ボブ・ディランの名曲ベスト10

ボブ・ディランは1941年5月24日、アメリカ合衆国ミネソタ州に生まれ、地元の大学に入学後にフォーク・シンガーとして活動をはじめるが、1961年には大学を中退し、ニューヨークに移転、グリニッジ・ヴィレッジのフォーク・シーンで活動をしているうちに評判となり、1962年にアルバム「ボブ・ディラン」でレコード・デビューを果たした。はじめからものすごく売れていたわけでもなかったのだが、少しずつ人気が上がっていき、特にプロテスト・ソング的な曲が多かったことから、時代の代弁者的な存在となっていく。60年代半ば以降はエレクトリック・ギターを用いるようになったり、プロテスト・ソング的ではなく、より個人的な内容の曲を歌うようになったことから、裏切り者呼ばわりされたりもするのだが、確実により広い層にもアピールするようになっていき、レコードのセールスも伸びていった。

日本では1970年代のフォーク・ブームにおいて、ガロの大ヒット曲「学生街の喫茶店」において、「学生でにぎやかなこの店の片隅で聴いていたボブ・ディラン」と歌われたり、カリスマ的に人気があった吉田拓郎が影響を受けたアーティストとして知名度を上げていった。その後もキャリアを積み重ねていき、その時代ごとに充実した作品をリリースするのみならず、音楽アーティストとしては初となるピューリッツァ賞やノーベル文学賞を受賞するなど、まさにレジェンドと呼べる存在である。代表曲の数もひじょうに多いわけだが、今回はそんなボブ・ディランの楽曲の中から、これは特に名曲なのではないかと思える10曲を、入門篇的な側面と一般的な知名度などをやや強めにした基準であげていきたい。

10. Knockin’ On Heaven’s Door (1973)

エリック・クラプトンやガンズ・アンド・ローゼズのカバーでも知られる曲で、邦題は「天国の扉」である。ボブ・ディラン自身も役者として出演した映画「ビリー・ザ・キッド/21才の生涯」のサウンドトラックのためにつくられた曲で、天国のドアをノックしているという表現によって、死が近づいている時の心境をあらわしている。

9. Visions Of Johanna (1966)

ボブ・ディランの7作目のアルバムで、最高傑作とされる場合もある「ブロンド・オン・ブロンド」に収録された曲で、邦題は「ジョアンナのヴィジョン」である。約7分33秒の楽曲の中で、周囲の状況がこと細かかつ詩的に表現されているのだが、最も重要なことは心が常にジョアンナという女性の幻影に支配されているということである。このジョアンナとは、ボブ・ディランと交流があったジョーン・バエズのことではないかといわれる場合も多いようである。「彼女はデリケート」というフレーズが歌詞にあるのだが、「she’s delicate」であって「she’s so delicate」ではない。

8. A Hard Rain’s A-Gonna Fall (1963)

2作目のスタジオ・アルバム「フリーホイーリン・ボブ・ディラン」に収録された曲で、邦題は「はげしい雨が降る」だが、日本で初めて発売された時には「今日も冷たい雨が」だったようだ。キューバ危機が大きな問題として取り上げられていた頃につくられた曲だといわれていて、ひじょうにイメージ的な表現が多く、問いかけとそれに対する返答を交互に歌っていくスタイルが特徴的である。長渕剛「時代は僕らに雨を降らしてる」、THE MODS「激しい雨が」などにも影響をあたえているかもしれない。

7. All Along The Watchtower (1967)

ジミ・ヘンドリックスによるカバー・バージョンがヒットしたことで知られる曲で、邦題は「見張塔からずっと」である。ボブ・ディランによるオリジナル・バージョンはアルバム「ジョン・ウェズリー・ハーディング」に収録されている。聖書のイメージを引用しながら、社会の危機的な状況を照射したかのような、ボブ・ディランの真髄ともいえる楽曲である。

6. Hurricane (1976)

ボブ・ディランの17作目のアルバム「欲望」から、先行シングルとして発売された曲である。ハリケーンの異名でも知られるボクサー、ルービン・カーターの投獄をテーマに、レイシズムを告発したプロテスト・ソングとなっている。フォーク・ロック的なサウンドに乗せて歌われるボブ・ディランのボーカルに、ふつふつと沸いてくる怒りが感じられる。

5. The Times They Are A-Changing (1964)

ボブ・ディランの3作目のアルバム「時代は変わる」のタイトルトラックで、文字通り時代は変わっていくということが歌われている。フォーク時代を代表する楽曲の1つで、アコースティック・ギター引き語りとハーモニカの演奏というスタイルが特徴的である。

4. Blowin’ In The Wind (1963)

アルバム「フリーホイーリン・ボブ・ディラン」からシングル・カットされた、これもまたフォーク時代の代表曲である。「風に吹かれて」の邦題と、「友よ、答えは風の中にある」のフレーズでも知られる。ヒットしたのはピーター・ポール&マリーによるカバー・バージョンであり、これによって作者のボブ・ディランが注目をあつめるようになったということである。アメリカ公民権運動のアンセムとして、多くの人々から知られるようになった。数々のアーティストによってカバーされているが、日本ではRCサクセション「カバーズ」にも、オリジナルにかなり忠実な日本語詞で収録されていた。

3. Tangled Up In Blue (1975)

ボブ・ディランといえば社会派フォーク・シンガー時代の印象があまりにも強いわけだが、いわゆるシンガー・ソングライターのはしりでもあったということができ、1975年のアルバム「血の轍」などはその真骨頂ともいえる。その1曲目に収録され、シングル・カットもされたのがこの曲で、「ブルーにこんがらがって」という邦題がなんともカッコいい。過去に別れてしまった女性のことがいつまでも忘れられずに、ブルーにこんがらがり続けているという、ただそのことを歌っているのだが、それをこれだけの語彙とイメージを用いてヴィヴィッドに表現しているところがとにかくすごい。

2. Subterranean Homesick Blues (1965)

ボブ・ディランの5作目のアルバム「ブリンギング・イット・オール・バック・ホーム」から先行シングルとしてリリースされ、全米シングル・チャートで最高39位を記録した。これがボブ・ディランにとって、初の全米トップ40シングルである。時代の気分をとらえているイメージの数々が、言葉として矢継ぎ早に繰り出され、この時代にしてラップにも通じる感覚がある。ドキュメンタリー映画「ドント・ルック・バック」のためにイギリス・ツアー中に撮影されたビデオも、ミュージック・ビデオの初期の代表作として取り上げられがちである。

1. Like A Rolling Stone (1965)

「How does it feel?(どんな気分だい?)」というフレーズがひじょうに印象的な、ボブ・ディランにとって最大のヒット曲にして代表作である。フォークからロックへの過渡期的な時期にリリースされたシングルでもあり、マイク・ブルームフィールドのエレクトリック・ギターとアル・クーパーのハモンドオルガンを導入することによって、いわゆるフォーク・ロック的なサウンドをとても良いかたちで実現することに成功している。フォーク・ファンからは商業主義への身売りであり裏切り行為であると批判もされたようだが、一般大衆はこれを支持したようで、全米シングル・チャートで最高2位を記録している。ちなみに、1位を阻んだのはビートルズ「ヘルプ!」であった。アンチ・エスタブリッシュ的なメッセージ・ソングの真骨頂とでもいうべきこの曲は、当初はボブ・ディランがあることに対する明確な憎しみを吐き出した長文の散文詩だったという。混迷の時代にこの曲が問いかけているテーマは、現在もまだ重いものであるように思える。