「星くず兄弟の伝説」
映画「星くず兄弟の伝説」は、1985年6月15日に公開された。ジャンルに分類するならば、いわゆるロック・ミュージカルということになるのだろうか。漫画の神様、手塚治虫の息子にして新進気鋭の映像クリエイターとして注目された手塚眞の商業映画としては初監督作品で、原作は近田春夫の1980年のアルバム「星くず伝説の伝説」であった。配給は当時の若者文化をリードしていた、西武・セゾングループのシネセゾンである。個人的にこの映画のことは雑誌「宝島」で知り、西友巣鴨店のチケットセゾンで前売券を買って、ステッカーのようなものをもらったような気がする。そして、新宿歌舞伎町の映画館で見たように記憶しているのだが、いまとなっては定かではない。高校を卒業し、東京で一人暮らしをはじめてからそれほど経っていない頃で、新宿歌舞伎町を歩くにあたっては緊張を禁じえなかったはずなのだが、あれがこの映画を見た時だったかどうかについては、なんとなくあやふやになっている。
とにかくとてもおもしろい映画であった。完全なるエンターテインメント作品であり、しみったれていたり真面目すぎるところが一切ないところが、個人的にはとても気に入った。80年代だが、まだバブル景気に踊ってはいない。未来はなんとなく明るく、マイルドな知的カルチャーがトレンドでもあった。この作品についてはアイデアで勝負しているようなところもひじょうに強く、映像的にはSFXやアニメーションを駆使していたりもするのだが、まったく大袈裟になってはいない。原作の近田春夫というのが、ブライアン・デ・パルマ監督によるカルト・クラシック的な映画作品「ファントム・オブ・パラダイス」にインスパイアされ、架空の映画のサウンドトラックとしてつくられたものだが、それを実際に映像化してしまったのがこの作品ということになるのだろう。ちなみに、この原作となった近田春夫のレコードだが、それほどヒットはしなかったとはいえ、ラジオでCMスポットが流れているのを聴いたことがあったり、旭川のミュージックショップ国原レベルのレコード店でもちゃんと在庫されていた。ジャケットは女性週刊誌の表紙をイメージしたもので、なかなか強いインパクトがあった。
主役のスターダスト・ブラザースを演じているのは、久保田しんごと高木一裕である。いずれも東京のライブシーンで活動するミュージシャンだったが、一般大衆的にそれほど知名度があるわけではなかったと思う。久保田しんごはニュー・ウェイヴ・バンド、8 1/2を解散後、サニー久保田&クリスタル・ヴァカンスを結成していた。このバンドのことは「よい子の歌謡曲」の記事で見たことがあり、少し気になっていたのであった。高木一裕はブラボー鈴木らと東京ブラボーというとてもカッコいいバンドをやっていた。いずれも、渋谷センター街にあったニュー・ウェイヴ喫茶、ナイロン100%に出入りしていたという。ニュー・ウェイヴ少女のカリスマで、80年代前半にはテレビやグラビアにも進出していた戸川純も、やはりこのナイロン100%の常連であり、「星くず兄弟の伝説」にも少しだけ出演しているのだが、その妹である戸川京子が、スターダスト・ブラーザーズのファンクラブ会長、マリモ役で圧倒的な輝きを見せている。
芸能プロダクションの社長、アトミック南を演じている尾崎紀世彦もまた、素晴らしい歌声を聴かせ、重厚な存在感がひじょうに印象的である。この作品が公開された翌年、近田春夫はラッパー、PRESIDENT BPMとしてもレコードをリリースするのだが、さらにその翌年にリリースされた3枚目のシングル「Hoo! Ei! Ho!」では、尾崎紀世彦の不朽の名曲「また逢う日まで」の印象的なイントロを引用してもいた。「星くず兄弟の伝説」において、高木一裕が演じていた役名はカンだったが、その後、高木完という名前になり、DJの藤原ヒロシとTINNIE PUNXを結成、PRESIDENT BPMのレコードにも参加したり、スチャダラパーのデビュー・アルバム「スチャダラ大作戦」をプロデュースするなど、日本のヒップホップ黎明期において、重要な役割を果たす。
ライブハウスの楽屋にシーナ・イーストンや大滝詠一「EACH TIME」のポスターなどが貼られているのもとても良い。スターダスト・ブラザーズがスターになっていく過程が「若者達の心にしみる歌の数々」「強敵アトミック」といった名曲に乗せてダイジェストで描かれるのだが、「笑っていいとも!」や「ザ・ベストテン」かと思いきや「オレたちひょうきん族」の「ひょうきんベストテン」、当時の流行雑誌の表紙や原宿の代々木公園が出てきて、80年代テイスト満載である。60年代のビートルズさながらに大勢のファンに追いかけられるのだが、ヒッピー風のストリートミュージシャン役で近田春夫がカメオ出演しているところもかなり良い。マネージャーのような役で出演しているのは、「金魂巻」という本を大ヒットさせ、一億総中流といわれた時代にそれでも実在する階層差を可視化して「〇金・〇ビ」を流行語にしたナベゾこと渡辺和博である。
ガードマン役として爆風スランプのサンプラザ中野が出演しているのだが、レコードデビュー翌年で「Runner」がヒットするよりも数年前の当時は、サブカル的な人気もまあまあ高かった。渋谷陽一が「ロッキング・オン」や「サウンドストリート」で大絶賛し、1984年末のリスナーが選ぶ人気投票的な企画では常連のRCサクセションを抜いて1位に輝いたりもしていた。個人的には上京して東京で一人暮らしをはじめてからそれほど経っていなかった頃、やはり西友巣鴨店のチケットセゾンで、一橋大学の小平祭とかいうので行われた爆風スランプのライブのチケットを購入して見にいったところ、オープニングアクトとしてデビュー前の米米クラブが出演していて、お得な気分になったりもした。
芸能プロと政界の癒着というようなきな臭いネタも扱われているのだが、御曹司のアーティストで敵役でもある虹カヲルをDER ZIBETのISSAYが演じている。プロダクションが雇ったギャング団の役で景山民夫、高田文夫、中島らもといった放送作家、川崎徹、森本レオ、新井素子、前田日明、黒沢清といった人たちも少しだけ出演している。あと、当時はまったく無名だったと思われるのだが、高野寛や後にオリジナル・ラヴに参加する宮田繁男なども出演している。
この作品がとてもおもしろく、東京で一人暮らしをはじめたばかりで友達もまだほとんどいないような状況で、心の潤いとしてひじょうに大きな働きをしたわけだが、すぐにサウンドトラックアルバムやビジュアルブック的なものまで買った。この作品は音楽もとても良いのだ。この辺りも「ファントム・オブ・パラダイス」に影響を受けただけのことはある。特にけだるげな「モニター」などは特に個人的には好みだったのだが、もちろん終盤でひじょうに盛り上がる「クレイジーゲーム」やクライマックスの「往年のバラード」などもとても良い。このアルバムはアナログレコードで発売され、しばらくCD化すらされていなかったのだが、2018年にはストリーミングサービスでも聴けるようになったので、とても助かっているし、長生きはするものである。しかも、サウンドトラックアルバムには収録されていなかった曲まで入ったコンプリート・エディションとでもいうべき内容である。特に久保田しんごの歌謡曲チックな「赤坂あたり」が入っているのが、個人的にはとてもうれしい。これは続編にあたる「星くず兄弟の新たな伝説」の公開に際してであり、井上順、夏木マリ、野宮真貴なども参加したこちらのサウンドトラックも共に収録されている。
80年代懐古的コンテンツがふるい落としてしまったような時代感覚の砂の粒のようなものが、この作品にはヴィヴィッドに記録されていて、この辺りの気分を知りたいナウなヤングなどにとっても資料としてなかなか貴重ではないかというような気がする。それで、地方都市の中高生として憧れていた東京というのはこの作品のようなものでもあったわけだが、大学生になるとバブル景気に突入していったこともあり、どんどんそうではなくなっていき、気がつくとすっかり無くなっていたようにも思える。とはいえ、東京でこの作品をリアルタイムで見ることにギリギリ間に合えたことは、なかなか良かったのかもしれない。戸川京子が歌うアイドル歌謡「マリモの気持ち」がオールディーズ調のとても良い曲なのだが、この年にブレイクしたおニャン子クラブ「真赤な自転車」に通じるフィーリングも感じられる。