ザ・キュアーのベストソング10選(The 10 essential The Cure songs)
ザ・キュアーは1976年にイギリスで結成されたインディーロックバンドで、ゴシックロックと呼ばれる陰鬱さを特徴とする音楽ジャンルに強い影響をあたえたが、一方でユニークなポップ感覚をも持ち合わせ、80年代にはポップチャートでも数多くのヒット曲を生み出した。
ボーカリストでソングライターのロバート・スミスを除いて、メンバーは出たり入ったりしているのだが、一度も解散したことはなく、45年以上にもわたって新しい作品を発表し続けている。
今回はそんなザ・キュアーの楽曲の中から、これは特に重要なのではないかと思える10曲を厳選し、簡単な説明も加えていきたい。
‘Boys Don’t Cry’ (Single, 1979)
ザ・キュアーの2枚目のシングルとしてリリースされた楽曲で、代表曲の1つとして知られているが、なんと当時は全英シングルチャートにランクインしていない。
男の子は人前で涙を見せるようなことがあってはならない、というような当時の風潮や圧力のようなものに対する抵抗感を表明した楽曲でもある。
1986年にはリミックスし、ボーカルを録音し直したニューボイスニューバージョンがリリースされ、全英シングルチャートで最高22位を記録された。ミュージックビデオで使われているのはこちらのバージョンである。
主演のヒラリー・スワンクがアカデミー賞で主演女優賞を受賞した1999年のアメリカ映画「ボーイズ・ドント・クライ」ではカーディガンズのボーカリスト、ニーナ・パーションの夫としても知られるネイサン・ラーソンがこの曲をカバーしていた。
‘A Forest’ (‘Seventeen Seconds’, 1980)
ザ・キュアーの2作目のアルバム「セブンティーンズ・セコンズ」からリードシングルとしてリリースされた楽曲で、全英シングルチャートにはこの曲で初めてランクインを果たし、最高31位を記録した。
森に迷い込んだときの恐怖や不安を表現したようなゴシックロック的な楽曲であり、プロデューサーのクリス・バリーはラジオで流すためにリミックスするべきだと考えていたが、ロバート・スミスは断固として拒否した。
ベルギーで行われたウェルヒターフェスティバルではこの曲でセットを締めくくろうとしていたのだが、次の出演者であるロバート・パーマーがザ・キュアーにさっさとステージを降りて代われというような素振りを見せたため、約9分間にわたる長編バージョンを演奏し、ベーシストのサイモン・ギャラップは「ロバート・パーマーなんてクソくらえ」と言い放った。
パフォーマンス映像と森の風景とを組み合わせた殺風景なミュージックビデオも、曲の雰囲気に合っていてとても良い。
‘The Lovecats’ (Single, 1983)
ザ・キュアーがアルバム「ポルノグラフィー」の後にリリースしたシングルの1つで、全英シングルチャートでは最高7位を記録した。
バンドにとって最初のトップ10ヒットなのだが、ロバート・スミスはこの曲をまったく気に入っていなく、酔っぱらった状態でつくった冗談のような曲だと後に振り返っている。
デュラン・デュランやカルチャー・クラブをはじめ、イギリスのニューウェイブ系バンドがポップミュージック界のトレンドになっていた当時、ジャジーな雰囲気も漂うこのヒット曲によって、ザ・キュアーにも新たなポップセンセーションとしてのポテンシャルを感じ取ることができた。
ミュージックビデオには剥製やロル・トルハーストが着て歩き回る着ぐるみを含め、たくさんの猫が登場している。撮影が行われた豪邸について、バンド側は当初、購入を検討していると説明していたようなのだが、翌朝には鍵を返していたようだ。
‘In Between Days’ (‘The Head on the Door’, 1985)
ザ・キュアーの6作目のアルバム「ザ・ヘッド・オン・ザ・ドアー」から最初のシングルとしてリリースされた楽曲で、全英シングルチャートで最高15位を記録した。
海を渡ったアメリカにおいても、この曲でついに全米シングルチャートに初めてランクインを果たし、最高99位を記録している。
離れていく恋人に対して戻ってきてほしいと懇願するタイプの楽曲なのだが、切なさの中に明るさや希望を感じさせるところもある。
ロバート・スミスの個性的なボーカルやベースラインなどは紛れもなくザ・キュアーそのものなのだが、ジャングリーなギターやチープなキーボードのサウンドなどにニュー・オーダーなどにも通じるポップ感覚を感じる。
‘Close to Me’ (‘The Head on the Door’, 1985)
ザ・キュアーのアルバム「ザ・ヘッド・オン・ザ・ドアー」からシングルカットされ、全英シングルチャートで最高24位を記録した。
ミニマルで閉塞的だがハンドクラップやキーボードのサウンドも印象的な不思議なポップ感覚があり、キャッチーなポップソングに仕上がっている。
ミュージックビデオではメンバーたちが衣装棚の中に閉じ込められていて、かなり狭そうなのだが、さらにそれ自体が海に落下したという設定になっていて、少しずつ水が侵入してきたりもする。
1990年にはリミックスアルバム「ミックスト・アップ」からシングルカットされたリミックスバージョンが全英シングルチャートで最高13位と、オリジナルバージョンを上回るヒットを記録している。
‘Just Like Heaven’ (‘Kiss Me, Kiss Me, Kiss Me’, 1987)
ザ・キュアーの7作目のスタジオアルバム「キス・ミー、キス・ミー、キス・ミー」からシングルカットされた楽曲で、全英シングルチャートで最高29位、全米シングルチャートでは最高40位で初のトップ40入りを果たした。
ゴシックロック的な陰鬱なイメージも強いロバート・スミスだが、私生活では14歳の頃に出会ったメアリー・プールと結婚し、その過程で多幸感に溢れるラブソングもいくつか書き上げている。
この曲のベースになったのもロバート・スミスがメアリー・プールと海辺に旅行したときの思い出であり、歌詞の内容を反映したミュージックビデオにもメアリー・プールは出演している。2人はこの曲がリリースされた翌年に結婚することになる。
アルバムから最初にシングルカットされたのは「ホワイ・キャント・アイ・ビー・ユー」で全英シングルチャートでの最高位も21位と「ジャスト・ライク・ヘヴン」を上回っていたのだが、時を経るにつれて「ジャスト・ライク・ヘヴン」の人気が高まっていき、やがてザ・キュアーで最も知られている楽曲の1つとなった。
アメリカのオルタナティブロックバンド、ダイナソーJr.はこの曲を気に入り、コンピレーションアルバム用にカバーバージョンをレコーディングしたのだが、あまりにも出来がよかったのでシングルとしてリリースし、全英シングルチャートで最高78位を記録した。ロバート・スミスもこのバージョンを気に入っていたという。
ロバート・スミスはこの曲を書き上げたとき、これを超える曲はおそらく今後書けないだろうというようなことをメンバーに言ったが、しばらくしてからかつて深夜のラジオでよく聴いていたジ・オンリー・ワンズ「アナザー・ガール、アナザー・プラネット」に似ているような気もしてきた。
‘Lullaby’ (‘Disintegration’, 1989)
ザ・キュアーの8作目のアルバム「ディスインテグレーション」から最初のシングルとしてリリースされた楽曲で、全英シングルチャートでは最高5位と、全楽曲の中で最も高い順位を記録している。
「キス・ミー、キス・ミー、キス・ミー」ではポップでキャッチーな楽曲が多くなったようにも思われたザ・キュアーだがこの楽曲やアルバム「インテグレーション」では本来のゴシックロック的な陰鬱さが戻ってきたようにも感じられる。
重苦しく閉塞的な世界観はロバート・スミスが幼少期に見た悪夢や、過去の麻薬中毒をモチーフにしているともいわれる。
デヴィッド・リンチ監督の映画「イレイザーヘッド」にもインスパイアされたというミュージックビデオにも陰鬱な雰囲気が満ち溢れていて、本物のクモやブリキの兵隊に扮したメンバーの姿なども印象的である。このビデオはブリットアワードで最優秀ブリティッシュビデオ賞を受賞した。
‘Lovesong’ (‘Disintegration’, 1989)
ザ・キュアーのアルバム「ディスインテグレーション」からシングルカットされ、全英シングルチャートで最高18位、全米シングルチャートでは最高2位を記録した(1位はジャネット・ジャクソン「ミス・ユー・マッチ」であった)。
ロバート・スミスは婚約者であったメアリー・プールと結婚する直前に、お祝いとしてこの曲を書いた。ザ・キュアーのツアーの最中にこの曲のアイデアを思いつき、どれだけ離れていてもいつも愛しているという想いを込めた。
2004年には映画「50回目のファーストキス」のサウンドトラックでアメリカのロックバンド、311がこの曲をカバーして全米シングルチャートで最高59位、ザ・キュアーのオリジナルが最高2位だったオルタナティブソングチャートで1位を記録した。
また、母親が大ファンで生まれて初めて連れていってもらったもザ・キュアーだったというイギリスのシンガー、アデルも2011年のアルバム「21」でこの曲をカバーしている。
‘Pictures of You’ (‘Disintegration’, 1989)
ザ・キュアーのアルバム「ディスインテグレーション」から最後のシングルとしてリリースされた楽曲で、全英シングルチャートで最高24位を記録した。
この曲でロバート・スミスはある人物の写真と深い喪失感について歌っているようだ。ゴシックロック的でありながらポップでもある演奏はザ・キュアーの真骨頂とでもいうべきものであり、収録アルバムの「ディスインテグレーション」が代表作と評価されがちな理由の1つにもなっている。
「心の奥底で君を感じること以上に望んだことはこの世になかった。君の写真が壊れていくのを感じないこと以上に望んだことはこの世になかった」というようなことが歌われているように、すでに失ってしまったがその喪失感をかかえて生きていくことの充足感のようなものが表現されているようにも感じることができる。
大雪の週にスコットランドで3台のスーパー8カメラを使って撮影したというミュージックビデオは見ていていかにも寒そうに感じるのだが、実際にそれまで経験したことがないほどの寒さだったという。
‘Friday I’m in Love’ (‘Wish’, 1992)
ザ・キュアーの9作目のアルバム「ウィッシュ」からシングルカットされ、全英シングルチャートで最高6位、全米シングルチャートで最高18位を記録した。
全英アルバムチャートで1位、全米アルバムチャートで最高2位(1位はデフ・レパード「アドレナライズド」)を記録した「ウィッシュ」から最初のシングルは「ハイ」だったのだが、次にカットされた「フライデイ・アイム・イン・ラヴ」の方がシングルチャートでの最高位は高く、その後もよく聴かれ続けることになった。
イギリスでのシングル発売日は通常月曜だったのだが、この曲のシングルはタイトルに合わせて金曜に発売したため、初登場は31位とそれほど高くはなかったのだが、翌週にはトップ10入りを果たした。
とにかくあまりにもキャッチーなインディーポップであり、ロバート・スミス自身も他の曲から無意識にパクったような気がしてきて、思いつく限りすべての知り合いにこの曲を聴いたことがないかと尋ねまくったらしい。
憂鬱で退屈な平日を耐え抜き、金曜日になれば恋に浮かれることができる、というようなことが歌われたシンプルにハッピーなポップソングである。それでいてザ・キュアーらしさもまったく失われていないところがとても良い。
ジョルジュ・メリエス監督の1907年の映画「日蝕と満月」へのオマージュを含んだミュージックビデオは、MTVビデオミュージックアワードでヨーロッパの視聴者が選ぶ最優秀ビデオ賞を受賞した。