林哲司の名曲ベスト10【Songwriter’s Best Songs】
林哲司は1949年8月20日、静岡県に生まれ、1973年にシンガー・ソングライターとしてデビューした後、1970年代後半以降は作曲・編曲家としても活動し、数々の楽曲をヒットさせた。特に今日、シティ・ポップと呼ばれるタイプの音楽を歌謡ポップスやニューミュージックに取り入れ、お茶の間レベルにまで広めた功績はひじょうに大きい。2010年代後半以降のシティ・ポップ・リバイバルの中で、その素晴らしさはさらに再評価されているように思える。今回はそんな林哲司が提供した楽曲の中から、これは特に名曲なのではないかと思える10曲を挙げていきたい。
10. Dang Dang 気になる/中村由真 (1989)
テレビドラマ「スケバン刑事Ⅲ 少女忍法帖伝奇」に浅香唯、大西結花と共に風間三姉妹として出演してもいた中村由真の9枚目のシングルで、テレビアニメ「美味しんぼ」のオープニングテーマでもあった。オリコン週間シングルランキングでは最高17位を記録している。80年代後半らしい打ち込み感覚がシティ・ポップ的でとても良い。Apple Musicでは視聴することができるミュージック・ビデオもとても良い。
9. デビュー~Fly Me To Love~/河合奈保子 (1985)
河合奈保子の21枚目のシングルにして、オリコン週間シングルランキングで初めて1位に輝いた楽曲である。林哲司が河合奈保子に曲を提供したのは、この曲が最初であった。シティ・ポップ的なサウンドに河合奈保子の陽気なボーカルが絶妙にハマり、夏を楽しみに待つ気分をどこまでも高めてくれる。
8. 悲しい色やね/上田正樹 (1982)
当初は英語で歌われることを想定してこの曲をつくった林哲司は、康珍化による関西弁の女性言葉での歌詞を読んで、こんな演歌みたいな曲が売れるはずがないと思ったらしい。初めは確かにそれほど売れなかったのだが、少しずつ有線放送などでよくかかるようになり、発売された翌年の夏にはオリコン週間シングルランキングで最高5位、「ザ・ベストテン」でも最高6位のヒットを記録ることになった。ジャパニーズAORとでもいうべき楽曲とハスキーなボーカルがひじょうに印象的であった。「オレたちひょうきん族」の「ひょうきんベストテン」では明石家さんまが上田正樹に扮して歌っていた記憶がある。
7. 天国にいちばん近い島/原田知世 (1984)
原田知世の主演映画「天国にいちばん近い島」のテーマソングで、オリコン週間シングルランキングでは初の1位に輝いた。「自分の夢にすぐムキになる そんなとこ好きだから とても」というようなフレーズが、透明感溢れるボーカルで歌われる。
6. ふたりの夏物語/杉山清貴&オメガトライブ (1985)
杉山清貴&オメガトライブの5枚目のシングルで、オリコン週間シングルランキングでは最高5位、「ザ・ベストテン」では1位に輝いている。日本航空のCMタイアップ曲でもあり、多忙をきわめていた林哲司はわずか1日でこの曲を完成させたといわれている。河合奈保子「デビュー~Fly Me To Love~」とこの曲が1985年の夏の気分を思い起こさせてくれるが、これに林哲司ではなく尾崎亜美の提供曲だが岡田有希子「Summer Beach」が加わるとさらに正確性が増す。
5. 北ウイング/中森明菜 (1984)
1984年の元旦にリリースされた中森明菜の7枚目のシングルで、オリコン週間シングルランキングで最高2位、「ザ・ベストテン」では1位に輝いた。林哲司の起用は、杉山清貴&オメガトライブ「サマー・サスピション」をとても気に入っていた中森明菜の強い要望によって実現した。「北ウイング」というタイトルも中森明菜の発案によるもので、成田国際空港第1ターミナルの北部分を指すが、それほど一般的にポピュラーな単語でもなかったような気がする。中森明菜の繊細でありながらパワフルでもあるボーカルが夜の空港という舞台装置を得ることによって、よりドラマティックにその真価を発揮しているように感じられる。
4. 卒業-GRADUATION-/菊池桃子 (1985)
菊池桃子の楽曲はデビュー当初から林哲司が手がけていたが、特にアルバムにおいてはAOR/フュージョン的にサウンドがとてもカッコよく、アイドルのレコードらしからぬクオリティーであった。菊池桃子のウィスパーボイス的なボーカルは当時、一般的に拙いと思われがちだったような気もするのだが、シティ・ポップ・リバイバル以降は後に結成するバンド、ラ・ムーの作品も含め、とても味があるものとして正当に評価されている。4枚目のシングルとしてリリースされたこの曲は、オリコン週間シングルランキングで初の1位に輝いた。この年には斉藤由貴、尾崎豊、倉沢淳美も「卒業」というタイトルの別の曲をリリースしていた。菊池桃子の「卒業」については、イントロを聴いただけで当時の春の気分が甦ってしまうようなすさまじさがあるのだが、歌詞にサン=テグジュペリが出てくるあたりもらしさが感じられてとても良い。
3. 悲しみがとまらない/杏里 (1983)
1978年に「オリビアを聴きながら」でデビューして以来、高く評価されてはいたのだが、大きなヒットにはなかなか恵まれなかった杏里が、1983年の夏にリリースしたテレビアニメの主題歌「CAT’S EYE」がオリコン週間シングルランキングで5週連続1位に輝き、ついに大ブレイクを果たした。もしかすると一発屋的になりかねなくもなかったような気もするのだが、次にリリースされたこのシングルもオリコン週間シングルランキングで最高4位のヒットを記録し、これらを収録したアルバム「Timely!!」がオリコン週間アルバムランキングで1位と、一気に人気アーティストの仲間入りを果たした。自分の恋人を友人に紹介したところ、いつ間にか付き合っていて悲しみがとまらないというストーリー性も共感を呼び、後の世代にも名曲として伝わっていった。
2. SEPTEMBER/竹内まりや (1979)
ニューミュージック全盛であった1970年代後半には、歌謡ポップスの世界でもベテランの人気スター達にまだまだ人気があり、フレッシュアイドルにとってはなかなかしんどい状況があった。一方で、ニューミュージック的な音楽をやっている若い女性アーティスト達がフレッシュアイドルがやるような仕事もやらされる、という状況もあり、竹内まりやなどはまさにそのような存在であった。3枚目のシングルとしてリリースされたこの曲は初期の代表曲として認識されているが、オリコン週間シングルランキングでの最高位は39位とそれほど高くはない。それでも、この曲のヒットなどによって、レコード大賞新人賞を井上望、倉田まり子、桑江知子、松原のぶえと共に受賞していた。林哲司は作曲だけではなく編曲を手がけているのだが、イントロからしてすでにインパクトが強く、楽曲に引き込まれていく。作詞は松本隆であり、「からし色のシャツ」という歌い出しの単語ですでにつかみはOKなうえに、借りていた辞書の「ラブ」という言葉だけ切り抜いて返すのだが、それが別れの合図だとするところなども、そんなヤツはいないだろうと思いながらもとても良かった(後に「オールナイトフジ」でB-21スペシャルとオールナイターズがこれを忠実にドラマ化していた。ミスターちんと新関捺実が別れるカップル役だったような気がする)。
1. 真夜中のドア~Stay With Me/松原みき (1979)
松原みきのデビュー・シングルで、オリコン週間シングルランキングで最高28位を記録した。つまり、「ザ・ベストテン」にランクインするほど大ヒットはしていなかったのだが、ラジオなどではよく流れていて、知っている人はまあまあいたような気もする。個人的にもリリース時にはレコードを買わなかったがずっと良い曲だとは思っていて、80年代半ばあたりに中古レコード店のバーゲンで7インチ・シングルを買った記憶がある。また、1993年ぐらいにはいろいろな流れでさだまさしが好きだという年上の女性の家に泊まるということになり、その部屋で昔からとても好きな曲として「真夜中のドア~Stay With Me」を聴かせてもらったりもした。松原みきは2004年に44歳の若さで亡くなってしまうのだが、この曲はそれ以降も聴かれ続け、その人気は海外にまで広がっていった。2020年には驚異的なストリーミング再生回数を記録し、竹内まりや「プラスティック・ラヴ」などと共に、日本のシティ・ポップを象徴する楽曲として知られるようになった。