90年代の青春コメディ映画「クルーレス」について
アメリカの青春コメディ映画「クルーレス」が公開されたのは1995年7月19日で、その週の興行収入はトム・ハンクスが主演した「アポロ13」に次ぐ2位であった。ティーンエイジャーをターゲットとしたファッション的な要素が強い作品であり、内容は特に深くもないのだが、90年代ポップ・カルチャーのある側面を真空パックしているようなところもあり、カルト的な人気もある。主人公のシェールを演じたアリシア・シルヴァーストーンはエアロスミスのミュージック・ビデオに出演していたりもしたのだが、この作品のヒットによって一躍ポップ・アイコンとして注目されるようになった。
日本では同じ年の12月9日に公開され、個人的にはすでにティーンエイジャーではとっくになかったのだが、ポップ・カルチャーとして興味があったので前売券を買い、恵比寿ガーデンシネマの初日の初回で見た記憶がある。観客のほとんどはしっかりとティーンエイジャーであり、これは完全に正しいと強く感じた。アリシア・シルヴァーストーンはもちろん最高なのだが、サウンドトラックもなかなか興味深く、特にこの年にリリースされたばかりのスーパーグラス「オールライト」がとても良い場面で流れるのに対し、レディオヘッド「フェイク・プラスティック・トゥリーズ」が「ダサ!かったるい大学生のオヤジ系BGM」などと一蹴されるところは痛快である(その後、レディオヘッドが普通に流れる車に乗っているシーンがあり、これによって人間的な成長を表現しているのかもしれないが)。
それで、アリシア・シルヴァーストーンが演じるシェールとその仲間たちはいずれもビバリーヒルズのリッチな高校生という設定であり、作品は実際に当時のそういったタイプの若者たちの言葉などを研究してつくられたというだけあって、わりとリアルではあるのだろう。シェールの父は弁護士であり、家は大きくプールなどもある。洋服はセレブリティ並みにたくさん持っていて、コンピューターで毎日のコーディネートを決めている。高校生なのに車で通学し、成績を上げるため教師たちと交渉したり、性的に充実していないであろう中年教師たちのキューピッド役を果たしたりもする。そして、イケていない転校生を変身させ、人気者に仕立てあげることに快感を覚える。いわゆるスクールカースト上位であり、一軍に属しているわけだが、けして性格が悪いわけではない。むしろそのポジティヴィティーがとても爽快なのだが、作品はジェイン・オースティンが1814年に発表した小説「エマ」をベースに、現代風にしたものだという。
シェールは自分たちが育てて人気者にしたはずの転校生が注目の的になると、なんだかそれが気に障るようになり、それがきっかけでそれまでのいろいろなことを反省し、人間的な成長を遂げるといういかにも青春映画らしい展開となっていく。その過程はストーリーとしてはなかなか単純かつ強引に思えなくもないのだが、あくまでティーン向けの映画であり、ポップ・カルチャー的な強度の方がそれを上回ってもいる。
とはいえ、この作品の背景にあるのはアメリカの経済的な豊かさとそれにたいしての憧れがシンプルに共有できた時代の空気感のようなものかもしれない。アメリカ中流階級が事実上は解体されて以降は特に、そういった価値観は永久に失われてしまったといえるかもしれない。それがこの作品の懐かしさにつながっている。