ジョージ・マイケル「FAITH」【CLASSIC ALBUMS】

ジョージ・マイケルのソロアーティストとして最初のアルバム「FAITH」は1987年10月30日にリリースされ、全米、全英いずれのアルバム・チャートでも1位に輝き、収録された全9曲中6曲がシングルカット、「フェイス」「ファーザー・フィギュア」「ワン・モア・タイム」「モンキー」の4曲が全米シングル・チャートで1位、「アイ・ウォント・ユア・セックス」が最高2位、「キッシング・ア・フール」が最高5位という売れっぷりであった。さらに特筆すべき点としては、白人アーティストとしては初めて全米ブラック・アルバム・チャートで1位に輝くという記録も残している。また、「FAITH」のタイトル曲でり先行シングルとしてもリリースされた「フェイス」は1988年の全米シングル・チャートで年間1位に輝き、「FAITH」も全米アルバム・チャートで年間1位であった。シングル、アルバム両方の年間チャートで同じアーティストが1位になるのは1970年のサイモン&ガーファンクル「明日に架ける橋」であった。

アルバムを再生すると、まずハモンドオルガンのような音色でワム!のヒット曲「フリーダム」のメロディーが流れる。ジョージ・マイケルはこの時点ですでにワム!の主要メンバーとして大人気であった。しかし、あくまでポップスターとしての人気にとどまり、シリアスなアーティストとしてはそれほど評価されていなかったように思える。ワム!の楽曲のほとんどを作詞・作曲し、リードボーカルをとっていたのもジョージ・マイケルであり、解散以前にもソロ名義でリリースされた楽曲はあった。80年代らしいサックスも最高な大人のバラード「ケアレス・ウィスパー」は発売された国によってアーティスト名が異なるが、ジョージ・マイケルのソロ作品と考えて問題はないように思える。この「ケアレス・ウィスパー」なのだが、1985年の全米シングル・チャートで年間1位に輝いている。1988年の時点で全米シングル・チャートの年間1位を2度にわたって記録したアーティストは、1964年の「抱きしめたい」、1968年の「ヘイ・ジュード」で記録したビートルズとジョージ・マイケルの2組のみであった。

「フェイス」のミュージックビデオは、まずジョージ・マイケルがワム!解散後、最初にリリースしたソロシングルである「アイ・ウォント・ユア・セックス」からはじまる。タイトルがあらわしている通り、セックスの素晴らしさを健全にアピールした楽曲だが、シンセファンク的な音楽性もワム!時代からの変化を大きく感じさせた。この曲は映画「ビバリーヒルズ・コップ2」のサウンドトラックからシングルカットされ、全米シングル・チャートで2位を記録した。1988年の真夏のことであり、1位はU2「終りなき旅」であった。この時にはオリジナルアルバムからの先行シングルというよりは、単発のシングルという印象が強かったような気がする。

そして、「フェイス」がリリースされるのだが、この曲ではボ・ディドリーのようなリズムが引用され、ロカビリー的なフィーリングも感じられる。ポップミュージック史における過去の素晴らしい音楽を現代的にアップデートする手法はワム!時代から続くものだが、これもまたアプローチとしてはひじょうに新しさを感じさせた。個人的にも深夜のテレビでこの曲のビデオを見て、これはとてもカッコいいので買わなければいけないと思い、東京プリンスホテルでのアルバイトの帰りに六本木WAVEで買ったのだった。しかし、当時の日本の音楽雑誌ではソウル・ミュージックを換骨奪胎しているというような、厳しめの評価もあったような気もする。近田春夫は単純にカッコいいので好き、というようなことを言っていて、やはり信頼がおけると感じたものである。

アルバムで「フェイス」の次に収録され、シングルカットもされたのが「ファーザー・フィギュア」であり、この時点でバラードなところも音楽性の幅広さを感じさせる。とはいえ、元々はミッドテンポのダンスポップだったのだが、レコーディングの途中でリズムを抜いた方が良い感じになるのではないかと思い、こうなったのだという。アルバムではこの次が「アイ・ウォント・ユア・セックス」で、アナログレコードではA面の最後となる「ワン・モア・タイム」に続いている。このエモーショナルなバラードでは、過去に傷つきすぎたせいで、新しい関係に入っていくのが難しいという心境が歌われている。

アナログレコードではB面に収録された「ハード・デイ」「ハンド・トゥ・マウス」などはよりダンス・オリエンティッドで、社会問題が取り上げられたりもしている。ワム!時代のジョージ・マイケルには、やはりどんなに良い曲をつくってもポップスターとしてしか見られることがなく、アーティストとしてシリアスに評価されないことに対する不満や、当時のプリンスやマイケル・ジャクソンに対してうらやましく感じるところもあたのだという。「モンキー」は「FAITH」から4曲目のNO.1ヒットになったのだが、シングルバージョンはジャネット・ジャクソン「コントロール」のプロデュースなどで人気絶頂だったジミー・ジャム&テリー・ルイスによってリミックスされている。プリンス「パープル・レイン」の映画にも出演していたザ・タイムの元メンバーによって結成されたプロデューサーコンビである。

アルバムの最後に収録されているのはシングルカットもされた「キッシング・ア・フール」で、大切に想っている相手との関係に対する不安がテーマになっている。ジャズバラード的なアレンジが大人になったジョージ・マイケルを明確にアピールするこの曲は全米シングル・チャートで最高5位だったが、全米アダルト・コンテンポラリー・チャートでは1位に輝いていた。

このアルバムを引っ提げたワールドツアーが1988年2月から開始されたのだが、最初の会場は日本武道館であった。東京ドームが開業するのはこの翌月であり、ミック・ジャガーの初来日公演やBOØWYの「LAST GIGS」などが話題になった。「FAITH」の大ヒットによってジョージ・マイケルはソロアーティストとしてとしても大成功をおさめるのだが、次にリリースされたアルバム「LISTEN WITHOUT PREJUDICE VOL.1」はより内省的な内容であった。アルバムタイトルが偏見を持たずに聴け、というようなものであることからも、それでもアーティストとしての評価に対して満足はまったくしていなかったように思える。それだけに、ジョージ・マイケルのシリアスでありながらもポップな感覚がフルに発揮された「FAITH」の存在価値はとても高いともいえる。