リナ・サワヤマ「ホールド・ザ・ガール」【Album Review】
リナ・ワサヤマの2作目のアルバム「ホールド・ザ・ガール」が、2022年9月16日にリリースされた。最初のアルバム「SAWAYAMA」が新型コロナウィルス禍真っ只中の2020年4月17日発売だったので、約2年5ヶ月が経っているわけだが、長かったのか短かったのかよく分からないことになっている。とりあえずカーディ・B&ミーガン・ジー・スタリオン「WAP」やBTS「ダイナマイト」がヒットするよりは少し前だったということになる。
新潟生まれロンドン育ちで、The 1975やビーバドゥービーなどと同じダーティ・ヒット所属ということで話題性はひじょうにあり、アルバム「SAWAYAMA」も高評価であった。その後、エルトン・ジョンやレディー・ガガに認められ共演したり、憧れの宇多田ヒカルと邂逅を果たしたりする。今回の「ホールド・ザ・ガール」などは超人気アーティストの待望の新作レベルの期待のされ具合である。そして、それにじゅうぶんに応える素晴らしいアルバムになっている。それにしてもメジャーなポップスになっていて、「SAWAYAMA」収録の「STFU!」などに特徴的だった00年代のニューメタル的要素は完全に払拭されているように思える。全体的にオルタナティヴ的なエッジが後退し、最新型のポップスとしての本質が超太文字で主張をしている印象である。
あとは、「SAWAYAMA」には東京の地名がタイトルに入っていたり、内容でもそれを感じさせる曲があったりもしたのだが、今回の「ホールド・ザ・ガールズ」にはそれも無くなっているように思える。つまり、記名性が薄れたのかというと、そんなことはまったくなく、むしろもっと明確に濃密になっているということもできる。先行シングルとしてもリリースされていた「ディス・ヘル」はハウス・ミュージックからEDMまで、ダンス・ミュージックの良いところを凝縮してアップデートしたうえに、ロック的なカタルシスさえまぶしたようなとても素晴らしいポップソングなのだが、「This hell is better with you」と歌われているように、われわれがいるこの場所は紛れもない地獄のようなものなのだという認識がしっかりとあり、それについてはどうすることもできない、その前提に立っているところがきわめて現在的である。具体的にはセクシャル・マイノリティにとっての周囲といったところがテーマになっているとは思えるのだが、あらゆるタイプの人々にとって、いま生きているこの世界をある意味における地獄だととらえることは比較的簡単というか、不可避であるといっても過言ではないため、この曲には汎用性があるように思える。歌詞ではブリトニー・スピアーズ、ダイアナ元妃、ホイットニー・ヒューストンにも言及されている。
この曲にはABBA「ギミー・ギミー・ギミー」に似ているとされているところがあり、それで問題になりかねなかったのだが、エルトン・ジョンが間に入って解決してくれたのだという。エルトン・ジョンは若手アーティストなどに連絡先を教え、何か困ったことがあれば相談してほしいというようなことをよく言っているようである。リナ・サワヤマが今回の件でエルトン・ジョンを頼ったのはそれがあったからなのだが、実はリナ・サワヤマのカバーストーリーがアップロードされた週の「NME」では別の記事でキーンのトム・チャップリンがエルトン・ジョンについてまったく同じことを言っている。
リナ・サワヤマはインタヴューにおいて、はっきりと詳細については説明していないが、精神的にひじょうにダメージを受けるような体験をしてもいて、物事をそれ以前のようには感じられなくなったりもしているという。このあたりが「ディス・ヘル」という世界認識に説得力をあたえているようにも思える。
アルバムの2曲目に収録されたタイトル曲「ホールド・ザ・ガール」なども最新型のポップスを志向したような楽曲でとても良く、リナ・サワヤマの現在地をたった1曲だけで知ろうとするならばこの曲かもしれないというレベルではあるのだが、今回のアルバムにおいてリナ・サワヤマはやはりこれだけではない多彩な音楽性において魅力をじゅうぶんに発揮してもいる。
たとえば、「センド・マイ・ラヴ・トゥ・ジョン」はカントリー的な楽曲であり、本来はもっとメインストリーム的なポップスをやっているアーティストが、ちょっとスパイス的にこういったタイプの音楽もやってみたというようなものではなく、リナ・サワヤマというアーティストの新たな可能性を開拓したということができる。こういったタイプの音楽を歌ってもボーカリストとしてかなり魅力的であるということが発見できたのみならず、テーマがひじょうに新しく、この時代に歌われる必然性も感じられる。要はセクシャル・マイノリティーの息子を持つ親が無理解から厳しくあたり、息子は家を出ていってしまったのだが、時間が経った後に親から過去のことを謝る連絡がくるというような内容である。
「ディス・ヘル」「フランケンシュタイン」には、人気プロデューサーのポール・エプワースがかかわっている。アデルのプロデュースなどでよく知られているが、00年代半ばにはブロック・パーティ、ザ・フューチャーヘッズ、マキシモ・パークといったイギリスのニュー・ウェイヴ的なインディーロックバンドのプロデューサーとしても活躍した。リナ・サワヤマが今回、ポール・エプワースに求めたのはこちらの側面でもあり、ブロック・パーティーの元ドラマーであるマット・トンが参加したりもしている。
アルバムの最後に収録された「トゥ・ビー・アライヴ」はここまででもじゅうぶんに情報量や強度がすさまじいにもかかわらず、ここにきて実にスペクタクル的でアップリフティングな大団円にふさわしい楽曲となっている。ケリー・クラークソン、コアーズ、パラモア、マドンナ、テイラー・スウィフト「フォークロア」などからも影響を受けたといわれる「ホールド・ザ・ガール」は、それでも現在のリナ・サワヤマでしかありえない、2022年における新しいポップスを実現しているということができる。