プリンス「サイン・オブ・ザ・タイムズ」

プリンスの9作目のアルバム「サイン・オブ・ザ・タイムス」は1987年3月30日にリリースされていて、全米アルバム・チャートで最高6位を記録していたようである。1982年の「1999」だ最高7位で初めてトップ10入りして、「パープル・レイン」「アラウンド・イン・ザ・ワールド・イン・ア・デイ」が続けて1位で「パレード」が3位、「サイン・オブ・ザ・タイムス」が6位の後は「LOVESEXY」が11位で、「バットマン」で4年ぶりに1位を記録している。

プリンスが80年代に驚異的に素晴らしいアルバムをリリースし続けたことは周知の事実だが、どのアルバムがベストなのかということになると意見が分かれるようである。とはいえ、「サイン・オブ・ザ・タイムス」を挙げるのがコンセンサスになっているような気は、なんとなくしている。それ以外は、個人的な好みになるのだろうか。昨今ではポップミュージックとしての強度を評価して、「パープル・レイン」こそが至高とするような意見もなきにしもあらずで、かつては個人的には「パレード」だが客観的には「サイン・オブ・ザ・タイムス」なのではないかとしていた私も、2022年3月の時点ではその立場を取る。

などと、無理やり堅苦しい風味を装うこともないのだが、ちなみに1998年に出版された「80sディスク・ガイド」という本が手元にあって、コーネリアス(小山田圭吾)と常盤響の「青春放談」なるものが掲載されているのだが、「FAVOURITE 80S BEST 10」に小山田圭吾は「サイン・オブ・ザ・タイムス」、常盤響は「アラウンド・ザ・ワールド・イン・ア・デイ」を入れている。2人とも共通して入れているのは、スクリッティ・ポリッティ「キューピッド&サイケ85」、ザ・スペシャルズ「モア・スペシャルズ」の2作である。

「サイン・オブ・ザ・タイムス」はプリンスがザ・レヴォリューション解散後、ソロ名義でリリースした初のアルバムとしても知られるわけだが、元々はザ・レヴォリューションとのアルバム「ドリーム・ファクトリー」とボーカルのピッチを上げて女性的な声にしたオルターエゴとしてのソロアルバム「カミーユ」のためにレコーディングしていた曲などが収録されているという。これら2作のアルバムは完成されなかったのだが、これらをまとめたりした3枚組アルバム「クリスタル・ボール」を企画したらしく、レーベルに反対されて2枚組にしたのが「サイン・オブ・ザ・タイムス」のようだ。それゆえにひじょうにバラエティーにとんでいて、アイデアが満載であり、そこが高く評価されているのではないかと感じたりもする。

当時の2枚組CDというのはなんだかとてもぶっといケースに入れて売られていて、CD棚で保管していても、埃がついたりしやすかった印象がある。それと、個人的にこれが初めてCDで買ったプリンスのアルバムだったな、ということも思い出される。大学の春休みで喫茶店でアルバイトをしたり地元の女子高生と遊んだりしていたのだが、そのせいもあり、ヒットチャートにはわりと疎くなっていた。あんなに楽しみにしていたプリンスの新曲についても、いつの間にか出ていたという感じであった。アルバイト先の喫茶店では営業中にはクラシック音楽の有線放送をかけていたのだが、閉店後の清掃の時間には洋楽のチャンネルに切り替えていた。それでボーカルは明らかにプリンスなのだが、まったく聴いたことがない曲がかかり、もしかするとこれが新曲なのかと思ったのであった。それが先行シングルでタイトルトラックでもある「サイン・オブ・ザ・タイムス」だったのだが、第一印象はなんだか起伏に欠けていて地味な曲だな、というようなものであった。それから、小田急相模原駅前のサンチェーンの上にあったゲームセンターで、バイト仲間が20円ぐらいでテレビゲームをやるのを眺めたりしていた。

大学の同じクラスにE.S.S.とかいう、何やら英語のことをやっているらしきサークルのようなもの入っている男がいて、厚木キャンパスの学食で話している時に、プリンスの新曲すごいじゃん的なことを言ってきた。彼は中山美穂のスタイルが色っぽくなってきてとても良いというようなことを日常的に言ってきたり、私が地元の女子高生と遊んだりしている時の様子をカセットテープに録音して貸してくれというようなことを言ってくるタイプの好青年だったため、それほど相手にはしていなかったのだが、何やら歌詞がとてもすごいというようなことを言っていた。それから、テレビで今野雄二あたりが紹介して「サイン・オブ・ザ・タイムス」のビデオがオンエアされるのを見た。エイズや戦争や麻薬や宇宙計画といった、社会問題をテーマにしていることが分かった。

「サイン・オブ・ザ・タイムス」のCDは、小田急相模原にあったオウム堂というCDショップで買った。オウム堂は相模台商店街にあったのだが、一時期は駅の反対側、つまりイトーヨーカドーの方にも出店していたはずである。CDを買うとオウムのイラストが入ったサービス券がもらえ、それがたくさん溜まっていた。90年代にオウム真理教の事件が起きた後に再訪してみたところ、オウム堂がおーむ堂に変わっていたような気がするのだが、記憶が定かではない。「小田急相模原 オウム堂」などでGoogle検索してみても、自分で書いた文章ぐらいしか引っかからないので、もはや実在したのかすら怪しくなりつつある。ザ・スタイル・カウンシル「コスト・オブ・ラヴィング」も忌野清志郎「レザー・シャープ」も「レス・ザン・ゼロ」のサウンドトラックもビートルズの初CD化タイトルも岡田有希子「ヴィーナス誕生」もここで買ったはずなのだが。

「サイン・オブ・ザ・タイムス」からは、シーナ・イーストンとデュエットした「ユー・ガット・ザ・ルック」もシングルカットされてヒットしたはずである。それから、やはりシングルカットされた「プレイス・オブ・ユア・マン」もキャッチーでとても良かったが、久しぶりにビデオを見ていて、アウトキャスト「ヘイ・ヤ!」のデジャ・ヴ感というのはもしかするとこの曲によるものだったのか、といまさらながらに感じたりもした。「イフ・アイ・ウォズ・ユア・ガールフレンド」もジェンダー的なテーマを含んだ内容が、当時は新しいしとてもよく分かると感じたものである。「ビューティフル・ナイト」は確かパリでのライヴ録音で、「アドア」は美しいバラードであった。ライブ映像も作品化され、ひじょうに評判が良かったはずである。

プリンスというアーティストの才能がぎっしり詰まったアルバムであることは間違いなく、これが最高傑作ということでまったく問題はないのだが、「1999」「パープル・レイン」「アラウンド・ザ・ワールド・イン・ア・デイ」「パレード」を経てこれがあるところに意味の濃さがあり、このアルバム単体だけではそれは伝わりにくいのではないか、というような嫌なリアルタイマーならではのしょうもない感想が頭をもたげたりもする。とはいえ、もちろんこれ単体でもとても素晴らしいアルバムである。