ウェット・レッグ「Wet Leg」アルバム・レヴュー
イギリスはワイト島出身のインディー・ポップ・デュオ、ウェット・レッグのデビュー・アルバム「Wet Leg」が2022年4月8日にリリースされた。2021年のデビュー・シングル「Chaise Longue」がバイラルヒットとなり、一躍注目されることにもなったのだが、ここでも「2021年間ベスト・ソング50」において、オリヴィア・ロドリゴ「good 4 u」に次ぐ2位に選んでいた。女性2人組によるクールでアイロニックなインディー・ロックというのが実に印象的で、曲そのものもキャッチーで良かった。「ママ、パパ、私を見て。学校に行って、学位も取りました」という歌い出し、そして、特に学校に行って学位を取ったくだりが繰り返される。ビデオには同じような服装をした2人が映っているのだが、そのうちの1人は帽子で顔をずっと隠しているのだが、ものすごく激しく踊る。ここにひじょうに興味をひかれた。
次のシングル「Wet Dream」もキャッチーとても良かったのだが、この曲の歌詞には映画「バッファロー66」が出てきたり、ミュージックビデオはなぜかロブスターをテーマにしているようなよく分からないものになっている。「Chaise Lounge」のビデオで顔を見せていなかった方のメンバーも、ここでは顔を見せているほか、髪の長い男性が3名出演している。ウェット・レッグはリアン・ティーズデイルとヘスター・チャンバーズの2人組だが、ライブやレコーディングに、はエリス・デュランド、ヘンリー・ホルムス、ジョシュア・オミード・モバラキという3名のミュージシャンが参加しているようである。そして、ライブやミュージックビデオなどを見る限り、彼らもまたウェット・レッグのユニークなユーモアセンスやポップ感覚を共有しているように思える。それは、さらにまた次のシングルとしてリリースされた「Too Late Now」のビデオを見ると、より明確になってくる。
ウェット・レッグの作品はアークティック・モンキーズやフランツ・フェルディナンドなどでも知られる、イギリスの名門インディー・レーベル、ドミノからリリースされているわけだが、その音楽性もまたそれに相応しく、ブラー、ブロンディ、エラスティカ、ザ・クリブスなどが参照点として思い浮かんだ理もする、インディー・ポップ・エリート的なものである。ポップでキャッチーであるのと同時に、クールでセクシーでフェミニンでもあるところが特徴だろうか。ウェット・レッグというバンド名そのものにも特に意味はなく、深い意味を持ちすぎないようなものを選んだのだという。確かに軽やかさのようなものがウェット・レッグの音楽でありイメージを特徴づけてもいるのだが、真髄はその奥底にある暗のようなものなのではないかと、実は感じたりもしている。それがひじょうに現れているのがこの「Too Late Now」という曲であり、これがデビュー・アルバム「Wet Leg」には最後の曲として収録されているのも、なにやら象徴的であるように思える。
ウェット・レッグそのものは2019年に結成され、今回のこれがデビュー・アルバムなのだが、メンバーのリアン・ティーズデイルとヘスター・チャンバーズは学生時代からの友人同士で、それぞれ別々に音楽活動はしていたようである。そして、もうすでにわりと大人であり、それが「Too Late Now」という曲にもつながってくる。こういったタイトルのポップソングといえばキャロル・キングの「It’s Too Late」が思い出されたりもするのだが、これは個別の恋愛についてのもう遅すぎる感ではなく、トータル的な人生そのもののことについて歌っているように思える。
こういったインディー・ポップとかニュー・ウェイヴ、あるいは他のオルタナティヴ的な音楽ジャンルなどでもそうだと思うのだが、アンチエスタブリッシュメントというのか、人生における当たり前的なルールからはわざと外れて、好きなことを好きなようにやっていくところに良さがあり、そこが憧れられたりもするわけだが、一方でどんどん道を外れていってしまう的な不安のようなものも、あえてやっているとはいえ、正味の話、あると思うのである。こういった感覚は、現在の様々な環境において生きる人たちにとっても、程度に差こそあれ共感されがちなものなのではないだろうか。
ポップ・ミュージックはかつてティーンエイジ・アングストこと10代の苦悩のようなものをテーマにすることが多く、それは当時のメインのターゲットとマッチしていたからであろう。そして、ウェット・レッグの音楽にはトウェンティー・サムシング・アングストとでもいうのか、もう少し年上の苦悩がヴィヴィッドに描かれているような印象も受ける。そうなると、まとっている軽やかさのようなものにも、意味の濃さというのか深い味わいのようなものが感じられたりもしてくる。「It’s Too Late」は特にそのような曲であり、マッチングアプリを試してみても自己肯定感が下がるだけであり、こんな時にはラジオもMTVもBBCも役には立たず、ただバブルバスに浸かって心を整えようというようなことが歌われている。そして、すべてはもう遅すぎるのだから、手を握り合ったままダウンタウンをドライブして、車ごと海に飛び込むというイメージについて歌われる。これには、ザ・スミス「There’s A Light That Never Go Out」が思い浮かんだりもするのだが、世界はなんて悲惨なのだろうというようなことが歌われているにもかかわらず、やはりけして重くなりすぎていないところがウェット・レッグのすごいところであり、いま必要とされている感覚なのかもしれないと思わされたりもする。
そういったわりとシリアスなテーマが取り上げられてもいる「Too Late Now」なのだが、ビデオでは男性のサポートメンバー的な人たちも含め、かなり奇妙なポップさが強調されている。たとえばスーパーマーケットで売られているキュウリを凝視した後、購入にいたるのだが、そこにはどこかエロティックな匂わせが感じられたりもする。ところがそれを輪切りにしたかと思うと、目にハメてゾンビのように街を徘徊したりもする。メンバーによってこの曲は、夢遊病のまま大人になることについて歌われている、ともいわれている。
アルバム・タイトルが「Wet Leg」で、デビュー・アルバムにしてセルフ・タイトルというのがなかなか良いなとは感じたのだが、新しく公開された写真などにもメジャー感のようなものが漂いはじめている。アルバムジャケットが抱き合う2人の姿が後ろから撮影された写真になっていて、これもまたシスターフッド的なものが感じられたりもして、とても良いと思った。ライブの後で気分がひじょうに高まっているところが撮影された写真らしく、これはジャケットに相応しいのではないかと思い、選ばれたのだという。12曲入りで37分間というサイズ感もちょうどいい。
「Chaise Loungue」というバイラルヒット曲のインパクトは強く、アルバムで聴いても未来のインディー・アンセム的なポテンシャルは感じる。しかし、それだけではなく、より繊細でありながらポップでキャッチーで、実はわりと深くもあるような曲も含め、バラエティーにもとんでいる。期待のニューカマーというような、これまでに何度となく見てきた感じの最新版としてもひじょうに楽しめるのだが、それだけに止まらず、しっかりと時代が求める空気感というのか、そういったものをも持ち合わせてきて、このタイミングであらわれてきたことの必然のようなものが感じられたりもする。