トーキング・ヘッズ「フィア・オブ・ミュージック」について

トーキング・ヘッズの3作目のアルバム「フィア・オブ・ミュージック」は、1979年8月3日にリリースされた。ポップ・ミュージック界ではポスト・パンクとディスコ・ミュージックが盛り上がった年という印象が強いのだが、トーキング・ヘッズの数あるアルバムの中でも、特にポスト・パンク的な要素が強いような気がする。「NME」ではこの年の年間ベスト・アルバム1位に選んでいるのだが、2位以下はパブリック・イメージ・リミテッド「メタル・ボックス」、ジョイ・ディヴィジョン「アンノウン・プレジャーズ」、ザ・ジャム「セッティング・サンズ」、ギャング・オブ・フォー「エンターテインメント」などとなっていて、ザ・クラッシュ「ロンドン・コーリング」は8位である。

全米アルバム・チャートでは最高21位、全英アルバム・チャートでは最高31位を記録しているのだが、前作「モア・ソングス」よりもアメリカでは8ランク高く、イギリスでは10ランク低い。「モア・ソングス」からはアル・グリーン「テイク・ミー・トゥ・ザ・リヴァー」が全米シングル・チャートで最高26位と初のトップ40ヒットを記録していたが、「フィア・オブ・ミュージック」からカットされたシングルの最高位は「ライフ」で記録した80位であった。トーキング・ヘッズはアートスクール出身のメンバーによって結成され、ラモーンズやブロンディなどと同じく、ニューヨークのパンクシーンを拠点に活動をしていた。伝説のライブハウス、CBGBにも出演していた。インテリ的なイメージが特徴的であり、デヴィッド・バーンの痙攣的ともいえるパフォーマンスは都市生活における不安や神経症をあらわしているようでもあった。

最初のアルバム「サイコ・キラー’77」から「サイコ・キラー」がヒットし、といっても全米シングル・チャートでの最高位は90位だったのだが、当時のニューヨークで実際に発生し、市民を震えあがらせていた連続殺人事件との関連で認識されてもいたようである。この事件はスパイク・リー監督の映画「サマー・オブ・サム」の題材にもなっているが、トーキング・ヘッズは特にそれを意識して「サイコ・キラー」をつくったわけではなかったらしい。また、ザ・フールズというバンドが「サイコ・キラー」をパロディーにした「サイコ・チキン」というシングルをリリースして、そこそこ話題になっていたような気もするのだが、全米シングル・チャートにはランクインしていなかったようである。

そして、2作目のアルバム「モア・ソングス」からはブライアン・イーノをプロデューサーに迎え、より音楽性の幅が広がっていく。ブライアン・イーノのプロデュースは「フィア・オブ・ミュージック」を経て、その次の「リメイン・イン・ライト」まで続くのだが、それ以降はバンド自身のセルフ・プロデュースとなる。1981年にメンバーのクリス・フランツとティナ・ウェイマスが結成したユニット、トム・トム・クラブがひじょうに受けて、日本では「おしゃべり魔女」がオリコン週間シングルランキングで37位まで上がったりもしていた。この時点で日本の中高生あたりには、トーキング・ヘッズよりもトム・トム・クラブの方が有名だったかもしれない。それはそうとして、ブライアン・イーノのプロデュースで最後にリリースされたアルバム「リメイン・イン・ライト」がアフロ・ビートやファンクを大胆に取り入れた画期的な作品として高く評価され、トーキング・ヘッズの最高傑作であるのみならず、オール・タイム・ベスト的なリストなどにも圧倒的に挙げられがちである。それだけに、その前作にあたる「フィア・オブ・ミュージック」にはやや影が薄くなりがちなところもある。ジャケットアートワークも基本的に真っ黒にエンボス加工がほどこされ、緑色でバンド名とタイトルが記載されている。

アルバムの1曲目に収録された「イ・ズィンブラ」ではアフロ・ビート的なリズムとファンク的な演奏が導入されていて、後に「リメイン・イン・ライト」に繋がっていく精神性と肉体生徒の絶妙なバランスのようなものが、すでに完成しかけているように感じられる。この曲にはロバート・フリップがギタリストとしてゲスト参加している。歌詞はダダイスト、フーゴ・バルの詩をベースにしている。この独特のノリがたまらなく良く、このアルバムの印象を決定づけているような気もするのだが、全体的には前作の延長線上にあるような楽曲も少なくはない。それでもリズムにたいしての意識の高さや、デヴィッド・バーンのボーカリストとしての表現力が増していたりと、バンドの実力や個性とブライアン・イーノのプロデュースワークとが、有機的に機能しているような気がひじょうにする。

アルバムとしての完成度ということになると、この次の「リメイン・イン・ザ・ライト」の方が圧倒的に高いのだが、そこに至る過程における実験精神や勢いのようなものが感じられ、風通しが少し良いような気もする「フィア・オブ・ミュージック」もかなり良いということができる。