ビョーク「フォソーラ」【Album Review】

ビョークの10作目のスタジオアルバム「フォソーラ」が、2022年9月30日にリリースされた。アイスランド出身のインディーロックバンド、シュガーキューブスのとてもユニークなボーカリストとして注目されたのが80年代後半で、1993年にソウル・Ⅱ・ソウルのネリー・フーパーがプロデューサーとしてかかわったダンス・オリエンティッドなアルバム「デビュー」でソロアーティストとしてデビューした。「NME」で年間ベストアルバムに選ばれたりするのみならず、イギリスでは「i-D」「THE FACE」といった雑誌でもポップアイコン的に取り上げられるようなクールでホットな存在となる。それ以降もアルバムを出し続けたり映画に主演するなどしていたのだが、音楽作品においてはサウンド的な実験性が強まり、メインストリームのポップスとは異次元の芸術的な域にさえ到達しているといえる。今回のアルバムもまたそんな感じではあるのだが、けして敷居がそれほど高いわけでもなく、実験性が強く刺激的なアルバムとして楽しむことができる。しかも、エレクトロニックとオーガニックとのバランスがかなり良い感じになってもなっていて、ここに来てさらに最新で最高を更新したのかもしれないと思わされたりもするのであった。

元々はクラリネットを主体としたアルバムというようなコンセプトがあったようだが、いろいろなことがあり、それぞれに影響を受けたりもした結果、このような作品になったということである。特に2018年に母が亡くしたことがひじょうに大きかったようで、それは特に「ソロウフル・ソイル」「アンセストレス」といった楽曲にあらわれている。アルバムにはロサンゼルスを拠点に活動するエクスペリメンタルなR&Bアーティスト、サーペントウィズフィートやインドネシアのガムランガバユニット、ガバ・モーダス・オペランディ、バス・クラリネット六重奏のマーモリ、そして、ビョークの息子、シンドリと娘のイザドラが参加している。

タイトルの「フォソーラ」はラテン語で「digger」、つまり「掘る人」を意味する女性形の単語である。地上に降り立ち、地面に足を踏み入れるという状態があらわされているらしく、それはわれわれ自身がいまという時代をどのように経験していくか、ということにもつながっているようだ。やはりパンデミックの気分が影響しているように思われる。

他のどのアーティストとも聴き間違えようのないビョークの個性的なボーカルがやはり最も印象的ではあるのだが、サウンドの攻め具合が今回もすごいだけではなく、新たな深みに達しているようにも感じられる。特にずっと低音であることが特徴的なのだが、やはりこのアルバムのコンセプトとも関係しているのだろうか。ビョークのこれまでのアルバムのいくつかと同様に、この作品もまたエレクトロニカにカテゴライズすることは可能だとは思うのだが、それにしてはオーガニックな要素が俄然強めだとも感じられる。実験的でもある打ち込みのリズムトラックにのせて、ホーンやストリングス、いろいろなタイプのボーカルなどが絡み、刺激的な音楽を実現している。マッシュルームのことが歌われたりもしているのだが、それも自然や地球とのつながりのようなものをあらわしているのだろうか。

とにかく音楽的に高水準であることは間違いがなく、最新のポップスを気軽に楽しむというよりは、なんだかとてつもなくすごい作品を鑑賞しているかのような気分にさせられるところもある。とはいえ、深い悲しみや不安、喪失感のようなものを現実として受け止めながら、そのうえでよりオプティミスティックな姿勢で生きていこうという切実さがサウンドやボーカルの強靭さにあらわれ、リアリティーとして感じ取れるような気もする。

ビョークの90年代の音楽などを青春のサウンドトラックとして楽しんでいた世代ならば、いろいろなしんどさも含めて、心に沁みるようなところもあるような気がする。これだけの歳月を経て、いまもなおアーティストとして進化し続け、切実な表現を生み出してくれていることが、ありがたくも感じられてくるのであった。