マイケル・ジャクソン「オフ・ザ・ウォール」【Classic Albums】

マイケル・ジャクソンの5作目のソロ・アルバム「オフ・ザ・ウォール」は1979年8月10日にリリースされ、全米アルバム・チャートで最高3位を記録した。マイケル・ジャクソンのレコード・デビューは1960年代後半、兄弟グループ、ジャクソン5のリード・ボーカリストとしてであり、モータウンからリリースされた「帰ってほしいの」「ABC」「アイル・ビー・ゼア」などが大ヒットした。マイケル・ジャクソンの初期のソロ・アルバムというのもあくまでジャクソン5のメンバーによるソロ作品という感じであり、歌声はまだ少年のようであった。1972年にリリースした「ベンのテーマ」が全米シングル・チャートで1位に輝いたりもするのだが、次第にセールスは低迷していき、1975年にリリースされた4作目のソロ・アルバム「フォーエヴァー・マイケル」の全米アルバム・チャートでの最高位は101位であった。

ジャクソン5の方はというと、やはりレーベルが求めるアイドル路線が少しずつしんどくなってはいたようであり、1974年の「ダンシング・マシーン」は全米シングル・チャートで最高2位のヒットを記録するものの、全般的には概ね低迷していっている感じであった。それで、1975年にはモータウンからエピックに移籍し、グループ名もジャクソン5からジャクソンズとする。その後はディスコ路線の音楽などをやっていくようになった。

マイケル・ジャクソンは「オズの魔法使い」をベースにしたミュージカル映画「ウィズ」に出演するのだが、その現場で会ったクインシー・ジョーンズにソロ・アルバムのプロデューサーについて相談をする。結果的にクインシー・ジョーンズがプロデュースをするのだが、ジャクソン5のメンバーとしてではなく、マイケル・ジャクソンという大人のアーティストのソロ・アルバムという意味では、実質的にこれが1作目であった。

収録された10曲のうち、アルバムの1曲目で先行シングルとして全米シングル・チャートで1位に輝いた「今夜もドント・ストップ」と「ワーキング・デイ・アンド・ナイト」をマイケル・ジャクソン自身が作詞・作曲、「ゲット・オン・ザ・フロアー」はブラザーズ・ジョンソンのルイス・ジョンソンとの共作であった。2枚目のシングルとしてカットされ、これもまた全米シングル・チャートで1位に輝いた「ロック・ウィズ・ユー」と「オフ・ザ・ウォール」「ディスコで燃えて」の3曲は、「ブギー・ナイツ」のヒットで知られるディスコ・グループ、ヒートウェイヴのメンバーでもあったロッド・テンパートンによる楽曲である。当初は提供された3曲のうち1曲をアルバムに収録するつもりだったのだが、マイケル・ジャクソンが3曲とも気に入ったため、すべて収録することになったという。

「ガールフレンド」はポール・マッカートニーによって提供された楽曲だが、アルバム「ロンドン・タウン」の収録曲として、ウィングスのバージョンが先にリリースされていた。「あの娘が消えた」はトム・バーラーによってフランク・シナトラのために書かれていた楽曲だが、レコーディングには至っていなかった。それで、マイケル・ジャクソンがここで歌うことになったのだが、アルバムから4枚目のシングルとしてカットされ、全米シングル・チャートで最高10位を記録した。この前には「オフ・ザ・ウォール」がシングル・カットされ、全米シングル・チャートで最高10位を記録していたのだが、この時点でマイケル・ジャクソンは1つのアルバムから4曲を全米シングル・チャートの10位以内にランクインさせた、初のソロ・アーティストという記録を残していた。

ディスコ・ポップ的な印象が強い「オフ・ザ・ウォール」のアルバムにあって、「あの娘が消えた」は大人になったマイケル・ジャクソンのバラード歌手としての魅力をも強く印象づけることになった。この曲のレコーディング中、マイケル・ジャクソンは感情が入りすぎて最後まで歌えなくなる、というようなこともあったようだ。

「アイ・キャント・ヘルプ・イット」はスティーヴィー・ワンダーの提供曲、「それが恋だから」はキャロル・ベイヤー・セイガーとデヴィッド・フォスターによる楽曲で、パティ・オースティンがゲスト・ボーカリストとして参加している。

「オフ・ザ・ウォール」の全米アルバム・チャートでの最高位は3位だったが、ブラック・アルバム・チャートでは16週連続1位という驚異的なヒットを記録していた。全米アルバム・チャートでも長く売れ続けていたこともあり、1980年の年間チャートでピンク・フロイド「ザ・ウォール」、イーグルス「ロング・ラン」に次ぐ3位にランクインしている。

マイケル・ジャクソンのアルバムがここまでヒットしたのは、ジャクソン5時代を含めても初めてのことであり、普通に考えて大ヒットだということができる。第22回グラミー賞では「今夜もドント・ストップ」で最優秀R&Bボーカル・パフォーマンス賞を受賞するのだが、マイケル・ジャクソンとしては主要部門にはノミネートすらされていなかったことにまったく納得がいかず、その思いがこの次のアルバムとなる「スリラー」につながっていくのだった。ちなみに、この第22回グラミー賞における主要4部門を受賞したのは、最優秀レコード賞と最優秀楽曲賞がドゥービー・ブラザーズ「ホワット・ア・フール・ビリーヴズ」、最優秀アルバム賞がビリー・ジョエル「ニューヨーク52番街」、最優秀新人賞がリッキー・リー・ジョーンズであった。

AORやブラック・コンテンポラリー的なサウンドが旬であったことが思い出されたり想像できたりはするのだが、「オフ・ザ・ウォール」というアルバムはこういったトレンドにも絶妙にマッチしていて、とても聴きやすくなっている。シティ・ポップやAORを再評価しがちな気分から、ブラック・コンテンポラリーをシティ・ソウルとして再定義したりしなかったりする感覚においても、わりと楽しむことができるのではないだろうか。

「スリラー」は「オフ・ザ・ウォール」の受け入れられ方がまだまだ足りないと感じたマイケル・ジャクソンの強い想いが込められたがゆえにあのようなバッキバッキの完成度を誇る超ポップ・アルバムになり、モンスター級のセールスを記録したと考えられるし、それ以降のアルバムについてはすでにキング・オブ・ポップであり、世界的大スターとなったマイケル・ジャクソンのニュー・アルバムというというところが俄然強めである。そういった意味で、「オフ・ザ・ウォール」のようにクオリティーが高いながらも、それほど大仰ではなく絶妙にナチュラルなマイケル・ジャクソンのアルバムとなると、実はこれだけなのではないだろうか、ということにもなってきたりもする。ポップ・ミュージック史における重要度でいえば間違いなく「スリラー」なのだが、実は純粋に楽曲のクオリティーが高いのは「オフ・ザ・ウォール」の方ではないか、という人たちが一定数いるのにも納得がいくというものである。

「スリラー」ではミュージック・ビデオの世界にも革命を起こしたマイケル・ジャクソンだが、「今夜はドント・ストップ」「ロック・ウィズ・ユー」などのミュージック・ビデオのディスコ・ポップ的な素朴さも味わい深くてとても良い。