ベストサマーソング100:Part.1

「夏はただ単なる季節ではない。それは心の状態だ」というフレーズが片岡義男の1977年の単行本「彼のオートバイ、彼女の島」の表紙に掲載されていたはずである。

また、スチャダラパーが1995年にリリースしたアルバム「5th WHEEL 2 the COACH」からシングルカットもされた「サマージャム’95」では、「ワーイ 手離しで浮かれたい 夏大好き とか言っちゃったり っていうのが出来ない 構えちまう 安々と乗ってたまるかってところもある」としながらも、「なーんて言いながらも夏用のテープとかはしっかり作るのよ」とラップされている。

それから25年後の2020年にはスチャダラパーとEGO-WRAPPIN’のシングル「ミクロガールとマクロガール」に「サマージャム2020」が収録されるのだが、そこでは「作ろうよ夏用のプレイリスト 女子に意外とウケないスウィートでスティッキーなシングルのミックス」と、「カセット」が「プレイリスト」になったりもしている。

夏用のカセットなりプレイリストをつくるという行為はかつては何らかの成果を期待して行われていたという可能性も否めないわけだが、いまや扇風機や半袖のシャツを出すのと同様に、夏という1年間で最も素晴らしいシーズンをより快適に過ごすための習慣でしかなくなっているような気も、個人的にはしないでもない。

それで、何をしてサマーソングとするかというのも、単純に夏をより快適に過ごすために聴きたい曲ということでしかなく、タイトルに夏を感じさせるワードが入っていたり、歌詞で夏の出来事が具体的に描写されていた方がらしさというのはもちろん上がるわけだが、なんとなく夏に聴きたいような気がするというだけでも問題はない。

思いついた順番にサマーソングなのではないかという曲を挙げていって、100曲になった時点でやめるというだけなので、それぞれの楽曲に番号は振られているのだが特に意味はないのであった。1回につき10曲を挙げていき、全10回で終了となる予定だが、もしかすると変わってしまうかもしれない。

もう少し後からはじめても別にかまわないのだが、入るかどうかいまのところは分からないシカゴ「サタデー・イン・ザ・パーク」が7月4日のアメリカ建国記念日のことを歌っているので、もしかするとそれまでに出来上がっていた方がよいのではないか、というような気もする。

1. ‘Espresso’ by Sabrina Carpenter (2024)

2024年の夏が訪れる前からすでにもう今年のサマーアンセムとなることは必至なのではないかというレベルでヒットした、サブリナ・カーペンターのシングルである。中毒性の高いポップでキャッチーなディスコファンク的シンセポップで、Spotifyでいろいろなタイプの音楽を聴いていてもかなりの頻度でおすすめされることが少し話題になったりもしていたような気がする。全米シングルチャートで最高3位、全英シングルチャートでは5週連続1位を記録した以外に、オーストラリア、アイルランド、マレーシア、シンガポール、アラブ首相国連邦などのチャートでも1位に輝いている。

エスプレッソとはもちろんおなじみの濃縮コーヒー飲料のことだが、自分自身がエスプレッソであると歌うことにとって、恋愛の相手に対しての濃厚で中毒性の高い魅力をアピールしているところがポイントで、ナチュラルなセクシーさ加減も絶妙である。デイヴ・マイヤーズが監督したミュージックビデオもビーチを舞台にしていて夏らしさ全開なのだが、スピードボートで一緒に乗っている男性を転落させ、ゴールドのクレジットカードを奪ってやりたい放題なのだが、最後にはしっかり逮捕されてしまうという内容になっている。

2. ‘As It Was’ by Harry Styles (2022)

ハリー・スタイルズのサマーソングといえば2020年の「ウォーターメロン・シュガー」がまさにそれなのだが、2020年にイギリスで10週、アメリカでは15週にもわたって1位を記録したこの曲もまた捨てがたく、2024年の夏を迎えるにあたって、チャートを再浮上したりもしていた。

これだけメジャーに大ヒットすればそろそろ聴き飽きるのではないかというような気もするのだが、すでにすっかりスタンダード化しているというのか、加速しがちな時代におけるわずかリリースされてから2年程度でのモダンクラシックなのではないかというぐらいに浸透している。

a-ha「テイク・オン・ミー」などの80年代シンセポップ的なノスタルジーのエッセンスを保持しながら、コンテンポラリーにアップデートしているようなところがとても良く、個人的にはルミネ新宿のエレベーターなどで耳にしまくっていたリリース当時からずっと大好きである。

3. ‘Cruel Summer’ by Taylor Swift (2019)

テイラー・スウィフトの2019年のアルバム「ラヴァー」に収録された楽曲で、当時からファンの間でひじょうに人気は高かったのだが、なぜかシングルカットはされていなかった。これには、新型コロナウィルスのパンデミックも影響していたのではないかともいわれる。

しかし、2023年からのエラス・ツアーでテイラー・スウィフトがこの曲をセットリストに入れていたことなどもあり、人気が高まってきたのを受けて、レーベルも本格的にプロモーションすることを決意した。その結果、全米シングルチャートで1位、全英シングルチャートで最高2位の大ヒットを記録し、テイラー・スウィフトの代表曲の1つとして認知されるに至った。

セイント・ヴィンセントとしても知られるアニー・クラークと共作したこのシンセポップは、悲しい結末に終わる予感を含んだ激しくも絶望的な夏の恋をテーマにしていて、当時のテイラー・スウィフトが現実的に直面していた状況を反映していながらも、グローバルなポップソングとして深い共感を呼ぶものとなっている。

4. ‘Padam Padam’ by Kylie Minogue (2023)

マドンナがクイーン・オブ・ポップだとするならば、プリンセス・オブ・ポップの称号にふさわしいのではないかと思えるのがカイリー・ミノーグであり、この曲が全英シングルチャートで最高8位を記録したことによって、1980年代から2020年代まですべての年代において全英トップ10シングルを生み出すという快挙を成し遂げた。

タイトルの「Padam Padam」は恋をしているときのハートの鼓動を表現していて、過去にはフランスの伝説的なシンガー、エディット・ピアフが同じタイトルの楽曲を歌っていたことがある。モダンなシンセポップとオーセンティックなセンスが絶妙にミックスされた、カイリー・ミノーグらしいポップソングでありながら、夏の気分にもマッチしているように感じられる。

5. ‘Rush’ by Troye Sivan (2023)

オーストラリアのポップスター、トロイ・シヴァンが約5年ぶりにリリースしたアルバム「Something to Give Each Other」からのリードシングルで、全英シングルチャートで最高21位、全米シングルチャートで最高77位を記録した。

アップリフティングでありながら官能的であり、解放感と自由な感覚に満ち溢れた最高のクラブアンセムである。

ロマンスの初期衝動的な感覚をヴィヴィッドに描写したミュージックビデオは性的な多様性をポップに肯定するものとして賞賛され、グラミー賞にもノミネートされる一方で、体型的な多様性に対しては配慮が足りていないのではないかと批判されたりもした。

6. ‘ETA’ by NewJeans (2023)

NewJeansの2nd EP「Get Up」がサウンドオブサマー2023だったのではないかというような感覚はそれほど薄れてもいないはずなのだが、「Super Shy」が夏のはじまりを感じさせる清涼感のようなものを特徴としていたのに対し、「ETA」はもっと深く暑い真夏である。

ジャージークラブ的なホーンの反復が印象的なサウンドとメロウなメロディーににのせて、不誠実なボーイフレンドのことなどについて歌われているのだが、タイトルの「ETA」は「Estimated Time of Ariival」の略で「到着予定時間」とでもいうような意味である。

iPhone 14 ProのCMソングにも使われていて、それを反映したミュージックビデオもとても良かった。

7. ‘Seven’ by JUNG KOOK featuring Latto (2023)

BTSのJUNG KOOKがアメリカのラッパー、Lattoをフィーチャーした楽曲で、韓国や日本といったアジア圏のみならず、全米シングルチャートで1位、全英シングルチャートで最高3位などグローバルなレベルでのヒットを記録した。

涼しげなギターのイントロに続いてUKガラージ的にスタイリッシュなサウンドにのせて歌われるのは、月曜から日曜まで毎日愛していたいというような、ロマンティックで情熱的な思いのたけである。

個人的には渋谷にいることがひじょうに多かった2023年の真夏にiPhoneのイヤフォンで毎日聴いていたこともあり、少し聴いただけで当時の気分がいろいろと甦ってくるのだが、思えばあれからまだ1年も経っていないという事実に一瞬だけ茫然とするのであった。

8. ‘Magic’ by Mrs. GREEN APPLE (2023)

Mrs. GREEN APPLEが3人編成になってから最初のアルバム「ANTENNA」の先行シングル扱いで、コカコーラ関連のタイアップも付いていたはずである。Billboard JAPAN Hot 100では最高3位を記録した。

ケルト音楽的な要素を導入しているところに新しさを感じつつ、コンテンポラリーなJ-POPソングとしての強度はかなりのもので、「Hey! 白昼夢スターライト」の盛り上がりというかポップ感覚がすさまじく、大森元貴のファルセット気味とそうではないところのボーカリストの魅力もフルに生かされているように感じられる。

大宮駅西口の大きな歩道橋のようなものの上でストロング缶チューハイを片手にローソンで買った炙りいかスティックのようなものを齧り、ニューヨークヤンキースのキャップを野球には興味がないくせに被ってくる相手を待っている間に、大宮アルシェの大きなモニターでこの曲のビデオが流れていた。

9. ‘青のすみか’ by キタニタツヤ (2023)

ボカロPとして活動していたこともあるシンガーソングライター、キタニタツヤがテレビアニメ「呪術廻戦 懐玉・玉祈」のオープニングテーマ曲としてリリースした楽曲である。

夏の爽快感と切なさを感じさせるロックチューンであり、学校のチャイムのメロディーなども効果的に引用されている。

「懐玉・玉祈」は夏の途中で放送が終わり、次の「渋谷事変」が夏の終わりにはじまったのだが、その頃に個人的には4年ぶりに帰省して、母校のチャイムをこの曲に重ねて聴いた。

「また会えるよね」というフレーズに強く共感した想いのかけらをすでにとっくに失くしてしまっていて、それは悲しいことではあるのだが、そうでもなければ身が持たないのも事実である。

10. ‘サマータイムシンデレラ’ by 緑黄色社会 (2023)

フジテレビ系の月9ドラマ「真夏のシンデレラ」のテーマソングとしてリリースされた緑黄色社会のシングルである。

長屋晴子のボーカルがどのようなタイプの楽曲を歌っていたとしても素晴らしいのだが、王道のJ-POPバラードであるこの曲においても、きっちりハマっているということができる。

路上で聴くことができる音楽についていうならば、渋谷がもうすっかり広告の街になってしまったことについては特に感想もそれほどないのだが、宇多川交番のすぐ近くあたりでは2023年の真夏の一時期、この曲を頻繁に耳にすることができて、この夏のカジュアルなサウンドトラックとしてはなかなか良かった。その後、乃木坂46「おひとりさま天国」に変わった。