80年代のNHK-FM旭川放送局「夕べのひととき」でオープニングテーマとして使われていた楽曲

「夕べのひととき」はかつてNHK-FMで平日の18時から放送されていた番組であり、地方の放送局が独自に制作をしていた。個人的には旭川放送局の「夕べのひととき」しか聴いたことがないのだが、リスナーからのハガキを読んだりリクエストされた曲をかけたりしながら進行していくタイプの番組だったと記憶している。

NHK-FMは曲をまるごと流すことがほとんどで、イントロやアウトロにパーソナリティのしゃべりが被ることなどもなかったため、カセットテープに録音する場合にひじょうに助かっていた。というか、FM放送というのはこういうものだとずっと思っていたのだが、1982年に北海道で初めての民放FM局となるFM北海道が開局し、けしてそればかりではないと気付かされたのであった。

中学校から帰宅してステレオでNHK-FMをつけると、「軽音楽をあなたに」を放送していることが多かった。この番組は確か16時台から18時まで放送していて、パーソナリティは日替わりだったような気がする。当時、流行していたフュージョンやAORをはじめ、今日ではシティポップと呼ばれているような音楽などがよくかかっていた印象である。

当時は隔週で発売されるFM雑誌のいずれかを買っていることが多かったため、事前に番組表を確認していて、カセットに録音した方が良さそうなものには蛍光マーカーなどで印を付けていた。FM放送をカセットテープに録音することを、当時はエアチェックなどと呼んでいた。

FM雑誌には「FMレコパル」「週間fm」「FM fan」などがあり、それぞれに個性があったのだが、1981年にはダイヤモンド社から「FM STATION」が創刊された。先行する3誌に比べ価格が少しだけ安かったのもとても良いのだが、後に山下達郎「FOR YOU」(1982年1月21日発売)のジャケットなどで有名になる鈴木英人のイラストが表紙に使われていたり、アイドル歌手も取り上げたりするライト感覚が大いに受けていた。

ビリー・ジョエルや佐野元春の音楽は「軽音楽をあなたに」からエアチェックしたカセットを何度も繰り返し聴いているうちにかなり好きになり、レコードを買うことにしたことが思い出される。

「軽音楽をあなたに」のオープニングとエンディングでテーマソングとして流れていた曲はスタッフ「いとしの貴女」だということを後に知るのだが、特にエンディングテーマとして流れる頃には季節によってまだそれほど暗くはなかったり、もうすでにかなり暗くなっていたりした。そして、夕食はもうすぐである。

大抵の場合、そのままNHK-FMをつけているのだが、そうすると軽快なジャズ/フュージョンのようなオープニングテーマソングが流れ、「夕べのひととき」がはじまる。男性アナウンサーと女性アシスタントのような人との2名で進行していたように記憶している。

基本的にはリスナーのリクエストに応えて曲をかけていくのだが、いわゆる邦楽ヒットのようなものを普通にかけてくれる番組が実はNHK-FMにはそれほど多くはなく、そういった意味でわりと重宝していた。とはいえ、各地方局の制作であるうえにおそらくかける曲についてもそれほど事前に決まってはいないと思われることもあり、FM雑誌の番組表にもどんな曲がかかるかは掲載されていなかった。

それでも、ちょうど聴きたかった曲が流れる可能性はわりと高かったため、いつでもエアチェックする準備はできていたのだった。

ローカル局なのでハガキもそれほど多くは届かなかったのか、リクエストが採用される確率も比較的高かったような気がする。たとえば、高校の同級生で休憩時間に窓際のヒーターのようなものに腰かけて友人たちと談笑しながらおにぎりを箸で食べているタイプの女子をからかう目的で、ラジオネームにそういった文言を入れ、シブがき隊「挑発∞」をリクエストしたときにもちゃんと読まれたので、それを録音したカセットを教室で流し、まるで80年代のギャグマンガのように廊下まで追いかけられる青春を送ることができた。

たとえば今日では伏せ字にでもしておかなければなかなか物騒に感じられる「◯す」というワードも実際に用いたうえで追いかけられていたわけだが、そこにはまるでRCサクセション「スローバラード」の歌詞にあったように、悪い予感のかけらもなかった。

まあまあニッチな楽曲もかかることがあり、松尾清憲「愛しのロージー」もこの番組ではじめて聴いたはずである。実は「三宅裕司のヤングパラダイス」のオープニングテーマ曲にもなっていたことを後に知るのだが、当時は何の予備知識もないまま適当にエアチェックしていて、日本のアーティストとは思えないブリティッシュポップ的なセンスに驚愕したことが思い出される。

中森明菜「飾りじゃないのよ涙は」や松田聖子に佐野元春がHolland Roseのペンネーム(ラジオ番組のリスナーがホール&オーツのことをホーランド・ローズと間違えてリクエストしてきて、なんだかとても良いなと思ったことに由来する)で提供した「ハートのイアリング」などと同じカセットに録音していたはずである。

高校を卒業して東京で一人暮らしをはじめると、もちろんもう旭川放送局が制作する「夕べのひととき」を聴くこともなくなるのだが、「軽音楽をあなたに」は相変わらず聴いていて、特にAOR特集などはエアチェックしたカセットを何度もウォークマンで聴きながら千石の富士銀行の前にある停留所から都バスで水道橋まで行ったり、渋谷のセンター街を歩いたりしたような気がする。

というような記憶を補足するためになんとなく調べていたところ、なんと「軽音楽をあなたに」は高校を卒業した年の3月で終わっていて、4月からは「午後のサウンド」という番組がはじまっていることになっている。ということは、東京で一人暮らしをしてから「軽音楽をあなたに」だと思って聴いていたあの番組は、「午後のサウンド」だったのだろうか。とはいえ、「午後のサウンド」という番組名にまったく思いあたるふしがないのである。

それからNHK-FMを聴く機会そのものがほとんどなくなってしまったような気もするのだが、中高生時代の音楽体験を振り返るうえで、やはり「軽音楽をあなたに」から「夕べのひととき」の流れ、さらには佐野元春、坂本龍一、山下達郎、渋谷陽一などがパーソナリティを務めていた「サウンドストリート」、そして登校前に聴いていた「朝のポップス」や日曜夕方の「リクエストコーナー」などは欠かせないものである。

特に「夕べのひととき」のオープニングテーマ曲はよく覚えていて、一体あれは誰の何という曲なのだろうとずっと気になっていたのだが、調べてみてもよく分からないまま時は流れていた。ジャズ/フュージョンをまあまあ聴いている人たちにとってはおそらくわりと有名な曲だったような気もしなくはないのだが、当時も現在もほとんどヒット曲しか知らないミーハーなポップスファンを自認しているため、ずっと知らないままだったのである。

インターネットの時代になってから時々思い出しては検索するのだがやはり分からず、適当にメロディーを口ずさめば探してくれるというサービスも利用したのだが埒が明かず、それでGoogleの鼻歌検索なるものを知ってもまったく期待せずにiPhoneのマイクに向かって、「タッタ、タララッタタッタ〜、タラララッタッタ〜♪」という感じで適当に歌ってみたところ、なんとアール・クルーのアルバム「リヴィング・インサイド・ユア・ラヴ」に収録された「フェリシア」なのではないかという検索結果が出てきて、聴いてみたところその通りであった。