録された。作詞・作曲、ボーカルとすべての楽器演奏を米津玄師自らが行っている。

現在の作風に比べるとニューウェイヴ色が濃く、軽快なポップ感覚もとても良い。「ちょっと病弱なセブンティーン」の空想をテーマにしたかのようなこの曲には、米津玄師がトップスターとなった現在も保持し続ける人々の生きづらさに対しての共感共感が含まれているように思える。

アイネクライネ (2014)

米津玄師の2作目のアルバム「YANKEE」の4曲目に収録された曲でシングルカットはされていないが、とても人気が高い楽曲である。

自己肯定感がそれほど高くはないというか、どちらかというとわりと弱めな主人公が恋を知ってしまったことによって感じる感激やそれを失うことに対しての不安などが切実に歌われている。

刺さる人たちにとってはかなり刺さる楽曲なのではないかとも感じることができ、特に昨今はそのようなタイプの人たちがわりと多いのではないかとなんとなく感じるのだが、この曲の長きにわたる人気の高さがそれを証明しているようにも感じられる。

強い印象を残しながらも流れるようなメロディーに続いて、オルタナティヴロック的なギターサウンドやピコピコ音の味付けなどもあり、ポップソングとして実に味わい深い楽曲にもなっている。

編曲・プロデュースを蔦屋好位置が手がけている。メジャーデビューシングル「サンタマリア」なども収録したアルバム「YANKEE」はオリコン週間アルバムランキングで最高2位のヒットを記録した。

メランコリーキッチン (2014)

アルバム「YANKEE」の5曲目に収録され、シングルカットはされていないのだが、とても人気が高い楽曲である。

電子オルガン的な音色のイントロに続いて、軽やかな打ち込みサウンドに乗せて歌われるキャッチーなメロディーは、タイトルの通り憂鬱なキッチンでの状況について歌われていく。

パートナーとの関係性に慣れすぎてそのありがたさをすっかり忘れてしまい、いろいろなことが雑になってしまうのだが、失ってからはじめてそれがいかに大切だったかに気づいて深く反省をする、というようなタイプの楽曲なのだが、その表現手法があまりにもオリジナリティーに溢れている。

特に「笑って 笑って 笑って」のところなどは、とても中毒性が高い。

メトロノーム (2015)

米津玄師の3作目のアルバムにしてオリコン週間シングルランキングで初の1位に輝いた「Bremen」の9曲目に収録された曲である。「Flowerwall」「アンビリーバーズ」といったシングル曲も良いが、米津玄師自身が描いた200枚の絵を使用したミュージックビデオも含め、よりエバーグリーンなポップソングとしての強度が感じられるのが、この楽曲だといえるかもしれない。

もしかすると運命の人なのではないかと思えるぐらいのレベルで相性が合っていると感じられる相手との間においても、やがて少しずつズレが生じてきて、やがてそれは無視することが困難な段階を経て、ゆるやかに破綻を招いていく。

その人の不在が世界の見え方の変化すらをも感じさせてしまえるほどの関係性が一時的にでも存在したという事実はとても価値があることには違いないのだが、その未練がましさのようなものをやや自虐的に表している度合いもとても良い。

そのようなありがちな状況を絶妙で微妙なニュアンスをもこれ以上ないぐらいの繊細さで掬い上げ、ポップソングとして結実させた奇跡的な楽曲だということができる。

LOSER (2016)

「ナンバーナイン」との両A面シングルとしてリリースされ、オリコン週間シングルランキングで最高2位のヒットを記録した。米津玄師がコンテンポラリーダンスを踊るミュージックビデオも話題を呼んだ。

90年代アメリカン・オルタナティヴ・ロック的価値観の一部を思い起こさせもする「LOSER」というタイトル、その負け犬的な感覚に寄り添いながら、もそれを乗り越えていこうというようなメッセージ性もを感じられもする。

カート・コバーンやイアン・カーティスの名前が出てきたり、「愛されたいならそう言おうぜ」「思ってるだけじゃ伝わらないね」といった強めのフレーズと「パーパパラパパパ」という軽快なコーラスとのバランスなども味わい深い。

orion (2017)

テレビアニメ「3月のライオン」のエンディング曲に起用され、オリコン週間シングルランキングでは最高3位のヒットを記録した。

原作コミックの愛読者でもあったという米津玄師が、主人公の桐山零をイメージしてつくった曲だという。また、冬の夜空にオリオン座を見つけた原体験がモチーフになっているともいわれ、印象的なストリングスのフレーズに乗せて、祈りにも似た真っ直ぐな想いがエモーショナルに歌われていてとても良い。

ピースサイン (2017)

テレビアニメ「僕のヒーローアカデミア」のオープニングテーマ曲としてリリースされ、オリコン週間シングルランキングで最高2位のヒットを記録した。

アップテンポでひじょうに盛り上がりやすい楽曲であり、「もう一度 遠くへ行け 遠くへ行けと 僕の中で誰かが歌う」というフレーズが特に印象的である。とはいえ、ストレートにイケイケで勢いに満ち溢れているのかというとけしてそうではなく、その裏側にある不安や迷いといったところまでをも描いているところがとても良い。

弱気になってもいることを隠し、自らを鼓舞するために掲げられる場合もある「ピースサイン」がタイトルになっていることも象徴的だといえる。

この曲をつくるにあたっては、テレビアニメオープニングテーマの超名曲である「デジモンアドベンチャー」の「Butter-Fly」が参考にされてもいる。

打上花火 (2017)

アニメーション映画「打ち上げ花火、上から見るか?下から見るか?」の主題歌としてリリースされ、オリコン週間シングルランキングでは最高9位だったが、Billboard Japan Hot 100」においては1位に輝いた。

米津玄師が作詞・作曲・プロデュースした上に、ボーカリストとしても参加したDAOKOのシングルで、DAOKO×米津玄師のアーティスト名でリリースされた。米津玄師のアルバム「BOOTLEG」には、セルフカバーバージョンが収録されている。

日本で生まれ育った人々が夏の花火に感じがちな切なげな情緒をポップソングとして凝縮したかのような素晴らしい楽曲で、エバーグリーンな日本の名曲として末長く聴かれ続けていくと思われる。

米津玄師の楽曲のいくつかはこの時点ですでにかなりヒットしてはいたのだが、世代を問わず一般大衆的な流行歌として認知されたのは、この曲が最初だったような気もする。

灰色と青 (+菅田将暉) (2017)

米津玄師の4作目のアルバム「BOOTLEG」からの先行トラックとしてリリースされ、Billboard Japan Hot 100で最高3位のヒットを記録した。

俳優の菅田将暉がゲストボーカリストとして参加しているが、これは以前からその存在が何かと気になっていた米津玄師からのオファーだったという。

北野武監督の映画「キッズ・リターン」がモチーフとなっていて、かつてはとても親しかった者同士が別々の道を歩んでいる状況などについて歌われている。

「LOSER」「ナンバーナイン」「orion」「ピースサイン」といったヒットシングルやDAOKOに提供してロングヒットを記録した「打上花火」のセルフカバーなども収録した「BOOTLEG」はオリコン週間アルバムランキングで1位に輝いたのみならず、日本レコード大賞で最優秀アルバム賞、 CDショップ大賞で大賞を受賞するなど、高い評価も獲得した。

春雷 (2017)

アルバム「BOOTLEG」の8曲目に収録された楽曲で、シングルカットはされていないもののひじょうに人気が高く、ミュージックビデオも公開以降約5年間で1.5億回以上再生されている。

シティ・ポップ的な楽曲ではあるのだが、メロディーやボーカルスタイルにオリジナリティーがありすぎて、米津玄師の楽曲以外の何物でもない感じになっている。

初めて恋をした時のような(あるいはいままでのそれとは明らかに異なり、これがおそらく初めて経験した本物の恋だというような錯覚かもしれない)切なさや狂おしさが都会的で洗練されたサウンドにのせて歌われているという一筋縄ではいかなさがとても良い。

Lemon (2018)

テレビドラマ「アンナチュラル」の主題歌としてリリースされ、オリコン週間シングルランキングで最高2位、Billboard Japan Hot 100では通算7週1位に輝いたのみならず、2018年度、2019年度と2年連続、平成から令和にまたがって年間1位を記録した。というか、おそらく21世紀以降で最も有名な日本のポップソングのうちの1つであろう。

大切な人が亡くなってしまったことによる深い悲しみや喪失感について歌われているのだが、これにはテレビドラマの内容や制作中に米津玄師の祖父が亡くなったことなども影響しているという。

けして明るくはない題材を扱ってはいるのだが、サウンド的にはコンテンポラリーなポップミュージックとしてのトレンド感もあり、それによって湿っぽくなりすぎていないようにも感じられる。

Flamingo (2018)

「TEENAGE RIOT」との両A面シングルとしてリリースされ、オリコン週間シングルランキング、Billboard Japan Hot 100において共に1位に輝いている。

トラックはミニマルなR&B調なのだが、どこか古風な日本語の歌詞であったり、演歌や民謡を思わせもする歌い方などが導入されていたり、咳払いやマイクチェックのようなボイスサンプルが用いられていたりと、情報量が驚異的でありながらコンパクトに凝縮されてもいる。

「宵闇に爪弾き」というフレーズからはじまるアウトロー感覚、酩酊状態をあらわしているようでもある「(フラフラフラ)フラミンゴ」というフレーズの中毒性などもとても良い。

海の幽霊 (2019)

アニメーション映画「海獣の子供」の主題歌として配信リリースされ、Billboard Japan Hot 100で1位に輝いた。後にシングル「馬と鹿」やアルバム「STRAY SHEEP」にも収録された。

打ち込み的なリズムと鍵盤楽器などをバックに歌われる壮大めなバラード曲なのだが、ボーカルに絶妙なエフェクトがかけられていて、これが楽曲に不思議な魅力をあたえている。間奏でのシンフォニックなサウンドもまたとても良い。

メインストリームのポップミュージックとしてかなりトリッキーなことをやっていながら、メジャーなタイアップソングとしてのニーズをもしっかりと満たし、当然のようにヒットまでさせてしまうという凄まじさが存分に味わえる楽曲だということができる。

馬と鹿 (2019)

テレビドラマ「ノーサイド・ゲーム」の主題歌としてリリースされ、オリコン週間シングルランキングで最高2位、Billboard Japan Hot 100では1位に輝いた。

池井戸潤の小説を原作とするドラマは大泉洋演じる主人公が勤務する会社の権力者に楯突いたことが原因で左遷された後、社内ラグビー部のゼネラルマネージャーとして奮闘するという内容であり、楽曲にも逆境に負けず突き進んでいく人間の心理状態を描写しているようなところがある。

ポップソングとしてはなかなか複雑でトリッキーなこともいろいろ行われていたりするのだが、ボーカルやアレンジの強度などによって、これを王道の大衆ポップソングとして成立させてしまっているところもかなりすごい。

この年、ラグビーワールドカップが初めて日本で開催されたこともあり、ラグビーブームが巻き起こったりもしていたのだが、この楽曲もそれと関連づけて聴かれたり、実際にタイアップ企画が行われたりもしていた。

パプリカ (2020)

米津玄師が「<NHK>2020応援ソングプロジェクト」による応援ソングとして作詞・作曲・プロデュースした楽曲で、小中学生5人から成るユニット、Foorin’のシングルとしてリリースされた。オリコン週間シングルランキングで最高16位、Billboard Japan Hot 100で最高5位という順位だけ見るとそれほど際立った大ヒット曲ともいえないような気もするのだが、実際には大衆的な流行歌としてかなり広く親しまれていた印象があり、第61回日本レコード大賞では大賞を受賞している。

米津玄師によるセルフカバーバージョンは翌年に配信リリースされ、後にアルバム「STRAY SHEEP」にも収録された。どこか懐かしさを感じさせながらサウンド的にはポップミュージックとして確実に新しく、それでいて普遍的な魅力にも満ち溢れている。

感電 (2020)

テレビドラマ「MIU404」の主題歌として配信リリースされ、オリコン週間合算シングルランキングで最高3位、Billboard Japan Hot 100で最高2位を記録した。翌月にリリースされたアルバム「STRAY SHEEP」にも収録され、そこからの先行トラックとしても認識されがちであった。

一般大衆的には「Lemon」の大ヒットなどによりしっとりとしたバラードの印象も強くなっていたのだが、この曲ではホーンが効果的に用いられたファンキーなサウンドと「稲妻のように生きていたいだけ 」といった勢いのある歌詞などが特徴的であった。

「正論と暴論の分類さえ出来やしない街」というフレーズに見られる批評性や犬や猫の鳴き声の用い方など、とにかく日本のポップミュージック界におけるトップアーティストとして、すべてにおいてキレッキレである。

Pale Blue (2021)

テレビドラマ「リコカツ」の主題歌としてリリースされ、オリコン週間シングルランキング、Billboard Japan Hot 100で、いずれにおいても1位に輝いた。

「ずっと ずっと ずっと 恋をしていた」という歌いだしではじまる純粋なラヴソングである。とはいえ、マーチやワルツのリズムが用いられている箇所があったり、随所に様々な工夫がなされている。3回ボツにされた挙句にやっと完成された楽曲らしく、それだけに情報量がすさまじい。

それでいてけして難解になってはいなく、ピュアでストレートなラヴソングとしてすんなりと聴き通すことができるという素晴らしさである。ちなみに恋の終わりについて歌われている曲ではあるのだが、それは実際には終わっているとは言い難く、それゆえにピュアでストレートなラヴソングなのであり、最後は「ずっと ずっと ずっと 恋をしている」と、過去形ではなく現在形で歌われている。

KICK BACK (2022)

テレビアニメ「チェンソーマン」のオープニングテーマ曲としてリリースされ、オリコン週間シングルランキング、Billboard Japan Hot 100で、いずれにおいても1位に輝いている。

King Gnuなどのメンバーである常田大希が米津玄師との共同編曲やギター、ベースで参加している。ドラムン・ベース的でもあるリズムトラックと、ミクスチャーロック的なポップ感覚、さらにはモーニング娘。「そうだ! We’re ALIVE」の引用(「努力 未来 A BEAUTIFUL STAR」)など、様々な要素が組み合わされ、まったく新しいポップソングとして結実している。

「幸せになりたい 楽して生きていたい」「ハングリー拗らせて吐きそうな人生」など、本能的欲求と理想との葛藤とでもいうような根源的な命題がテーマになっているようでもある。

LADY (2023)

日本コカ・コーラが販売している缶コーヒー、ジョージアのCMソングとして配信リリースされ、Billboard Japan Hot 100で最高2位を記録した。

それほど壮大ではなく、日常におけるなんとなく良い感じとでもいうべきものが表現されたような楽曲で、イメージは午前10時だという。

このようにわりとリラックスしたタイプの楽曲であってもハイクオリティーなものをつくり上げてしまうところがまたすごすぎるといえるわけだが、この曲の主題が「あの頃みたいに恋がしたい」「子供みたいに恋がしたい」であるところも、またとても好ましい。

地球儀 (2023)

宮崎駿監督のアニメーション映画「君たちはどう生きるか」の主題歌としてリリースされ、Billboard Japan Hot 100で最高2位を記録した。

壮大なスケールが感じられるのと同時に、音楽的にはあまりトリッキーなことをやっていないというか、わりとシンプルな印象を受ける。それだけに楽曲とボーカルの魅力がストレートに伝わるということもできる。

けして明るいことばかりではない、というかむしろ暗いことだらけのご時世において一般大衆的な支持をも受け続けるのには必然性もあり、「この道が続くのは 続けと願ったから」というフレーズにそれを感じたりもする。