ローリング・ストーンズ「黒くぬれ!」

ローリング・ストーンズのシングル「黒くぬれ!」は1966年5月7日にアメリカ、5月13日にはイギリスでリリースされ、共にシングル・チャートの1位に輝いている。ローリング・ストーンズにとって、アメリカでは「サティスファクション」「一人ぼっちの世界」に続く3曲目、イギリスでは「イッツ・オール・オーヴァー・ナウ」「リトル・レッド・ルースター」「ザ・ラスト・タイム」「サティスファクション」「一人ぼっちの世界」に続く6曲目のシングルであった。アメリカではアルバム「アフターマス」の1曲目に収録されたが、イギリスではオリジナル・アルバムに収録されなかった。

原題は「Paint It Balack」だが、当初は「Paint It, Black」と、「It」と「Black」との間にカンマが入っていた。これはレーベルの意向だったということなのだが、これだと「塗れ、ブラック」という意味にも取ることができて、人種差別的な色合いをも帯びてくる。しかし、実際に曲の内容は「黒くぬれ!」という邦題こそが正しく当てはまるようなものであるため、現在では「Paint It Black」とカンマを入れない原題で扱われることが多い。赤いドアを見ると黒く塗りたくなる、色なんてもうどこにもない、全部黒くなればいいと思う、というような歌い出しではじまる、何とも救いようのない内容であり、それにブライアン・ジョーンズのシタールをフィーチャーしたオリエンタルでサイケデリックなサウンドがよく合っている。ローリング・ストーンズのダークなイメージを決定づけるのに重要な役割を果たしたのではないかとも思えるのだが、当時、個人的には生まれてすらいないので実際のところはよく分からない。

リアルタイムでローリング・ストーンズの音楽を聴いたのは1981年の「刺青の男」からだったが、「ミス・ユー」「エモーショナル・レスキュー」などはそれと知らずにラジオで聴いた覚えがある。たまたま当時、周囲ではビートルズは優等生的な人たちが聴き、ローリング・ストーンズは不良的な人たちが聴くものというような、ざっくりとしたコンセンサスができていたような気がする。しかも、身近にポップ・ミュージックというのはだいたいにおいて程度が低くくだらないもので、クラシック音楽こそが至高なのだが、ビートルズだけは例外的に認めることができる、というようなことを言っているいけすかない男がいて、その影響でビートルズをちゃんと聴くのが少し遅れた。また、不良的な人たちの方がなんとなくモテそうだったという、一般的には不純なのだが個人的には純粋な理由で、ローリング・ストーンズの方に先に夢中になった。それで、なけなしの小遣いからローリング・ストーンズの昔のレコードを買おうとするのだが、ヒット曲がたくさん入っていた方がなんとなくお得そうなので、おそらく日本で独自に編集されたであろうよく分からないベスト・アルバムを西武百貨店旭川店のディスクポートで買ったのだった。

「ザ・ローリング・ストーンズ・グレイテスト・ヒッツ」というタイトルで、A面が「夜をぶっとばせ」「サティスファクション」「ザ・ラスト・タイム」「一人ぼっちの世界」「黒くぬれ!」」タイム・イズ・オン・マイ・サイド」「テル・ミー」、B面が「ホンキー・トンク・ウィメン」「ハート・オブ・ストーン」「シーズ・ア・レインボー」「ジャンピン・ジャック・フラッシュ」「19回目の神経衰弱」「アズ・ティアーズ・ゴー・バイ」「レディ・ジェーン」という選曲であった。これらの収録曲は、オリジナル・バージョンではこのアルバムで初めて聴いたものがほとんどだったのだが、「黒くぬれ!」の黒い魅力は、当時から突出しているように感じられた。何もかも黒く塗りつぶしてしまいたい、というような歌詞については、中二病的なマイルドな厭世感とも相性がよく、そのような気分にひたりたい時に役立ったような記憶がある。しかし、大人になっていくと、この曲が恋人を失い、深い悲嘆に暮れているというシチュエーションを歌ったものだという解釈ができるようになっていった。

クレジットはミック・ジャガーとキース・リチャーズということになっているのだが、実際にはリハーサル時にビル・ワイマンが弾いていたハモンドオルガンのフレーズにチャーリー・ワッツがリズムを付け、ブライアン・ジョーンズがシタールでメロディーをつくっていったようなところもあり、メンバー全員で完成させたということができる、とビル・ワイマンが自伝で記している。ブライアン・ジョーンズによるシタールの導入は、この前年にリリースされたビートルズ「ラバー・ソウル」収録曲の「ノルウェーの森」にインスパイアされたのではないかともいわれていた。しかし、ビートルズのジョージ・ハリスンが導入したシタールには主にオリエンタリズムが感じられるのに対し、ブライアン・ジョーンズのそれにはより不吉で不穏な感じが漂っているところが、またたまらなく良い。

ブライアン・ジョーンズはローリング・ストーンズのサウンド面を担う中心的なメンバーではあったのだが、少しずつ求心力を失っていき、ドラッグに溺れたり恋人であった女優のアニタ・パレンバーグがキース・リチャーズと付き合うようになるなどを経て、1969年6月8日にはミック・ジャガーとキース・リチャーズの要望によりバンドを脱退、翌月の7月3日には自宅のプールの底に沈んでいるところが発見され、そのまま亡くなってしまった。この翌年にはジミ・ヘンドリックス、ジャニス・ジョプリン、翌々年にはドアーズのジム・モリソンが若くして亡くなるのだが、その年齢がいずれもブライアン・ジョーンズと同じく27歳だったことから、27クラブなどとも呼ばれるようになる。この27クラブには、1994年にニルヴァーナのカート・コバーン、2011年にはエイミー・ワインハウスも加わっている。

「黒くぬれ!」はベトナム戦争の悲惨さをあらわしているという解釈もあり、スタンリー・キューブリック監督の戦争映画「フルメタル・ジャケット」のエンディングに使われたり、やはりベトナム戦争をテーマにしたアメリカのTVシリーズ「Tour of Duty」のオープニングテーマ曲に起用されたりもした。これ以外にも「ディアボロ/悪魔の扉」など、サウンドトラックにはいろいろ使われている。また、多くのアーティストによってカバーもされていて、U2、エコー&ザ・バニーメン、ディープ・パープル、イングウェイ・マルムスティーン、W.A.S.P.、マイティ・レモン・ドロップス、ヴァネッサ・カールトン、エリック・バードン&ウォーなどのバージョンはその一部である。日本ではRCサクセションの「カバーズ」でもカバーされていて、忌野清志郎による日本語詞はオリジナルのコンセプトを生かしながらも、「笑わせんじゃねぇ 笑いたくねぇ イモなドラマは見たくもねぇ」「イロもエロもテロも関係ねぇ」など、ユニークな言語感覚が冴えまくっている。