ペール・ウェーヴス「Unwanted」【Album Review】
イギリスはマンチェスター出身のインディー・ロック・バンド、ペール・ウェーヴスの3作目のアルバム「Unwanted」が2022年8月12日にリリースされた。The 1975、ウルフ・アリス、ビーバドゥービーなどと同じダーティ・ヒット・レーベルに所属する人気バンドで、2021年にリリースされたアルバム「Who Am I?」は全英アルバム・チャートで最高3位を記録している。ダーティ・ヒットと契約したばかりの2017年にはThe 1975の北米ツアーでサポートを務めたり、シングル「Television Romance」のミュージック・ビデオをマシュー・ヒーリーが監督するなど、The 1975とのかかわりは深い。2017年10月20日号の「NME」ではボーカリストでソングライターのヘザー・バロン・グレイシーがマシュー・ヘイリーと共に表紙に登場したりもしていた。
初期の音楽性は80年代のシンセ・ポップからの影響を感じさせるようなところもあったのだが、次第に00年代のポップ・パンク的なものになっていき、ヘザー・バロン・グレイシーとキアラ・ドランがLGBTQ+コミュニティに属していることも作品に反映されていった。そして、今回リリースされた「Unwanted」ではポップ・パンク路線がさらに推し進められ、プロデューサーにはブリンク182やグッド・シャーロット、最近ではマシン・ガン・ケリーやヤングブラッドなどの作品を手がけたザック・セルヴィーニを迎えられている。ダークで不安定な精神状態や人間関係をテーマにしていながら、ポップでキャッチーな楽曲が並ぶ。ポップ・パンク的な音楽性はいまどきのトレンドでもあるように思えるのだが、そもそもがマドンナ、プリンス、ザ・キュアーなどの音楽を好むポップ感覚が、アヴリル・ラヴィーンやパラモア的な方向性においてスパークしたようなところもあり、なかなか良い感じのアルバムになっているような気がする。
若者の苦悩というのはかなり以前からポップ・ミュージックの典型的なテーマであり続けているのだが、特に大人の社会をも含めた絶望的な暗さを背景にした昨今のそれは、以前とはまたテイストが異なったものになっている。悲しみや不安定な感覚というものは改善していくというよりは、なんとかそれとうまくやっていくべきものであって、そのような感覚が「Unwanted」からは感じることができる。具体的には恋愛関係において自分自身の存在が重要視されていない感じや、いじめを苦にして自殺をした友人のエピソードなどがテーマになっているのだが、そこにある無力感や諦念のようなものと、それでもそれらを自明のものとして認識したうえで、まともにやっていかなければいけない、というような気分がユニヴァーサルなポップ・ミュージックとして提示されているところがこのアルバムの魅力だというような気もする。それらがどの程度に感じられるかというのは、リスナーそれぞれにとっての世界の視え方やペシミズムの度合いにもよるとは思うのだが。
ペール・ウェーヴスのメンバーは2020年にツアーバスが交通事故に遭い、もしかすると死んでいたかもしれないレベルの恐怖と負傷を負って、そのことがトラウマにもなっているという。人生において起こりうる様々な不幸というのもこのような事故に近いものである場合が少なくはなく、それらが残した心や体の傷痕(きずあと)とは一生に近いレベルで付き合っていかなければいけない可能性もある。ポップ・ミュージックにはかなり以前からそのような精神状態に寄り添い、救いにもなるような機能も備わっている場合もあるのだが、ペール・ウェーヴスの「Unwanted」というアルバムはひじょうにポップでキャッチーではあるのだが、現代におけるまさにそれなのではないだろうかというような印象を受けたりもする。