RCサクセション「カバーズ」【Classic Albums】

RCサクセションのアルバム「カバーズ」は1988年8月15日に発売され、オリコン週間アルバムランキングで1位に輝いた。当初はこの年の8月6日、広島平和記念日に当時の所属レーベルであった東芝EMIから発売される予定だったのだが、結果的には8月15日に以前の所属レーベルであったキティレコードから発売されることになった。「カバーズ」は洋楽の様々な楽曲を日本語でカバーしたアルバムなのだが、その日本語詞には原曲にわりと忠実なものもあれば、かなり内容が変わっているものなどもあった。そして、先行シングルとしてリリースされたエルヴィス・プレスリー「ラヴ・ミー・テンダー」やエディ・コクラン「サマータイム・ブルース」のカバーについては、日本語詞に原曲には無い原子力発電所についての言及があった。

1986年4月26日に発生したチェルノブイリ原子力発電所事故をきっかけに、原子力発電の危険性についての世論が盛り上がっていったのだが、日本では広瀬隆「危険な話 チェルノブイリと日本の運命」が若者たちにも広く読まれるなどして、広まっていったような印象がある。RCサクセションによるカバーアルバムという構想はそれ以前からあったようなのだが、そのうちのいくつかの曲において、トピックとして原子力発電所の問題が取り上げられたのだった。

しかし、東芝EMIの親会社である東芝は原子力発電所のメーカーでもあったことから、原子力発電所はいらないというような主張を含む楽曲を発売することができないという話になる。一部の楽曲をカットして発売するのはどうかという案も提示されたようなのだが、これを飲むこともできず、発売中止が決定した。新聞には「上記の作品は素晴らしすぎて発売出来ません」という異例の広告が掲載されることになった。

その後、キティレコードから発売されることになるのだが、たとえばエルヴィス・プレスリー「ラヴ・ミー・テンダー」の歌いだし、「Love me tender, love me sweet Never let me go」というのは、「やさしく愛して、甘く愛して、僕を離さないでおくれ」というような意味だと思うのだが、RCサクセションのカバーバージョンにおける忌野清志郎の日本語詞だと「何言ってんだー ふざけんじゃねー 核などいらねー」となる。さらには、「たくみな言葉で一般庶民をだまそうとしても ほんの少しバレてるその黒い腹」というようなフレーズもある。いかにも忌野清志郎らしい辛辣さであり、これはけしてこの作品に限ったことではないのだが、やはり発売元が当事者となると発売できないほどの素晴らしさだったのかもしれない。

「サマータイム・ブルース」には泉谷しげるも参加していて、ひじょうに勢いが感じられるのだが、他にはおニャン子クラブの会員番号16番、高井麻巳子の声も聞くことができる。以前からRCサクセションのファンであることを公言していたことから参加に至ったと思われるのだが、この年は4月29日によみうりランドEASTでファンクラブ結成記念コンサートを開催するものの、その約1ヶ月後に秋元康との結婚、芸能界引退を発表するという阿鼻叫喚案件があったばかりであった。この「ラヴ・ミー・テンダー」と「サマータイム・ブルース」がカップリングで収録したシングルはオリコン週間シングルランキングで最高10位を記録し、RCサクセションにとっては1982年の「SUMMER TOUR」以来のトップ10ヒットなった。

また、この年にはやはり原子力発電所の問題をテーマにした佐野元春「警告どおり 計画どおり」がオリコン週間シングルランキングで最高9位、ザ・ブルーハーツ「チェルノブイリ」が最高55位を記録していた。

発売中止問題が話題になったことから、いわゆる反原発的な楽曲ばかりに注目があつまりがちだが、全体的に洋楽の様々な名曲をRCサクセション的にカバーして、豪華ゲスト陣もいろいろ参加した楽しいロックアルバムである。とはいえ、バリー・マクガイア「明日なき世界」、ボブ・ディラン「風に吹かれて」、ジョン・レノン「イマジン」といった楽曲のカバーを収録していることによって、ややプロテストソング的で平和を希求するテイストは全体的にある。ジョニー・リヴァース「シークレット・エージェント・マン」のカバーでは、1987年に発生した大韓航空機爆破事件をテーマにしていて、実行犯である金賢姫の音声が実際に使用されてもいる。それにしても、同じ楽曲に坂本冬美とジョニー・サンダースがゲスト参加しているというのもすごい。坂本冬美は後に忌野清志郎、細野晴臣と共にHISのメンバーとしても活動することになる。

ローリング・ストーンズ「黒くぬれ!」の日本語詞はわりと原曲の内容に忠実だが、「笑わせんじゃねぇ 笑いたくねぇ イモなドラマは見たくもねぇ」などという辺りに忌野清志郎らしさが感じられたりもする。RCサクセションの初期メンバーだったことでも知られる三浦友和もいくつかの楽曲で参加しているのだが、オーティス・レディング「ドック・オブ・ベイ」の日本語詞は不採用だったようだ。他には金子マリ、山口冨士夫、ちわきまゆみ、そして、Isuke Kuwatakeこと桑田佳祐が参加している。

作品も陽の目を見たうえにヒットもして、一般的にはわりと良かったのではないかというムードだったのだが、「ロッキング・オンJAPAN」の渋谷陽一による2万字インタヴューなどを読むと、忌野清志郎が言論弾圧をされたなどと本気でブチ切れていることが分かった。この年の12月16日にはいわゆる「カバーズ」問題を引きずりまくったライブ・アルバム「コブラの悩み」を今度は東芝EMIからリリースするのだが、ザ・バンド(ボブ・ディラン)「アイ・シャル・ビー・リリースド」のカバーでは「頭の悪い奴らが圧力をかけてくる」「いつの日にか 自由に歌えるさ」などと歌われている。そして、この流れがさらに過激化したものが、忌野清志郎によく似たZERRYという人が率いているという設定の覆面バンド、タイマーズでの活動である。

個人的には「カバーズ」の発売日には大学の夏休みで、旭川の実家に帰省していた。留萌の祖父母の家に家族で遊びにいったのだが、祖母からお小遣いをもらったので留萌のヨシザキというレコード店で「カバーズ」のレコードを買ったことが思い出される。妹はレベッカ「OLIVE」を買っていた。それが、昭和で最後の夏になった。当時の懐かしいレコード店の数々はもうほとんどが閉業しているのだが、この留萌のヨシザキというレコード店は2022年8月現在、しっかり営業しているようである。