ABBA「ザ・ウィナー(The Winner Takes It All)」【Classic Songs】
1980年8月9日付の全英シングル・チャートでは、ABBA「ザ・ウィナー」が先週の9位から大きく順位を上げ、1位に輝いていた。先週まで1位だったオデッセイ「ユーズ・イット・アップ・アンド・ウェア・イット・アウト」は3位にダウンし、2位にはダイアナ・ロス「アップサイド・ダウン」が着けていた。「ザ・ウィナー」はABBAにとって8曲目の全英NO.1ヒットになったほか、全米シングル・チャートでも最高8位のヒットを記録していた。
スウェーデン出身のポップ・グループ、ABBAの人気はワールドワイルドであり、日本でもレコードがかなり売れていた。「ザ・ウィナー」がヒットした1980年のオリコン年間アルバムランキングでは、ABBA「グレイテスト・ヒッツVol.2」が松山千春「起承転結」、イエロー・マジック・オーケストラ「ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー」に次ぐ3位にランクインしていた。「ザ・ウィナー」は「グレイテスト・ヒッツVol.2」には収録されていなく、アルバム「スーパー・トゥルーパー」からの先行シングルであった。
親しみやすいポップな音楽性と2組の夫婦からなる4人組グループというイメージがひじょうに受けていたところがあるが、アグネッタ・フェルツクグとビョルン・ウルヴァースの離婚がそれに少なからず影響をあたえつつもあった。「ザ・ウィナー」はABBAの他の楽曲と同様にビョルン・ウルヴァースとベニー・アンダーソンによってつくられていた。当初はよりアップテンポな楽曲だったようなのだが、紆余曲折の末、シャンソンを参照したような曲調に落ち着き、歌詞は適当なフランス語のようなもので歌われていたという。この時点でのタイトルは「ザ・ストーリー・オブ・マイ・ライフ」であった。
ビョルン・ウルヴァースは歌詞を書く際にアルコールやドラッグの力を借りることはなかったのだが、この曲の歌詞はブランデーを飲みながら書いたのだという。そして、かつてないほどに早く書けたらしい。この歌詞の内容はフィクションだが、アグネッタ・フェルツクグとの離婚による心の痛みが影響していたであろうことは想像に難くない。しかも、これを歌うのはアグネッタ・フェルツクグである。
思い出されるのがフリートウッド・マック「噂」から先行シングルとしてリリースされ、全米シングル・チャートで最高10位を記録した「オウン・ウェイ」である。リンジー・バッキンガムがスティーヴィー・ニックスとの別れに際しての想いをぶちまけた曲だが、リード・ボーカルはリンジー・バッキンガム自身がとっていた。
しかし、このABBA「ザ・ウィナー」の場合は自分たちの別れについて書かれたと思われる歌詞をソングライターの別れた相手であるアグネッタ・フェルツクグが歌うというなかなかしんどいことになっていたと思われる。とはいえ、アグネッタ・フェルツクグ自身は「ザ・ウィナー」をABBAの楽曲の中でも特に好きな曲として挙げていたりもする。
「ザ・ウィナー」は恋人との別れをテーマにしていて、勝者がすべてを取っていってしまう、というように歌われているのだが、ビョルン・ウルヴァースとアグネッタ・フェルツクグとの別れの場合、特に勝者というのはいなく、この曲そのものはフィクションであるという認識は共有されていたと思われる。とはいえ、その根底にある悲しみはそれぞれの心の中にあり、それは後に離婚するグループ内のもう1組の夫婦にも通じるものであった。