バナナラマ「ちぎれたハート」

「ちぎれたハート」はロンドン出身のガールグループ、バナナラマのシングルとして1983年の夏にリリースされ、全英シングルチャートで最高8位を記録した。イギリスでは「イット・エイント・ホワット・ユー・ドゥ」「リアリー・セイング・サムシング」「シャイ・ボーイ」「キスしてグッバイ」に続く5曲目のトップ10ヒットとなった。

つまりすでにかなり人気があったわけだが、アメリカでは「シャイ・ボーイ」で記録した83位が全米シングルチャートにおける最高位で、一般大衆的には無名に近い存在であった。

「ちぎれたハート」のミュージックビデオはニューヨークで撮影されていて、オープニングではワールドトレードセンターを含むマンハッタンの風景も見ることができる。ロンドン・カレッジ・オブ・ファッション在学中に結成されたバナナラマのメンバーは、4歳からの幼なじみであるカレン・ウッドワードとサラ・ダリン、新たに知り合ったシヴォーン・ファーイの3人だったが、ニューヨークにはまだ行ったことがなく、撮影はその口実でもあったといわれる。

撮影時のニューヨークは38度を超える猛暑であり、加えて拠点はブルックリン橋の下にある酒場で、欠けた鏡がある女子トイレで着替えをしなければいけない状況だったという。

「ちぎれたハート」の原題は「クルーエル・サマー」であり、いわゆるサマーソングにあたるわけだが、夏の爽快感や開放感というよりは、夏という季節のしんどい側面にフォーカスをあてている。そういった意味では、ミュージックビデオの過酷な撮影環境は楽曲のコンセプトに合っていたのかもしれない。

休憩のため拠点となっていた酒場に戻ったメンバーは、そこにいた地元の港湾労働者たちと親しくなって、その勢いでコカインを体験することになった。そのため、休憩の前と後に撮影したシーンでは、メンバーのテンションが異なっていて、そこも見どころとなっているようである。

バナナラマのメンバーは元々、ポストパンクやニューウェイブを好んでいて、グループ名の由来はロキシー・ミュージック「パジャマラマ」でもある。カレン・ウッドワードとサラ・ダリンはあやうくホームレスになってしまいそうな時期もあったのだが、クラブで知り合った元セックス・ピストルズのポール・クックからリハーサル室の上の階に住む場所を提供してもらったりもしていた。

「アイ・ア・ムアナ」のデモテープがアンダーグラウンドでヒットして、全英シングルチャートで最高92位を記録するのだが、それがきっかけでデッカレコードと契約し、元ザ・スペシャルのテリー・ホールが新たに結成したファン・ボーイ・スリーとのコラボレーション曲「イッツ・エイント・ホワット・ユー・ドゥ」がヒットすることになる。

ニューウェイブ的なセンスも感じさせながらメインストリームにおけるポピュラーさも兼ね備えた素晴らしいグループだったわけであり、ポップミュージック史において果たした役割は現実的な評価よりもずっと大きいのではないかと考えられるのである。

「ちぎれたハート」は1984年の映画「ベスト・キッド」で使われたことにより、アメリカでもシングルがリリースされ、これが全米シングルチャートで最高9位のヒットを記録することになる。イギリスでのヒットから1年後にはなったわけだが、これでバナナラマの知名度はグローバルレベルでより高まったということができる。

全米シングルチャートで「ちぎれたハート」が最高位の9位を記録したのは秋も深まりつつある1984年9月29日付においてであり、この週の1位はプリンス・アンド・ザ・レヴォリューション「レッツ・ゴー・クレイジー」であった。

この後、バナナラマは1986年にストック・エイトキン・ウォーターマンと組んだショッキング・ブルーのヒット曲「ヴィーナス」のユーロビート的なカバーバージョンで全米シングルチャートで1位に輝くのだが、全英シングルチャートでは最高8位であった。

1988年にはシヴォーン・ファーイが脱退してシェイクスピアズ・シスターを結成、代わってバナナラマには新メンバーとしてジャッキー・オサリヴァンが加入、ヒップホップ的なアレンジの「クルーエル・サマー’89」をリリースし、全英シングルチャートで最高19位を記録した。

1991年のアルバム「ポップ・ライフ」を最後にジャッキー・オサリヴァンが脱退し、バナナラマは2人組になるのだが、2001年のアルバム「エキゾティカ」には「クルーエル・サマー」のラテンポップ的なニューバージョン、2009年にはシングル「ラヴ・カムズ」のカップリング曲として「クルーエル・サマー’09」、発売40周年となる2023年には3AM Mixと題された新たなバージョンがリリースされ、2024年のベストアルバム「グロリアス – ザ・アルティメット・コレクション」に収録された。

テイラー・スウィフトの2019年のアルバム「ラヴァー」には「クルーエル・サマー」という曲が収録されて、2023年に全米シングルチャートで1位を記録するのだが、もちろん「ちぎれたハート」とはまったく別の曲である。

いまや「クルーエル・サマー」といえばテイラー・スウィフトを思い浮かべる人たちの方がずっと多いとは思えるのだが、これによって「ちぎれたハート」の印象が薄くなるかといえばそんなこともないようであり、80年代ポップスの名曲としてむしろ評価が地道に高まっているような気がしないでもない。

「ちぎれたハート」のミュージックビデオではバナナラマのメンバーたちが何らかの理由でパトカーに追いかけられるのだが、逃走するために乗りこんだトラックの窓からバナナラマだけにバナナの皮を投げつける。最後には屋上のパーティーにたどり着くのだが、そこではなぜかメンバーたちを追いかけていたはずの警察官までもノリノリで踊っている。

まったく意味が分からないのだが、これこそが当時のポップ感覚の一端だったということもでき、その無邪気さが真空パックされたような素晴らしい作品のように感じられる。