ラナ・デル・レイ「ディド・ユー・ノウ・ザット・ゼアズ・ア・トンネル・アンダー・オーシャン・ブルーバード」【Album Review】

ラナ・デル・レイの通算9作目となるアルバム「ディド・ユー・ノウ・ザット・ゼアズ・ア・トンネル・アンダー・オーシャン・ブルーバード」が2023年3月24日にリリースされた。2019年の素晴らしいアルバム「 ノーマン・ファッキング・ロックウェル!」が大絶賛されてから、2021年には「ケムトレイルズ・オーヴァー・ザ・カントリー・クラブ」「ブルー・バニスターズ」とスタジオ・アルバムを2タイトルもリリースし、特に後者については特に熱心なプロモーションも行われていなかったように思える。それでも全米アルバム・チャートでは8位以内、全英アルバム・チャートでは2位以内をキープし続けていた。2022年にはテイラー・スウィフトのアルバム「ミッドナイツ」に収録された「スノウ・オン・ザ・ビーチ」に参加していたことも記憶に新しい。

よりリラックスした、わりとマイペース気味でライトな作品になっているのではないかという気がなんとなくしていたのだが、先行公開された楽曲を聴いた限りではそうでもなく、「インタビュー」に載ったビリー・アイリッシュによるラナ・デル・レイにインタヴューが最高で、ビリー・アイリッシュが初めて買ったiPhoneの待受画面にラナ・デル・レイの写真を設定していたことを告白しているのなどもとても良いな、と思ったりはしていたのだが、実際には軽くも聴けるのだがとても充実していて、実は「ノーマン・ファッキング・ロックウェル!」から地続きで今後に繋がっていくタイプのアルバムなのではないか、という印象を持った。そして、このアルバムでラナ・デル・レイはシンガー・ソングライターやアーティストとしてさらに確実に進化していて、らしさを失わないままに、より味わい深い表現を可能にしているといえる。

ノスタルジックで映画的という何となくの感じはそのままなのだが、より感情がさらけ出されていながらも、ナチュラルになっているようなところがある。アルバムの1曲目に収録された「ザ・グランツ」の初めにはゴスペル的なコーラスのようなものが入っているのだが、おそらく間違えてやり直したものをそのまま収録している。そして、ここで歌っているのは、ホイットニー・ヒューストンのバックコーラスをやっていた人たちらしい。ジョン・デンバー「ロッキー・マウンテン・ハイ」のことが歌われてもいる。

それで、ピアノバラードのような感じになって、いつものラナ・デル・レイらしい音楽性だな、とは感じるわけだが、タイトルの「ザ・グランツ」というのは、ラナ・デル・レイの本名とも関係がある。このアルバムでは全体的に家族についての言及が多いように感じるのだが、1曲目にして本名の苗字がタイトルになっていて、少し前に亡くなった祖母の最後の笑顔について歌われていたりもする。

次の「ディド・ユー・ノウ・ザット・ゼアズ・ア・トンネル・アンダー・オーシャン・ブルーバード」は、アルバムのタイトルトラックである。それにしても、とても長いタイトルである。タイトルが長いだけではなく、アルバムそのものも2曲のインタールードを含む計16曲、約1時間18分のボリュームである。

直訳すると「オーシャン・ブルーヴァードの下にトンネルがあることをあなたは知っていましたか」ということなのだが、実際にジャーギンズ・トンネルというのが実在しているようなのだが、1967年には閉鎖され、誰も入ることができないようだ。調べてみると今回のラナ・デル・レイのアルバムとまったく同じタイトルの動画がYouTubeにも上がっていて、やはりラナ・デル・レイがきっかけで興味を持って見に来て、コメントを書き込んでいる人などもいた。

かつて多くの人たちに知られていた美しいものが、いまも存在しているにもかかわらず完全に忘れ去られている、ということがテーマになっていて、ここからさらにすごいのが、いつか自分自身もそうなるのかもしれない、と想像力をふくらませているところである。そこにハリー・ニルソンの1974年のアルバム「プシー・キャッツ」に収録された「僕を忘れないで」のことが出てきたりもする。他にイーグルス「ホテル・カリフォルニア」に言及されたりもする。

4曲目に収録された「A&W」のタイトルはどういう意味なのかと考えるのだが、歌詞から判断するに「American Whore」、つまり「アメリカの娼婦」の略である可能性が高い。このアルバムに収録されたいくつかの曲と同様にジャック・アントノフがプロデューサーとしてかかわり、「ノーマン・ファッキング・ロックウェル!」のようなオーセンティックなシンガー・ソングライター路線かと思いきや、途中から打ち込みのリズムが入り、ボーカルがラップのようになったりもする。

「ジュダ・スミス・インタールード」ではピアノの伴奏と教会での説教のようなサウンドがミックスされているのだが、それを席で聞きながら録音しているようでもあり、時々、笑い声が入ったりもする。その内容はアルバムの内容と関係があるようでもあり、それに対する反応も含めてなかなか興味深い。ジュダ・スミスはアメリカの有名な牧師であり、ジャスティン・ビーバーが彼の教会の礼拝に参加したことなどで知られる。

「キンツギ」「フィンガーティップス」はいずれも6分前後に及ぶバラードであり、ラナ・デル・レイにとっての新境地ともいえる楽曲になっている。「キンツギ」のタイトルは日本で陶磁器の破損した部分を修復し、金属粉で装飾する「金継ぎ」という技術に由来している。日本のシンガー・ソングライター、大森靖子も以前にこれをアルバムタイトルとコンセプトにしていた。

今回のラナ・デル・レイのこれの場合は、かつてのいろいろによって、破損してしまった状態にある家族や親戚との関係をこれに当てはめているようでもある。今回のアルバムに収録されたいくつかの曲でも扱われているが、特に母親との関係性に深刻な問題をかかえているようだが、祖母や叔父が亡くなったことなどによって、これらが大きな問題として浮上してきて、それが作品にも影響しているように感じられる。そして、このテーマに今後より向き合うことによって、ラナ・デル・レイは現在以上にユニバーサルに高い評価を得ていくのではないか、というような気もする。

「レット・ザ・ライト・イン」ではファーザー・ジョン・ミスティが参加して、これが思っていた以上にうまくハマっていて、とても良い感じになっている。「マーガレット」はジャック・アントノフと婚約者であるマーガレット・クアリーとの関係を祝福するような楽曲であり、ジャック・アントノフのソロプロジェクトであるブリーチャーズもフィーチャーされている。

「ペッパー」ではカナダのラッパー、トミー・ジェネシスをフィーチャーし、「トゥームレイダー」を演じるアンジェリーナ・ジョリーをモチーフにしたと思われる「アンジェリーナ」をサンプリングしている。オーセンティックなシンガー・ソングライター的な楽曲やピアノバラードばかりではなく、「ギャングスタ・ナンシー・シナトラ」を自称していた頃を思わせもするこのような曲も収録されていて、とても良い。

アルバムの最後に収録されているのは「タコ・トラック x VB」で、これは「タコ・トラック」「VB」の2曲がメドレーになっているようでもある。「VB」は「ノーマン・ファッキング・ロックウェル!」に収録されていた「ヴェニス・ビッチ」をリモデルした楽曲であり、よりアブストラクトでありながら強靭なポップ感覚をも感じさせる。

アルバムの最後を自身の最高傑作とされているアルバムの人気曲を改変したヴァージョンで締めるという、もしかすると諸刃の剣にもなりそうなところを、確実な進化と今後への期待をいだかせるところが現在の充実ぶりを証明している。

ラナ・デル・レイの音楽の特徴である完成度の高いノスタルジーは確実に存在し続け、その美しさこそが魅力でもあるわけだが、それだけで完結し、その純度を高めていくというよりは、その向こう側にある何かに意識が向かいはじめたようにも感じられるアルバムである。