ケイト・ブッシュ「愛のかたち」【Classic Albums】

ケイト・ブッシュの5作目のアルバム「愛のかたち」は1985年9月16日にリリースされ、全英アルバム・チャートではマドンナ「ライク・ア・ヴァージン」を抜いて、1980年の「魔物語」に続く2作目の1位に輝いていた。先行シングル「神秘の丘」は全英シングル・チャートで最高3位を記録し、1位に輝いた1978年のデビューシングル「嵐が丘」に次いで、ケイト・ブッシュにとって2番目ヒットした曲となっていた。

ピンク・フロイドのデヴィッド・ギルモアに見いだされてデビューしたといわれるケイト・ブッシュの存在はまさに天才少女現るというような感じで、センセーションをもたらしたのだろうか。その後もクオリティーの高いユニークな作品を発表し続けるのだが、1982年のアルバム「ドリーミング」あたりになると、やや実験的すぎて一般大衆がついてこられない、という感じにもなっていたようだ。確かにシングルはそれほどヒットしなくなっているのだが、それでもアルバムは全英チャートで最高3位を記録していて、人気は引き続き高かったのではないかと思える。

もちろんリッチなアーティストしかおそらくまだ使えなかったであろうフェアライトCMIというシンセサイザーを使いこなすことによって、より自由で個性的な作品をつくりやすくなっていたようなところはあったのであろう。レーベルとしては外部のプロデューサーを立てて、もう少し世間一般的にも分かりやすくしていこうという考えもあったようなのだが、やはりケイト・ブッシュ自身がプロデュースを継続的に行い、しかも主体的に実験的なアティテュードは保持したまま、より一般受けもしやすい音楽に変化させてきたようなところが感じられる。シンセサイザーを効果的に用いてはいるのだが、オーケストラ的なアレンジの曲などもあって、ひじょうに楽しめる内容になっている。

アナログレコードでいうところのA面には、先行シングル「神秘の丘」をはじめ、「愛のかたち」「クラウドバスティング」など、実験的ではもちろんあるのだが、わりとキャッチーな曲が収録されている。「神秘の丘」は女性と男性とがお互いの立場を入れ替えることができたとすれば、もっと分かり合えるのではないか、というようなことがテーマになっていて、いかにも80年代的なシンセサウンドとケイト・ブッシュのユニークなボーカルもとても良い。イギリスでは先ほども取り上げたように、全英シングル・チャートで最高3位だったのだが、アメリカでもヒットして全米シングル・チャートで最高30位と初のトップ40入りを果たした。

アルバムの表題曲でもある「愛のかたち」は恋におちることについての恐怖感のようなものをテーマにしているようであり、2005年にはポスト・パンクバンド、ザ・フューチャーヘッズによるカバーバージョンが全英シングル・チャートで最高8位のヒットを記録している。「クラウドバスティング」は精神分析家のピーター・ライヒが父であるヴィルヘルム・ライヒとの関係などについて書いた書籍「ア・ブック・オブ・ドリームス」にインスパイアされている。

アナログレコードでいうところのB面、CDや配信では6曲目の「羊の夢」以降は「ザ・ナインス・ウェイヴ」と題された組曲のようにもなっていて、水難事故に遭った女性が救出されるまでの状況をドラマティックかつ、多彩な音楽的イディオムを用いて表現している。これらはA面の「神秘の丘」「愛のかたち」などとはまた少し違った80年代らしさを感じさせたりもするのだが、それは少しインテリ的というか、西武・セゾングループが提供していたカルチャーの感じとも親和性が高いように感じられる瞬間もある。

ケイト・ブッシュの感覚的なボーカルやソングライティングと、音楽的な実験性の素晴らしさから、このアルバムは長らくケイト・ブッシュの最高傑作であるばかりではなく、80年代やポップ・ミュージック史上における特に優れたアルバムの1つとして高く評価されている。

そして、2022年にはNetflixの人気ドラマ「ストレンジャー・シングス 未知の世界」で効果的に用いられることによってリバイバルし、全英シングル・チャートで1978年の「嵐が丘」以来となる1位に輝いたり、全米シングル・チャートでは最高3位まで上がるなど、37年前の発売当時を上回るヒットを記録したことでも話題になった。