大滝詠一の名曲ベスト10

大滝詠一は1948年7月28日に岩手県で生まれ、ポップ・ミュージックについて研究をしたりレコードを買いまくったりバンド組んだりといったことをやっていたのだが、高校卒業後は上京し、製鉄会社に就職した。しかし、慰安会でビートルズ「ガール」をアカペラで歌ってみたところ、上司から君はこんなところにいるべき人間ではない、などと言われてすぐに退社した。その後、早稲田大学第二文学部に入学した後、細野晴臣と出会うなどいろいろあって、ロック・バンド、はっぴいえんどのメンバーとしてデビューすることになった。解散後はソロ・アーティストとして様々なレコードをリリースするのだが、一般大衆受けするにはあまりにもマニアックだったのか、どんどん売れなくなっていった。一方でCMソングも多数手がけていて、これらは後にアルバム「NIAGARA CM SPECIAL」シリーズに収録される。

1981年3月21日にマニアックでもありながら、同時にポップ路線のアルバム「A LONG VACATION」をリリースしたところ、思いもよらぬ大ヒットを記録し、オリコン年間アルバムランキングでは寺尾聰「REFLECTIONS」に次ぐ2位を記録した。この年の秋に松田聖子に提供した「風立ちぬ」、佐野元春、杉真理と組んだナイアガラ・トライアングル「A面で恋をして」をリリースし、いずれもヒットしたりもして、大滝詠一の時代が到来したかのような事態になる。その後も様々なアイドルや演歌歌手、お笑い芸人にまで楽曲を提供したり、ソロ・アーティストとしてはアルバム「EACH TIME」と何枚かのシングルをヒットさせた。言うまでもなく、日本のポップ・ミュージック史においてひじょうに重要な存在であることは間違いがない。今回はそんな大滝詠一のアーティストとしてのみならず、作曲・編曲家として提供した楽曲を含めた中から、特にこれは名曲なのではないかと思える10曲を挙げていきたい。

1. 君は天然色/大滝詠一 (1981)

日本のロック&ポップス・オールタイム・ベスト的な企画では上位に選ばれがちなアルバム「A LONG VACATION」の1曲目に収録された曲である。アルバムではこれからコンサートがはじまるかのような演出で、楽器の音合わせやカウントを取る音などがはじめに収録されているが、シングル・バージョンはいきなりはじまる。先行シングルではなく、アルバムと同じ1981年3月21日にリリースされた。「A LONG VACATION」はリリース当時からまあまあ話題になっていたのだが、オリコン週間アルバムランキングでは初登場70位だったという。これでも、当時の大滝詠一にとっては十分なヒットであり、かなり喜んでいたようなのだが、その後、ロート製薬のCMに「君は天然色」「カナリア諸島にて」が使われたことなども影響して、じわじわと売上を伸ばしていったという。はっぴいえんどやその後の大滝詠一の音楽などまったく知らないような人たちまでもが流行音楽として買っていなければ、けしてここまで売れなかっただろう。

夏のはじまりを感じさせもするひじょうに爽やかなサウンドであり、ボーカルで、夏をテーマにしたコンピレーションやプレイリストなどにも選曲されがちである。しかし、実際にその内容は悲しみに溢れていて、妹を病気で亡くして失意に沈んだ松本隆の心境が反映しているという。「想い出はモノクローム 色を点けてくれ」というようなフレーズにそれはあらわれているのだが、当時のリスナーは色褪せてしまった恋がかつて輝いていた頃への淡い追憶、というようなニュアンスで聴いていたような気もする。当初、「A LONG VACATION」は大滝詠一の誕生日である1980年7月28日に発売される予定だったというのだが、アルバムのほとんどの曲を作詞した松本隆が妹を亡くした悲しみから歌詞がまったく書けなくなったことにより、延期されたのだという。松本隆はこのアルバムの作詞を降りる意思を伝えたのだが、大滝詠一はこのアルバムは松本隆の歌詞でなければ意味がないので、いつまでも待つと答えたようだ。そういったエピソードを知ったうえで聴くと、さらに感慨深くもあるのだが、フィル・スペクターのウォール・オブ・サウンドを取り入れた日本のポップスとしても、純粋に素晴らしいといえる。間奏は西武ライオンズの田淵幸一選手をモチーフにしたアニメーション映画「がんばれ!!タブチくん!!」シリーズにエンディングテーマとして提供されたクレイジー・パーティー(スターダスト・レビューの根本要)「がんばれば愛」に使われる予定だったものである。

2. 夢で逢えたら/吉田美奈子 (1976)

この1曲のカバー・バージョンだけで86曲入り、4枚組のCD-BOXがリリースされてしまったほど、いろいろなアーティストに歌われているスタンダード・ナンバーである。作曲のみならず、作詞も大滝詠一が手がけている。シュレルズ「フーリッシュ・リトル・ガール」がインスパイア元の1つであることを大滝詠一自身も認めているように、オールディーズ的なフィーリングが「夢でもし逢えたら 素敵なことね」というような文字通りドリーミーな世界観にマッチしている。シリア・ポールのシングルがオリジナルとされがちだが、アルバム「FLAPPER」に収録された吉田美奈子のバージョンの方が先に発売されているし、いまでは聴きやすくなっている。元々はアン・ルイスに提供しようとつくられたのだが、イメージに合わないと却下されていたという。大滝詠一が歌ったバージョンは存在しないとずっと言われていたのだが、大滝詠一が亡くなった後に実は存在していたことが明かされ、ベスト・アルバム「Best Always」にも収録された。

3. カナリア諸島にて/大滝詠一 (1981)

「A LONG VACATION」があそこまで売れまくった理由の1つとして、永井博によるジャケットアートワークのファッション性というのもあったように思える。トロピカルなリゾート感覚のようなものが、少し手を伸ばせば届くかもしれないリッチさとして共有されていた可能性はある。そして、「BREEZEが心の中を通り抜ける」というキャッチコピーである。「A LONG VACATION」をコンセプトとしたアートブックは、実はアルバムより先に発売されていた。そういったリゾート感覚のようなものが、いまやシティ・ポップと呼ばれるようになったタイプの音楽には重要だったように思える。それが特にあらわれているのがこの楽曲であり、「生きることも爽やかに視えてくるから不思議だ」「風も動かない」というような状況には当時のリスナーたちの憧れが投影されていたような気もする。「A LONG VACATION」では3曲目に収録され、シングルでは「君は天然色」のカップリングであった。カナリア諸島は実在するが、松本隆は行ったことがなく、想像でこの曲の歌詞を書いていたようだ。

4. 風立ちぬ/松田聖子 (1981)

松田聖子の7枚目のシングルで、オリコン週間シングルランキングでは当然のように1位に輝いた。松田聖子のシングルの歌詞は、しばらく三浦徳子が書いていたのだが、この前のシングル「白いパラソル」から松本隆が書くようになっていた。そして、はっぴいえんど時代からの盟友であり「A LONG VACATION」を大ヒットさせていた大滝詠一の起用を提案したようだ。松田聖子もこの曲によってフレッシュアイドル路線から、より大人の歌手としての表現力がアピールできるようになったようにも思える。この曲を収録したアルバム「風立ちぬ」ももちろん大ヒットするのだが、A面全曲の作曲・編曲を大滝詠一(編曲は多羅尾伴内名義だが)が手がけるという力の入れようで、しかもすべての曲が「A LONG VACATION」の特定の曲と対になっているという仕掛けもあった。

5. A面で恋をして/ナイアガラ・トライアングル (1981)

「君は天然色」にはカネボウ化粧品のCMタイアップの話もあったようなのだが、歌詞に商品名を入れるという条件がのめずに断ったのだという。その後、秋のキャンペーンソングとして同じく化粧品会社の資生堂からオファーがあり、キャッチコピーは「A面で恋をして」で決まっていたという。これを聞いて大滝詠一にはなにかピンとくるところがあったようで、佐野元春、杉真理とのナイアガラ・トライアングルでレコーディングすることになった。

フィル・スペクターのウォール・オブ・サウンドをバックにバディ・ホリーが歌ったら、というのが音楽的なコンセプトだったらしく、3人それぞれの個性も生かされたユニークな楽曲になっている。この曲を起用したテレビCMは出演者のスキャンダルによってすぐに売り切られたが、シングルはオリコン週間シングルランキングで最高14位を記録し、3人それぞれにとってこの時点における過去最高のヒット曲となった。

6. 幸せな結末/大滝詠一 (1997)

木村拓哉と松たか子が主演したフジテレビ系月曜夜9時に放送された、いわゆる「月9」ドラマ「ラブジェネレーション」の主題歌としてリリースされ、オリコン週間シングルランキングで最高2位と、大滝詠一のシングルとしては最大のヒットを記録した。新曲としては実に約12年ぶりのリリースにもかかわらず、大滝詠一でしかありえないオリジナリティーとクロリティーの高さが感じられる。プロデューサーの亀山千広がずっとオファーしていたのだが、断り続けられた末の実現だったようだ。作詞の多幸福とは、大滝詠一、亀山千広、ドラマで監督を務めた永山耕三のペンネームである。同じく亀山千広がプロデューサーの「月9」ドラマで、この前の年に放送されたドラマのタイトルが「ロングバケーション」だったのは、ここに至る伏線でもあったようである。

7. 恋するカレン/大滝詠一 (1981)

「A LONG VACATION」のB面3曲目に収録された失恋ソングで、「雨のウェンズデイ」とのカップリングでシングル・カットもされた(後にAB面を逆にして再発もされた。「浜辺の濡れた砂の上で抱き合う幻を笑え」という自虐からの「振られたぼくより哀しい そうさ哀しい女だね君は」という強がりと、似たようなシチュエーションに出会った人たちの心にも寄り添う素晴らしい楽曲である。

8. 雨のウェンズデイ/大滝詠一 (1981)

「壊れかけたワーゲンのボンネットに腰かけて 何か少し喋りなよ 静かすぎるから」という歌い出しからしてつかみはOKという感じなのだが、「ワーゲンの」のところが「ワゲンのぉお~」と聴こえるなど、独特な節回しが真似していて気持ちよく、歌いやすい曲でもある。「Tシャツも濡れたまま」というフレーズからは、80年代のアイドルポップスはTシャツを濡らしがちだったことが思い出されたりもする(小泉今日子「まっ赤な女の子」、堀ちえみ「稲妻パラダイス」など)。Tシャツといえば、大滝詠一がプロデュースしたラッツ&スターのアルバム「SOUL VACATION」からの先行シングル「Tシャツに口紅」もとても良い。「Wow wow Wednesday」と歌われた後に少しだけ入るディオンヌ・ワーウィック「ウォーク・オン・バイ」からの引用のようなフレーズもとても良い。

9. ペパーミントブルー/大滝詠一 (1984)

「A LONG VACATION」は1981年のオリコン年間ランキングで2位だったのだが、週間ランキングでの最高位も2位であった。そして、次作にあたる「EACH TIME」で初の1位を記録することになる。とはいえ、「A LONG VACATION」と「EACH TIME」との間には、佐野元春、杉真理との「ナイアガラ・トライアングルVol.2」をはじめ、「NIAGARA CM SPECIAL Vol.2」「NIAGARA FALL STARS」「Sing A LONG VACATION」「NIAGARA VOX」など、関連アルバムがいろいろ発売されてもいた。「EACH TIME」からはシングルがリリースされなかったが、ラジオでは「ペパーミントブルー」がかかりがちであった。「斜め横の椅子を選ぶのは この角度からの君がとても綺麗だから」という気障なフレーズなどが特に良い。「EACH TIME」制作時にソロ・アーティストとしての作品を発表し続けることに意味が見いだせなくなり、その後はプロデューサーや作曲・編曲家としての活動がメインになっていった。

10. さらばシベリア鉄道/大滝詠一(1981)

「A LONG VACATION」の最後に収録された曲で、ナイアガラ・トライアングル「A面で恋をして」とのカップリングでシングル・カットもされた。元々「A LONG VACATION」のためにつくられた曲なのだが、女性言葉の歌詞を歌うことに大滝詠一が躊躇するというようなこともあり、太田裕美が歌ったバージョンが1980年11月21日に発売された。音楽的にはジョニー・レイトン「霧の中のジョニー」に影響を受けている。夏のリゾート的なイメージが強い「A LONG VACATION」だが、この冬をテーマにしたこの曲が収録されることによって、1年中聴ける感じになっているようにも思える。2013年12月30日に大瀧詠一が亡くなった時には、松本隆がこの曲の歌詞にかけて「北へ還る十二月の旅人よ」という言葉で追悼していた。